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必要と発展の話


必要が発明の母であるのと同時に、需要もまた発展の母である。

例えば、どんなに優れた補聴器であっても聴覚を持たない種族には必要ないものなのだ。

我々がだらんと垂れた触手を束ねる紐を必要としないのと同じように。



地球に駐屯していた兵士たちは、この暑さと感染症によって撤退を余儀なくされた。

当然、交代として別の部隊が補充され、本国で手持ち無沙汰をしていた第3強襲師団が配属された。

この第3強襲師団というのが日本軍で言うところの菊師団みたいなもので、ガウラ帝国陸軍最強の部隊だ。

手榴弾と槌棒や刀剣、超能力、そしてあらゆる攻撃や汚染物質を無力化する鎧を装備している。

ストイックで恥ずかしがり屋なガウラ人のジューダ民族が人員の大半を占めていて、この民族は並外れた超能力適性を持っている。

恥ずかしがり屋なので超能力の出現以降、テレパシーでコミュニケーションを取ろうとする者が多かったため、それが彼らの超能力適性を伸ばしたのだ。

「ど、どうも……」とモジモジしながら、おそらくは師団長らしき人物が話しかけてきた。私が地球人なので気を遣って口で喋ってくれたのだろう。

砂漠の民族で鳥の子色の毛皮に比較的大きな耳を持っていて、まるで地球のフェネックギツネのような姿である。実に可愛らしい。

長々と話して彼らについて一から十まで聞いてみたいのだが、彼らには中々ハードルの高い事だろう、悔しいがサッと手続きを済ませて彼らを通してやった。

どう見てもそうは見えないのだが、どうもこいつらの存在のせいで、ガウラ帝国の歩兵用小火器は地球ほど洗練されなかったのだという。

超能力の件と言い、まさに必要と需要があればこそ発展する、という事を表す例と言えよう。


当然、それらは文化産業においても同じだ。

非資本主義体制の国家に多いのだが、テレビアニメや小説、漫画などの市場の規模が小さい事があるのだ。

驚いたのがガウラ帝国、テレビが全く普及していないという。地球じゃニュース番組なんかやってるくせにだ。

「都会に行けば置いている喫茶店もあるって言うけど」

どうも彼の出身地がただ単に田舎だったって訳ではなさそうだ。「失礼な事を言う」

曰く、『映画喫茶』とも言うべき場所で毎朝ニュース映画を見ながら世間話をするのがガウラ人的な日常らしい(映画喫茶とか……めちゃくちゃ良さそうじゃん!)。

それならドラマやアニメなどを放映してもよさそうなものだがあまり盛んではないようだ。

漫画や小説もある事にはあるが、日本ほど大きな市場ではないという。というか、前FTL文明の分際で宇宙でも群を抜いた巨大な漫画市場を持っているのは結構凄いことらしい。

ただ、ガウラ帝国でも全くそういうものが無かったわけではなく、大昔に大衆向け漫画が流行ったらしいが、ブームが過ぎればすぐに廃れてしまったという。

まあしかしながら、例の皇太子殿下も日本の漫画を堪能したことだし、文化的に受け入れられる下地はあるはずである。

彼がその気になれば、ガウラで漫画が流行るのではなかろうか。

「でも、漫画ってほら、なんかこう、派手過ぎるし……、明るい人が読むものって感じがするじゃないか」

そうかなぁ。

では、ガウラ人が何を娯楽にしているかと言うと、ラジオである。

実のところガウラ人は多くが農民、農家であり、農作業の手を止めずに楽しめるラジオが娯楽として主流なのだ。

この声の文化は大いに盛んで、MCや声優はこちらで言うアイドル…………そう言えばこちらでも声優はアイドルのようなものであった。

とにかく、大変に尊敬を集める職業らしい。同様に音楽も盛んである。ただし、作業用の音楽としてなので地球のものとは若干性質が異なるが。


さて、帝国以外ではどうなっているのであろうか。

「科学さ!科学実験が庶民の一般的な娯楽なんだ。微生物の細胞分裂を観察するのって超楽しいよ!」

というのは科学大好き種族のエリーデ人である。彼らはカブトムシともクワガタムシとも言えぬ、なんかカッコいい甲虫のような容貌だ。むしろ彼らが標本にされそうである。

「おや、それもいいかもしれないね、『人間標本』かぁ……」

なんだか聞いたことがあるようなマズい感じのアイデアを吹き込んでしまったらしい。見知らぬ宇宙人に妨害されそうな感じの。

この種族の科学に対する興味は驚異的である。先の話で放射線の人体への影響の話をしたが、彼らがその例外の国家であり放射線の人体実験を科学者自らが率先して繰り返している頭のおかしい連中である。

