平和の伝道師
平和の尊さ、大切さ、誰もが口を揃えて言う言葉だ。
宇宙人にも同じ言葉を言う者もいるが、少し事情が異なるらしい。
8月といえば盆や夏祭りを思い浮かべるだろうが、8月6日については広島や長崎にちょっと思いを馳せる人も多いだろう。
原子爆弾が投下された日であるからだ。天の川銀河において核分裂爆弾が実戦使用された公式記録は広島、長崎の二回のみである。合衆国も実に肩身が狭いのではないか。
使われない理由は様々である、地球の反核兵器団体が銀河諸国らに問い合わせをしたところ、多くの場合が占領時の残留放射線を理由に挙げている。
放射線による人体への影響についてはさほど深い研究がされていないので、地球人以外の多くの宇宙人は『よくわからないけどとにかく危ない』と考えているそうだ。
他には、占領政策に悪影響、ウラン鉱石の埋蔵量が極小である、より強力な兵器を既に開発済み、プルトニウム作ってる暇があったら武器弾薬を作るべし、など各国の事情があった(非人道的とかそういうのはあまり無かった)。
気に入った答えを得られなかったのか、団体はこの結果を広報の隅っこにちょびっと載せただけであったようだが、『帝国日報』では大々的に取り上げられた(覚えていないかもしれないが、日本とイギリスでのみ放送されているニュース番組である)。
そんな日に……正確には、そんな日に合わせて演説をするために来たためそんな日の数日前なのだが、現れたのは如何にも胡散臭そうな風貌のイルカっぽい宇宙人であった。
「私はこの国の下調べを随分としましたよ」僧衣のようなものを揺らして、懐から手帳を取り出すと目を通し始めた。
「失礼、私はマーヘッダ教の宣教師、フフ・ホットです。自己紹介が遅れましたね」
なんだかねっとりとした喋り方にほんの少しだけ妙な苛立ちを覚えた。
「いけませんよ、苛立ちは。お肌に悪い」彼は自身の鮫肌の頬を撫でる。
とっとと行ってもらおうとささっと判子を押してしまったのだが、歩を進める様子はない。
それどころか「一つ、話を聞いてみませんか」などとのたまいやがる。
断ろうと口を開く前に彼は話を始めた。クソッ!
「お聞きください。私はねぇ、日本人は大いなる勘違いをしているように思うのです。そして私はその為に来ました。私の母星は、かつて戦争の絶えない惑星でした。国土は荒れ人々は疲れ果て、戦う事の馬鹿らしさに気が付いたのです」
なんと、まあ、そういう話は地球上でも聞けるので、と話を遮ろうとしたが、聞き入れてはくれないようだ。
「まあお待ちなさい。ここからが面白いのです。我々は惑星一丸となって、復興し、発展し、繁栄を手に入れました。そして宇宙へと旅立ったのです」
この地球もそのようになればいいのだろうが、恐らくは永遠に来ない未来だろう。
「我々は平和の大切さを宇宙にも説きました、戦争など馬鹿らしいと……」
そこで彼はスゥと一呼吸置く。
「しかし、聞き入れられることはありませんでした。それどころか、武力を持たない我々を侵略しようと攻撃を仕掛けてきたのです!」
でしょうな。
「我々とて、ただでやられるわけにはいけません。武器を取って戦いました。最初は建設機械などを改造したものでしたが、技術を発展させ強力な兵器を作り、何とか退けました」
なんだか、思ってた方向と違う方へと向かっている……。
「多大な犠牲を払いました、戦後の飢饉もあって全人口の3割(後に調べたが、およそ12億人ほど)が死にました。当然、産業も文化も多くが壊滅し、惑星は再び荒野と化したのです。その時に、我々は気が付いたのです。平和の重みというものに」
彼は感極まったのか目に涙を溜めていた。
「先祖たちがあれ程争ってまで守りたかった、得たかったものが『平和』であったのだ、『平和』とは人々の血と汗と涙の結晶なのだ、と。だからこそ平和は尊いのですよ」
彼の手は手帳をギュッと握り締め、震えている。
「戦争を止めても、戦争への備えを怠ってはならないのです。戦争への備えこそが平和への近道なのです。我々は銀河中にそう説いて回っています」
適当にあしらおうと考えていたが、意外にも実に重みのある意見が飛び出てきたので、大いに驚いた。
「そこのところを、地球人、特に日本人は勘違いをしているように思えます。だから私は、数日後の平和集会にて演説を行いたいと考えているのです」
実によい考えだとは思うのだが、急に参加できるものなのだろうかが気になるところである。
彼は軽く会釈をすると、後の者を待たせてしまった、と足早に立ち去って行った。
次なる人物はエビ型宇宙人で「俺は感動したぁー!」とかなんとか言いながら触角をキチキチと頻りに動かしていた。
さて、数日後の8月6日。彼は無事演壇に立てたようで、テレビ画面にもチラッと映っていた。
反響はそこそこで、若年層や外国人、ネット上では大いに受けたが、所謂リベラルと呼ばれる人々にはイマイチ受けが悪かったようだ。
しかしまさか、普段から反差別や反戦を謳う人の口から「得体の知れない異星人の意見など取るに足らない」という言葉が出てくるとは思わなかった……いやちょっとは思ってた。
さらに、その翌日に彼が平和団体の構成員から暴行を受けて病院に搬送されたというタチの悪い冗談みたいなニュースが飛び込んできた事も付け加えておこう。
残念ながら平和はまだまだ遠そうだ。




