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花火の夜


様々な宇宙文明の存在を知るガウラ人にとっては目新しいものではないだろうが、地球にも文化というものが存在する。

そのうちの日本の、この季節の風物詩と言えば、花火を上げる日本人も多いだろう。



休日、私が冷蔵庫から取り出したパインを缶詰から皿にドボドボっと移すという、実にアメリカンな行為をしているとき、スマートフォンが鳴った。

画面を見るとメロードからのメッセージである。なんでも、近くで花火大会があるらしい。

初耳であるし、私としては実に行きたくないイベントだ。

わざわざこの暑い中わざわざ人混みの中へと突入しわざわざスリなどの犯罪行為の被害を受ける確率を増加させわざわざ不衛生な出店の食品を食べわざわざ当たりもしないクジを引くなど、正気の沙汰とは思えない(そう、私はこういう人間なのだ)。

「そういうのはよくない、確かに日本の治安はそう良くないが」

これは我が宇宙港が発行しているガイドブックにも記されている。日本、というよりは地球そのものが銀河諸国に比べて犯罪が多いのだ。

以前宇宙人の誰かに、日本では頻繁に傘や自転車が盗まれる事がある、と伝えたところその人物は絶句してしまった。

とはいえ、ガウラ人にとってはあまり脅威にはならなかったのが幸いだ、彼らに比べて地球人はあまりにも非力すぎる。

この身体能力の差のせいで、友好を深めるためのスポーツ大会の計画が頓挫しているという話だ。

「それに花火というものも見てみたい」

意外だが帝国に花火は存在しない、というと言い過ぎではあるが、頻繁に見られるものではないらしい。

彼らの中では火薬は戦略資源という考え方が強く、またパイロテクニクス的にもこの方面はさほど発達していない。誰も興味を持たなかったのだろう。

「全く無いわけじゃないし、私も、ニュース映画では見た事はあるんだけど、実際に見た事はなくて」

字面からも彼の好奇心というものが伝わってくるので、まあ、仕方がないので、ついて行ってやることにした。全く、仕方がないので。


とはいえ心配なのが熱中症であった。

ガウラ人の母星の多くは寒冷地域であり、そこで生まれた彼らの身体は気温が25℃を超えると危険である(温泉には浸かるくせに)。

体温調節能力も地球人と比べると低く、汗もかかず、犬と同じように舌と呼吸で熱を逃がすのだ。

逆に極寒や高山には強く、前述の高い身体能力も手伝い、軽装備で富士山を容易く踏破したという話もあるほどだ。

しかしここは富士山ではない、倒れられても困るので耐暑グッズを結構な量買い込んでいくことにした。

待ち合わせ場所には氷枕を頭に乗せたなんか変なやつがいた。

関係者と思われたくなかったので素通りしようとしたら、何とそいつは話しかけてくるではないか。

「私だよ、見てわかるだろう」

やっぱりメロードだったようだ。何その恰好。

「防暑装備だ、冷却パックもあるぞ」

頭の氷枕だけでなく、身体の至る所に冷却パックを貼り付けている。

滑稽を絵に描いたような格好だが、まあ命の危険もあるし……。

「にしてもその、伝統衣装?みたいなの、エモい。どこに売ってるんだ」

エモ…………彼というのはいつものジーンズにシャツ(に加えて氷枕と冷却パック)なのだが、今日という日は私と同じような伝統衣装をご所望のようだ。

まだ日も落ちておらず時間があるので、近くの服屋に寄る事にした。

店に入り目当てのものを探すと、女性の浴衣に比べると随分と粗末、あるいは適当なデザインの甚平が店内の隅っこにひっそりと並んでいた。

メロードは比較的質素なデザインのものを手に取り「ちょっと派手過ぎない?」と言った。

そんな事は無いだろうと思うのだが、彼らの価値観的には派手なのだろうか。

彼は値段も手ごろな縦縞のものを買うと、試着室で着替えようとする。

「お尻に穴開けるの忘れてた!」との声が聞こえた。


店員に尻尾穴を開けてもらって更に冷却パックなどを装備した彼と共に会場へと向かう。

既に人混みの中である。実に不愉快だ。

不愉快といえば、メロードもあまり心地良さそうな顔はしていない。

「誰かが通りすがりに尻尾を触っていく」

触る人の気持ちは大いによくわかるが、それは痴漢行為だ、絶対に許せない(私?私は自身の過去は顧みないのだ)。

私は彼の後ろに立つと尻尾を両腕で抱きしめ、他人に触らせないようにした。

「な、なあ、こんなところで……」

彼はモジモジしているが、私は決して離す気はない。

その状態で屋台の立ち並ぶ会場に辿り着く。言うまでもないが、大勢の人々でごった返している。

イカ焼きや揚げ物なんかのいい匂いが漂っており、これが実に食欲をそそるのだ。

「何か甘い匂いがする」とメロードはりんご飴の屋台へと進み始めた。

まだまだ宇宙人は物珍しいのか、人々の視線が我々の方に向き、進む道は勝手に開いてさながらモーセのようである。

こう注目を浴びると少し恥ずかしいもので、私は掴んだ尻尾に顔をうずめていた。


メロードは買ったりんご飴をバリバリと(そんな音がする食べ物だったろうか?)平らげ、次はこっち、次はあっちと食べ物ばかりを巡っていた。

その間ずっと尻尾を掴んでいたので、私は手荷物の確認が疎かになっていたのだろう、なんと私の鞄から財布が抜かれていたのだ。

周りを見てみると何人かが、財布が無い、と騒いでいたので恐らくみんな狙われたのだろう。

確かにこれだけの人混みなら『仕事』をするのは容易い。

あーあ、これだからこんなところには……と私はぶつくさ言っていたが、彼はジッと押し黙っていた。

話しかけても、こちらの声が聞こえていない様子である。

するとしばらくして「見つけた」と呟くと、ミョンミョンと妙な音を立てたかと思えばその場から消え去ったのだ。これには驚いた。

話には聞いていたが、これがきっと空間跳躍というやつなのだろう。

敵地の深くに浸透しそこから前線を食い破る為の超能力兵の基礎的な技術である。

とはいえ、どこに行ってしまったのか。私はただ立ち尽くすしかなかったが、しばらくするとまたミョーンと変な音を立てたかと思うと、スッと現れた。

手にはスリの犯人と思しき男を掴んでいる。

「財布を持ち主に返して、自首した方がいい」と彼が言うと男は必死の形相で首を縦に振った。


他の被害者たちからも大いに感謝されたが、どうも彼の顔に疲労感が滲み出ていたのでサッと手を引きその場を後にした。

この空間跳躍というものは非常に精神力を消耗するのだという。

その上、犯人を捜すために精神感応も使ったと言うので、適当に見つけたベンチに彼を座らせるとすぐにウトウトし始めた。

そんなに疲れるならやらなくてもよかったのに、と言うが、彼の目には私が相当に落ち込んでいるように見えたらしく、無我夢中でやってしまったという。

そりゃあ、落ち込んではいたが。自身はただでさえ暑さで弱っているというのに、健気と言うべきかなんというか……。

彼に新しく封を切った冷却パックを手渡し、隣に座り込んだ。

周囲に人がいないのは、きっと目の前に生い茂っている木々のせいであろう、ここからでは花火は見えない。

私はスマートフォンのブラウザを開くと、近くにある花火大会の情報を調べ始めた。


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