彼らの娯楽は当然科学実験、あらゆる文化、宗教が科学と繋がっており、科学主義とも言える思想だ。

その為、科学に関する書籍や番組などの売り上げは多く、逆にそれら以外については全く存在しない。

非科学的なものやフワッとしたもの、余計なものの需要が全くないため、情緒とかユーモアと言ったものが全くと言っていい程発達していない。

彼らの書く論文は他の種族からは専ら『有用だが退屈』との評価を得ているそうな。

「興味があるかい?あそうだ、こういう話はどう?戦闘艦にAIを積んで、そのAIの生存本能を利用した戦闘システムの話なんだけど…」

色々と物騒というか、何ともAIが気の毒な話っぽいので彼の言葉を遮り、書類を返した。


次なる客人は極端に綺麗にまとめられた書類を持って来ていた。

この星は運動が盛んだろうか、と頭に思い浮かぶ。感じた事のある感覚だ、これはテレパシーである。

面前にいる海獣っぽい人物が発信源だろう。驚異的な念話術と記憶能力を有する彼らの名はマンリト人という。

その通り、と返して来た。彼らの書類を見るとこれがまた極端に綺麗というか、印字であり、それもガウラ語で印刷されている。

そう、彼らは文字と言語を必要としなかったのだ。彼らの種族名も彼らを発見した恒星調査員のマンリトという人物の名から取って付けられたものである。

この状態でここまで発展したのは凄まじいとしか言いようがない。ボディランゲージを多用し、感情や思考をテレパシーで直接相手の脳裏に伝える。

なんとも地球人、というか言語を有する種族には理解し難い感覚である。

言語が無いのなら当然、所謂文芸的な娯楽は一切存在しないし、存在出来ない。結果、彼らはスポーツが大の好物である。

こういった彼らの文明(『文』明と呼ぶべきかはわからないが)は集合意識や情報生命体ともまた異なり、彼らマンリト人は宇宙でも異質な存在であると認識されているようだ。

私の思考を読んだのか、うむうむと頷いている。

手続きを終え、運動についてはまあまあ、と頭に思い浮かべると彼はさながら投げキッスのようにも見える素振りをして、去って行った。

多分、感謝の意を表す素振りだろう、多分ね……。


「娯楽と言えば、下級カーストの人間を虐待するのが娯楽ですね」

地球の価値観で言えばかなりヤバい奴のように見えるが、これでも彼は善良な一市民なのだ。

それが彼らの文化なのだ。そんな彼らはミメンクルメダ人、カワウソのような見た目をしたピール首長国の宿敵である。まあ確かにピール首長国はそういうの嫌いそうだ。

「ピール、連中は内政干渉も甚だしいものです。また衝突を起こさねば気が済まぬようでして、戦争になるのは嫌ですねぇ」

ハァ、とため息を吐いた。先のような事を何の臆面もなく言うのだから、全く悪い事とは思っていないのだろう。

「焼けた鉄の判を押したり、針金を括り付けた棒で叩くのです、あれは気持ちがいいですよ」

なんだか具合が悪くなりそうな話だ、そんなものを勧めないでいただきたい。

彼らの国ではそういった物の需要が高く、精巧で高機能な拷問器具が多数生産されていて、大きな市場を形成している。

銀河各国の嗜虐的趣向者たちがこの国の製品を買いあさっているとも聞く程の、嫌なタイプの貿易立国である。

私が、まさか地球でそんな事をするわけでは、と聞くとムッとした表情でこう言った。

「なんて失礼な、そんな、私を極悪人みたく言わないでください!」

憤りを露わにする。どうやら心配はいらないようだが、なんだろう、腑には落ちない。

私が謝罪をするとすぐに機嫌を直して、ハッとした様子で懐から紙を一枚取り出した。

「忘れるところでした、私はこの地球にも優れた『遊び道具』があると聞いてやって来たのです。これは名刺です」

スッと丁寧にその紙、名刺を私に差し出す、どうやら貿易商社の幹部のようだ。

私は、そういえば我らが地球でも優れた拷問器具は数多く開発されていたなぁ、となんだかゲンナリした。

果たして、彼らの需要に見合うものがあればいいが……いや、無い方がいいかもしれない……。


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