銀河の孤児
例えば、自分たちの文化風習がある日突然悪であると断じられ、ならず者国家扱いされたとすれば、その国は一体どうなってしまうのだろうか。
そんな考えを余所に、今回取り上げる国は案外呑気しているようだ。周りは堪ったものではないが。
宇宙にもならず者国家は存在するというのは想像に難くはないだろう。
こういった国家の連中を何度か入国拒否したのだが、随分と諦めが悪いようで、手を変え品を変え何度でも現れるので、大体の連中とはもう顔見知りとなってしまった。
「また来たぜ」と抜かすのはそのうちの一人、齧歯類型宇宙人の男である。彼もまた以前入国拒否したのだがまたしても現れた。
もう二度と来るなと言ったはずですが、と答えるとふふんと鼻で笑うかのような仕草を見せる。
「そう言うな、俺とお前の仲だろう?」と思っているのはそちらさんだけである。
「二度と来るな、か。4回は聞いたな」髭を弄りながら頭の中で数えているのだろうが、6回は言ったはずだ。
こういう手合いは国籍で封じてもあの手この手、つまりは偽造書類、パスポートなどで何とか入ろうとしてくるのだ。
この人物は銀河でも高名な犯罪者で、窃盗、詐欺、強盗、殺人、強姦、違法薬物の取引などと一通りの犯罪は難なくこなしているのだという。
ではそんな彼は何しに地球に来るのか?
「そりゃあお前、こういう原始文明は法整備も警察力も杜撰だからな、ビジネスするのには持って来いだぜ」
気晴らしも出来るしな、と最後に付け加えた。全くもって腸が煮えくり返る思いである。
こいつに犯罪歴の一つでもあればしょっ引くことが出来ようが、記録は真っ白だ。
「コツは、超能力国家は狙わないって事だぜ。逆に狙い目は平等や博愛を謳っている国だな」
要は我々地球の国家という事である、非常にいいカモなのだろう、彼もこの星に固執するわけだ。
「俺の母国はいい国だぜ。警官もいなければ死刑も無いし、旅行の時は犯罪歴を消してくれる。人権活動家様様だぜ」
かの国にも人権というものが存在するらしい、それも犯罪者に。さながらスウェーデンである、まあここまで酷くは無いが。
厄介なのが犯罪歴を消してくれるというものだ。こいつの母国はならず者国家にも程がある。
外で犯罪を犯しても、一度帰国してまた出国すれば帳消しになるという宇宙でも類を見ないクソ制度である。
結果、星間国家の99.8%に国交断絶を宣言されている。当然だろう。残りの0.2%は似たような国か超警察国家のヤベー国である。
現在の銀河社会における原始文明保護国化の流れの主な原因の一つがこういう連中だ。
彼らの国は法制度の起案、改正などに国民投票が必要なのだが……つまりは衆愚政治である。
というか、国民全体が悪人揃い(正確には、我々の価値観で言うところの『悪』『野蛮』な文化風習を持っている)なので進んでクソッタレな制度を作るのだという。
何度か征服に乗り出した国もあったが、占領後に駐屯兵たちが参ってしまい、平定は不可能と放棄されている。
今では誰も手を出そうとはしない、下手に住処を奪えば銀河中に散らばるのは明白だからである。
ある意味ではあらゆる国家から見捨てられた哀れな銀河の孤児と言えるだろうが、ハッキリ言って同情の余地無しだ。
雑談もほどほどにしてそろそろ警備員を呼ぶとしよう。
メロードは既にエネルギー警棒を抜いており、エレクレイダーも普段は腕に隠している光子砲をむき出しにしている。
「おいおい、自分と自分の国が銀河のお荷物って事を自慢するのかい?ネズミのおチビさんよ」
「お前たち民主主義国家と違って犯罪者一人を捕らえるのに国民投票は必要ないぞ、我々はな」
二人にしてはかなり珍しい言動だが、それほどの人物なのだろう。
「やあやあ、家畜ども。王様に何でも決めてもらって恥ずかしくないのか?」
「嘲笑するしか値打ちの無いような国作っといてよく言うぜ」
ヒートアップしないでとっとと連れ去って欲しいものだ。
しかし疑問なのが、遺伝子治療でもして別の種に化ければ易々と入り込めると思うのだが(尤も、以前の私とは違うので見破って見せるがね)。
「それは俺の美学に反するし、コレが使えないからな」と自身の股間を指さす。
次の瞬間、メロードが警棒をそいつの首元に当てた。
「無駄話はいい、とっとと失せろ」
はいはい、と踵を返し立ち去る齧歯類野郎にエレクレイダーが砲を突き付けて付いて行く。
メロードはこちらに駆け寄り、私の手をギュッと握り締めてきた。
「酷く傷ついただろう、全く信じられない事を言うヤツだ」
傷ついていないと言えば嘘になる……いやあんまりならないが、彼が心配してくれた事には実にほっこりするというものだ。
中々手を放さないのでそのままの状態で動かないでいると、次の客が申し訳なさそうに言った。
「あのー、まだでしょうか……うわ」
メロードはパッと手を放してそそくさと持ち場に戻る。次なる軟体人種の客の顔は若干引きつっているようにも見える。
「仕事中にそんないかがわしい事してるだなんて……そういうのあれでしょ……HENTAIってヤツでしょ……少し……引くわ……」
えぇ……こいつの反応はともかく、『HENTAI』の単語が既に輸出されているのにも驚きである。
さて、ヤツは後日また現れた。
「今度の書類はどうだ!」酷い出来だ。これじゃとても無理だ、と伝える。
「クソッ、大金払ったのによ、最近は厳しくなりやがって、開港当時は好きに入れたのによ」
サラっと背筋が凍るような事を言う。それは本当だろうか。
「ビギンヒル宇宙港だがな。イギリスは最高だったぜ、移民に優しい国は犯罪者に優しい国だ」
こういう手合いがいたので遂に対策に乗り出したのだろう。
私は気になっていたとある質問をした。
「何で犯罪をするのかって?そりゃあ、他人を痛い目に合わせるのが一番カッコいい事だからな。カッコいいってのは正義だ」
なるほど、なるほど……。
「この星もそうだろう?『憎まれっ子世に憚る』ってな」
確かに実態としてはそういう状態でもあるが、そういったものは我々の今現在の価値観からすれば不正義である。
同じにしては欲しくないものだ、我々とてそういう不正義を何とか是正しようと努力しているのだから。
「おいおい、狡猾なのも実力だぜ。まあ無能さを最後まで隠し通せないのならカスだがな」
そうしているうちにいつの間にか現れたエレクレイダーが彼に光子砲を突き付ける。
「お喋りは終わりだぜ、規定上ぶっ放しちまっても構わねーんだがなぁ?」
男は、また来るぜ、とだけ言って去って行った。
彼はただ構って欲しいだけなのだろうか、さもなくばただ単にクソ野郎なだけなのか。
素行は理解できないぐらい悪いのに、会話は通じる、実に不気味な種族である。