入国拒否
ガウラ帝国の地球改革はやはり少々強引なものであった。
民主主義国家の反感を買い、敬虔な信徒の反乱を招いた。
啓典の民らとはそりが合わない。血を流してまで得た自由を奪われる。
多くの地球人にとっては耐え難いものであった。それは大きな隙となった。
「すんませんけど、なんでか知らんけど呼び出されてん」
ラスちゃんが故郷に一度帰るという。理由はわからないそうだ。
「ま、久々やし、いい機会やと思いますやんか」
彼女の言う通りである。
とはいえ、なにやら猛烈に嫌な予感がするのである。
なにせ彼女は貴族だし、その貴族が何も言わずに戻ってこいと言うのだから、
冠婚葬祭ならともかく、なにやら大事が起こるのではないかと邪推してしまうものだ。
帝国のニュースに何か載ってないものかと探すが、特に変な部分は見当たらない。
杞憂であることを祈る。
「覚えておられますか講師さん!ムツガタ伯爵ミヤーカですよ!」
覚えてません……でも講師ということはいつぞや首星エレバンに行った時にあった人だろう。
「オメガバース、完全に理解しましたよ!素晴らしい!あっ、私がこれを素晴らしいと言ってたことはどうか内密に……」
は、はあ。しかしかなりの熱量で語ってくるので無下にもできない。
そんな貴族が何しに地球へ訪れたのだろうか。
「んー。まあ、あなたにならいいでしょう。前線指揮の為です。ちょっと気が早いですが、防御のために地形を見ておきたくて」
……え?
「ああ、貴族というのは前線で死ぬものですよ。家督は娘に託しました、まだ4歳でしたが」
それにも驚きだが、もっと驚きなのが、前線指揮の部分だ。
即ち地球が前線になってしまうということでもある。
次の休憩にすぐさま局長の元へと行って聞いてみた。
「知ってしまったか、思ってたよりも遅かったけど」
どうやら本当の事らしい。帝国軍諜報部による情報なので間違いないという。
「まだ始まると決まったわけじゃないが、時間の問題とも言える」
話を聞いている途中、吉田も血相を変えて現れた。
「そんなのって、嘘でしょ!?」
「嘘だったらいいんだけどな」
「俺、まだ佐藤さんと付き合ってもないのに!」
そっちか。そういえば最近佐藤を見ないな。てっきりもう付き合ってると思ってたけど。元気にしているだろうか。
「二人に言っておきたいが、君たちはもはやこの星の重要人物だ」
そんな、我々は単なる入国管理官……とは、言えないだろうな。あらゆる厄介事に首を突っ込み過ぎた。
吉田にしても私の見てないところで色々とやってるのだろう。
「そして、吉田くんの言う佐藤という人物は既に保護してある。軍は口の軽い連中に罰を与えるべきだな」
それは大いに安心した。いや安心できるか……?末端の情報統制が出来てなかったってことになる。
局長曰く、これはガウラ帝国の外交交渉の失敗であるという。
まずは中東の平定である。これはかなり世界中の反感を買った。当たり前だ。
さらにオスマン帝国の王族を引っ張り出して、あの辺を纏めるつもりだったそうだが、トルコが拒絶した。当たり前だ。
王族の存在するサウジアラビアなどの国もこの辺りのミスのせいで交渉が難航することとなる。
根本の思考回路が違うために、誤算の数は予算と反比例するほどであった。予算出せよ。
とはいえ時間制限などは決めずに、ゆっくりと懐柔していけばよいと考えていたと見られる。
そして、そこがガウラに敵対し地球を狙う国々の付け入る隙となった。
即ち、彼らにとってまつろわぬ国々、米国、中国、フランス、ロシアなどを敵対国家にまんまとかすめ取られたというわけである。
間もなく地球は大規模な内戦状態に陥るということなのだろうか。
帝国の不手際には困ったものである。代理戦争なんてやめてほしいものだ、それで我々が犠牲になるなら特に。
「実は君の写真を使って抱き枕を作りたいんだ、一種の愛情表現だって聞いたから……」
このヤバイ時に抱き枕作るんじゃない!てか私がいるからいいじゃん!!
