梅雨に謳えば
地球人からすれば無敵に思えるガウラ人にも弱点というものがある。
それは暑さと湿度であった。
季節も夏に差し掛かり、そろそろ夏服が欲しいと思っていたのだが、一向に支給も通達も無いのだ。
これはどういうことかというと、ガウラ人は毛が生え変わるので季節によって制服を変えたりはしないのだという。
地球人らと何人かの非ガウラ系の宇宙人を集めて抗議した結果、なんとか夏服を作ってもらえるようになった。
今まで気が付かなかったのか、と不思議に思うのだ。
しかしながら、この日本の不愉快な季節を甘く見ていたのか、ガウラ人も夏服を申請する者も増えてきた。
太陽が出たかと思えば、昼過ぎには空を雨雲が覆い、小雨が降り注ぎ、夕方には小康状態に入る。
この濡れた地面が乾いてからの湿度がガウラ人には堪えるらしく、特に外の担当の警備員などは舌を出して虚ろな目をして、今にも熱中症にでもなって倒れそうだ。
生まれた時からここに住んでいる日本人でさえ中々慣れないものなのだから、異邦人たるガウラ人には尚更だろう。
そしてその日も雨で、酷い湿度であった。
ガウラ人職員の多くが上半身に何も身に着けておらず、ちょっぴりドキッとする光景が広がっていた。
一方で、人造人間の職員は平然としている。
「おやおや、これでは警備隊長もそろそろ交代の時期ですかな?」
吉田の相方である、ロボット警備員エレクレイダー(『星の救世主』を意味する。無駄にかっこいい)は上機嫌だ。
「となると、この俺様が一番に出世してガウラ皇帝の近衛師団に入団するのも時間の問題って訳だな」
二、三段階ほど飛ばしているような気もするが、ロボットらしからぬ野望を抱えているようである。
今ここに警備員は彼しかいない。メロードは湿度にやられて具合を悪くし、救護室に行っているのだ。
普段は吉田とつるんでいるのだが、こういう機会なので、とこちらに絡んでくる。
案外几帳面なのか、真面目なのか、社交的なのは確かだろう、まあ私も彼と話すのは滅多とないので受け答えをする。
「そうなりゃ、この俺様の鼻も高いって訳よ、銀河一の御方の身辺警護を出来るなんざ、これ以上の名誉なこたぁねえ」
忠臣なのかそうでもないのかイマイチよくわからない人物である。
何かしらこの状況を何とかするアイディアでも出した方が出世するだろう、と伝えると彼は思案の表情を見せた。
「確かに、言われてみればな……」鼻の頭辺りに手を置く。
彼らガウラ人は狐っぽいから毛が生え変わったりしないのだろうか、夏毛とかに。
「いや、生え変わらない。そもそも地球の気温自体がガウラ人には高いんだぜ」
つまりは年中フカフカなのである、あれでは暑いだろう。切ればいいのに。
「ああ、そうだ、切っちまえばいいじゃねーか毛を」
エレクレイダーは合点がいったような表情を浮かべるも、直ぐにそれを曇らせた。
「だが地球にそんな技術者なんているのかねぇ」
それがいるんだなぁ、割と。私は高校時代の友人の連絡先を確認していた。
そう、その友人とはトリマーである。
友人は意外と暇をしていたようで(それに興味もあったのだろう)、すぐに来てくれた。
彼らはキツネ人種なのだから、それなら犬の美容師でもなんとかなるだろうという寸法だ。
まさか動物の美容師とは知ってか知らずか、ガウラ人らの列が出来ていた。
彼女は高校時代の唯一の親友であって、今現在でも連絡を取り合う仲だ。
「感心だぜ、まさかこんな技術者がいるなんてなぁ」エレクレイダーは言った。
「なあに、ちゃんと言う事聞いてくれるから犬より簡単だよ」
器用に手を動かしながら、ガウラ人の剛毛をバッサリと切っていく、切られる方は自ら頼んだとはいえ内心穏やかではなさそうだ。
「しかし、あんたこんなところで働いてたのね、話だけは聞いていたけど」と友人。
まぁ……、と答える。彼女は更に続けた。
「夢が叶ったんじゃない?よく言って、いや謳ってたじゃないの。謳うって……ふふっ、あんた自分で謳うって言ってたよね」
私は露骨に口をへの字に曲げる。言ってくれるな若気の至りを!
ささささっと終わらせてくれたために、2時間ほどで全員の毛を刈り終えた。
幾分か涼しくなったみたいで、彼らは感謝の意を表している。
エレクレイダーは私が友人と話している間は随分と大人しかったが、刈り終わった人らに「これは俺のアイディアだぜ」と触れ回っていた。
まあアイディアはそうなので否定はしないが、多分それは心証は悪いと思われ、彼はあんまり出世しないだろうな。
友人も結構儲かったのだろうが、刈り終えた毛を一つにまとめたモッコモコの巨大な毛玉を前に、どうしようこれ……と途方に暮れていた。