突撃!奴隷の昼ご飯
美味しい料理が嫌いな人間はいない、この銀河ひろしと言えども!
だが美味過ぎるのも割と問題なのかもしれない、舌が肥えては普段の食事に困るというものだ。
その日は雨の日であったので、宇宙人らは持ち込んだ傘を差していた。
銀河中で多種多様な文化風習を持つにもかかわらず、傘だけはいかなる文明も殆ど形状が変わらないというのは面白いものだ。
道具の収斂進化とでも言うべきだろう。
私が訳もなくワクワクしているのは(訳が無いわけではないからワクワクしてるのだが)ついに『アレ』を取り寄せたからである。
覚えている者は少ないかもしれないがピール首長国の奴隷向け料理を入手する機会があったのだ!
そして今日、それが届くという。かの健啖家が美味いと言うのだから相当なものだろう。
私は入国者らにその料理について色々と尋ねてみたが、誰もが口を揃えて「美味しい」「絶品」「美味過ぎる」と答えた。
どれほど美味しいというのか!?
様々な種族が、どう見てもどう考えても文化も味覚も異なるであろう人々が異口同音に言うのだからこれはもう期待するしかない。
メロードらガウラ人に聞いてみても「美味しいらしい」「病み付きになる」とのことだ。
益々楽しみになって来た、まだまだ仕事は始まったばかりで、昼食にはまだ早い時間ではあるのだが。
さてさて、待ちわびた昼食の時間である。私は『例のブツ』の入ったバスケットを持ってきた。
届いてから一度も触っていはいないのである!この時の為に!
吉田や何人かの職員も集まり、興味深そうに見ている。
「さあどんなのだ、一口くれよな」と吉田。もちろんくれてやろうとも。
私はバスケットの蓋を開いた……!すると辺りにこの世の美味しそうな匂い、かぐわしいを匂いにしたかのようなものが広がった……。
涎が噴き出す、口を開ければマーライオン、周りの職員らも似たような様子になっている。
これが奴隷料理とは!ピール首長国の奴隷制度が未だに続いているのもわかるというもの、これが奴隷向けとは!
腹がグゥグゥと鳴る、きっと満腹でも鳴るだろう、匂いだけでこれとは恐れ入った。
私というのがなんか麻薬のようなものでも入っているのでは、と思っていたのだが、いや麻薬というのはある意味では正しいのかもしれない。
「は、早く、味だよ!」吉田が急かした。それもそうだ匂いで満腹になってはならない、とバスケットの中に手を伸ばす。
木で出来た可愛らしい弁当箱を取り出すと、先ほどの匂いが更に増した!
これを、この蓋を開けてしまうとどうなっちゃうんだろう……!?
さながら、期待に震えるキスする直前の中学生カップルのような、そんな状態だろう。
一思いに蓋を開くと、中には3種類の料理が入っていた。辺りは匂いで充満し、それが空腹中枢を刺激して飢餓感が増してきた。
まず目に入ったのが、野菜と魚らしきものの煮物だ。スパイシーな香りを漂わせており、実に食欲をそそる。
箸で魚をつまむと、ホロと崩れて口に入れるのにちょうどいい一口サイズ大となった。
口に入れ噛み締めると、この広がる味は、なんと言えばいいのだろうか、ギッシリと詰まった旨味がスパイスと共に開放され、口の中でシェイクスピアでも公演しているような。
とにかくめちゃくちゃ美味しいという事が伝わってくれれば幸いだ。口の中に掻き込みたくなる気持ちを抑えてお茶を飲む。
そしてもう一つの料理、これはスープのようなものだろうか、弁当箱の中に更に器が入っている。
箸に汁を付けペロリとひと舐め(お行儀が悪い!)すると、濃厚な野菜の香りがすうっと突き抜けていく。
思わず私は器を手に取り、クイと飲み始めた、こんな爽やかなスープは無いだろう。
これだけ濃い野菜の味、それこそ、青菜のような味がするが、全く嫌じゃない!(私は青菜系の野菜は嫌いなのだが!)
さらに言えば、これは冷製スープなのだ、冷めていても美味しい、いやむしろ冷めていた方が美味しいのではないかとさえ感じる(私は冷めたスープなど大嫌いなのだが!)。
とある作品では美味しいと自然と笑顔になる、などと歯の浮くような事を抜かしているが、そんな次元ではない、涙だ、私は今感涙の涙を流しているのだ、ナイアガラの滝なのだ。
これを食べるために私は生まれてきたのだろうか、という言葉が脳裏にちらつく。
さて、もう逸品……一品を食すべく、私は再びお茶を口に含む。
次なる料理はナンのような焼き物であった、あのインド料理のナンだ。
触ると弾力があり、噛めばモチモチとした食感で、その味は素朴であった。ただの素朴ではない、彼は先達二人の邪魔は決してしないのだ。
二つの料理を引き立てる、しかししっかりと存在感はある。お互いがお互いを引き立てあう。
鬼に金棒、虎に翼、獅子に鰭、高森朝雄に対するちばてつや、ローレン・ファウストのデザインと洗練された脚本、B-29とルメイ、ケマル・アタテュルクとイスメト・イノニュ、私の貧相な知識ではこれくらいしか出てこない。
とにかく、この『調和』というのは、そんな感じだ。今風に言うなら『尊い』のだ。
これらの料理に比べれば豪華な和食、懐石料理やフランス料理のフルコース、中華の満漢全席、いかなる地球上の料理も食べられる生ゴミである(表現はよろしくないが)。
これほどまでの感動を味わったのはいつぶりだろうか、この世に生を受けた時か、初めて自身と世界を認識した時だろうか……?
と、感動に打ちひしがれている隙に、周りの連中に平らげられてしまった。悲しい、とても悲しい。
それで、私の貧相な語彙力ではこの感動を伝えることは出来なかっただろう、あれはそれほどの物なのだ。
皆もあれを食べてみれば、思考など吹き飛んでしまうだろう、天にも昇る味であった。
ピール首長国はうまく考えたものだ。こんな料理を食べることが出来るなら奴隷階級に堕ちても悔いはないというもの。
この国について色々と調べてみたところ、他の惑星から奴隷になりに来る者までいるそうだ。今ならとても気持ちがわかる。
昔から奴隷と共に発展してきた国のようで、非奴隷階級の人間との確執というものがあまりない。
それよりも、奴隷を死なせたり怪我させたりするのは奴隷のオーナーたる資格無し、と軽蔑されるとか。
……彼らから言わせれば、地球人は奴隷以下の待遇で働いている奇特な連中であろう。
ところで、私はそれから四日間ぐらい舌が何も受け付けなかった。何もかもがマズく感じたためである。




