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凡才の国

天賦の才という物は結局のところ相対的な物なのだろうか。

社会に天才しか存在しないならば、彼らは天才と言えるのだろうか。


入国者の情報は一時的にデータベースに保存されており、閲覧が可能だ。

これは入国者の監視のためのシステムの一部である(宇宙におけるプライバシーの観念を推して知る事が出来るが、大抵の種族が納得している、よって監視は合法という事らしい。開港時に制定された『特定外来人種法』にもこっそり規定されている)。

退屈凌ぎに入国者の名簿をぼんやりと眺めていると、とある個性的な種族が目についた。

個性的、と言っていいものだろうか、この種族は身長がどの個体にも差が少ないのだ。

私は気になって他の項目も調べた、すると奇妙なことにいずれの項目でも平均値を多少上下する程度の差しかない。

それこそ、最も大きな差は年齢ぐらい、と言っていい程のものだった。

こういう物には知的好奇心が刺激されるもので、私はこの国についての資料を覗いてみるが、

納得のいく情報は得られなかった。

そこで、この種族の入国者に直接聞いてみることにした。

機会はなかなか訪れなかったが、不意の休暇が終わってから数日経ったある日、ようやくチャンスがやって来た。

「やあどうも」というこの『個性的な』人種の容貌はウミウシのそれに似ている。

一つ質問が、と言い、この個性的な無個性について問いかけたが、

「そうですかね、別に普通だと思いますけど」と、彼らはあまり気にしてはいない様子であった。

その後、再び「やあどうも」と同じ種族の人物が現れたが、

やはり「そうですかね、別に普通だと思いますけど」と答えた。

五人目からも同じ答えを聞いたので、直接聞いて確かめるのは諦めた、気が違いそうになる。

気が付いた点というのは、彼らは皆一様に無難な言葉しか語らないという点だ。

そして翌日、帝国郵船から私の元へとある物が届いたそうだ。

個人的な件で彼らを利用するのは気が引けたが、ちょっと仕事を彩りを、ぐらいのものだし多分誰も悪くは言わないだろう。

届けられたのはかの国の歴史資料である。中を覗くと、やはりかの国の文字で書かれていた。

そりゃそうか、と溜め息を吐きながらガウラの言葉の辞書(ちなみにガウラは漢字表記で『河浦』。よって河和辞典)とガウラ語で書かれたかの国の言葉の辞書を持ち出し、

日本語に存在しない単語や概念に難儀しながら少しずつ訳していった。

すると、浮かび上がってくるのがかの国の特殊で切実な事情だったのだ。


かの国の星は大いなる繁栄を迎えていたが、ある時、隕石が落ちてきたという。

そして不運にもその隕石には正体不明の伝染病が付着しており、それは瞬く間に星中へと広まった。

感染者は特に生殖器において遺伝子異常が見られ、彼らから生まれた子供たちのほとんどが障碍児であった。

人々は絶望したが、遺伝子学者の死に物狂いの研究により、出生前の遺伝子治療が可能になったという。

そしてその治療法は星中に広まり、ついに障碍者は淘汰された。

その後、無事に病原菌を根絶したが、思わぬ事が起こる。遺伝子治療の応用が始まったのだ。

彼らはより良い子孫を作ろうと、子供を『厳選』し続けた、最初は金持ちだけの特権であったが、

治療を繰り返すにつれ技術が向上し、その単価も下がっていったため、平民たちにも流行し始める。

貧富の格差は徐々に消えていき、誰もが優れた教育を受け始め、誰もが天才になった。

そしてそれから数十年、この国は今深刻な技術停滞を迎えているという。

原因は不明、何故だ、更なる繁栄を手にするはずだったのに……と嘆きの声が聞こえてくるかのようだった。

この国は遺伝子治療により誰もが優れた才能を持って生まれるにもかかわらず死に体の国になってしまった。

天才である彼らの頭脳をもってしても、原因はわからない。


私見を述べるなら、格差が消えた事によって競争も生まれなくなったという事なのではないだろうか。

誰も競争をしなくなった、全員が同じだけ能力を持っているからだ。

あらゆるものが横並びになった、貧富の差や能力、個性さえも。

国勢調査のグラフはさながら停止した心電図のようで、まるでその国が死んだ事を暗示しているかのようである。

つまるところ、彼らは天才の国になったつもりが凡才の国になってしまったのだ。

こうなればもはや手の打ちようは無いのではないだろうか。

上げてしまった生活の質を落とす事は難しいし、政府が介入し部分的に上げようにも、あぶれた人々が黙っているだろうか。

そもそもこの遺伝子治療を否定することは自らの人生、人格を否定することにも近しい事であり、

先人の努力の結晶を封印する事でもある。心情的にも厳しい決断を迫られることになる。

彼らの未来は何らかの犠牲を払わない限り、きっと明るいものではないだろう。

格差があってしかるべきとは言わないが、全てが平等な世界というのもきっとそんなに面白いものでもないのだろう、

私は強くそう感じた。

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