メロードこの調子であった、おそらくは報告を聞いていないのだろう。
「いや、異様な状況なのはわかっている。だから最後にこうやって……」
最後がこれでいいのか!?ま、まあ、それは人によるか……。
彼が言うには、もうかなりの地上軍が地球に集結していることだろうという。
そして宇宙艦隊の規模も、日英洪と帝国のものを合わせたのと同等かそれ以上らしい。
他の同盟国は介入を嫌がっており、戦況によってはルベリーが助けに来るぐらいだそうだ。
「それでも帝国は負けない。だが酷い状況にはなるだろう。敵の宇宙艦隊を開戦前か直後にでも撃滅できれば別だが……」
どれだけ地上戦力が多くても宇宙艦隊に睨まれれば動くことはできないのである。
だがそれが出来れば苦労はしないだろう。そんなことは可能なのだろうか。
「強力な戦力が必要だろうな。それもすぐに。本国の艦隊では間に合わないだろう」
彼は、そう言って彼のマズルで私の頬を撫でる。
「地上戦とあれば、私もガウラ人に産まれた以上、行かなければならない」
行かないでほしい。
「……地球の人間は大事な何かや誰かのために、汚れ、傷つき、立ち向かい、そして死ぬ。私も地球の人間になりたい」
メロードは私を抱きしめる。彼の毛皮は、優しくて暖かい。これが最後になるのは嫌だ。
「さあ、ご飯が冷めてしまうよ」
今日はメロードが作ってくれた。私に振る舞ってみたかったのだという。
こんな時に何かを食べる気にはなれないが、せっかく作ってくれたので肉じゃがに口をつける。
不味い!!!!何入れたの!!!!!
「え!?し、醤油を……あー、これウスターソースだった……」
陰惨な気持ちも吹っ飛ぶこの味、臭いで気がつかなかったのは、彼も私も落ち込んでいたからだろう。
なんだか締まらない空気だが、それでも伝えなければならないことがある。
私は、あることを彼に伝えた。嫌なら、別にいいんだけど。
「嫌じゃない!でもそれって、漫画で見た死亡フラグってやつだ!」
だから、締まらないからそういうことは言わないでほしい。
死亡フラグとやらがもしあるのなら、私はそれをねじ伏せる妙案が浮かんだ。思えば簡単なことであった。
「おお、君か」
「お久しぶりでございます」
「親分!ぶんぶん!」
そう、それはヒヤムンであった。喋る金魚と……ジジイは誰だっけ。
「ジジイではない!私はロボット兵器専門家の、チムだ」
ああ、そうだった。仮面をつけた人間のような種族である。
ラスちゃんは戦争とは知らずに帰ったので、このジジイと喋る金魚にヒヤムンの世話を頼んでいたようだ。金魚に世話できるの?
私はジジイにあるものを手渡す。
「これは……これをどこで?まあいい、とにかく、これがあればヒヤムンは最大出力を四日は維持できる。ただ動くだけなら220年保つぞ」
「親分!親分!」
「いやはや、驚きましたね。これをあなたが持っていただなんて」
私もすっかり忘れていた。宇宙港が出来て少ししたぐらいの時に客から頂いたものだ。
エネルギーチップである。とあるロボットの客からもらった。
そしてヒヤムンは凄まじい強さを持つ。これならば、地球の誰も傷つかないまま、やましいことを考えた宇宙人だけを殺すことができる。
目の前の敵は殺せないが、見えないところで間接的になら、殺すハードルはかなり低い。
でも、しょうがないよね。
「親分……」
「私も共犯者だ!私もここが戦場になったら困るからな!」
「わたくしもですよ」
金魚は別にいいが、そう言ってくれるのは助かる。
「誰だって困る。これは一方的な侵略で、しかもこの星の人間の手を汚させる。気にすることはないよ」
私はヒヤムンに、しっかり入国拒否の旨を伝えるように念を押したのである。
開戦の日、宇宙港からヒヤムンを見送った。
メロードも、エレクレイダーも、他の警備員たちもいないし、客も誰もいない、静かな宇宙港だ。
きっとあの子がやってくれるはず。そうすれば、メロードも誰も傷つかずに帰ってくる。
「や、ここにいたんだ」
バルキンとビルガメスくんだ。久々に見た気がする、ビルガメスくん。
「この戦いが終わったら宇宙港やめようって顔だね!」
どんな顔だよ、こんな顔か。
「僕たちはあなたにばかり負担をかけすぎたから、その、申し訳ないよ」
ビルガメスくんは深々と頭を下げる。好きでやってたことだから別にいい。
「辞めるのも、いいんじゃないかな!色々としたいことがあるでしょ、彼と!何人作る!?」
ホント、デリカシーがない。まあでも、それも彼女ということか。
「……さみしいよおおお!!!」
と急にバルキンは泣きながら抱きついてきた。
後生会えなくなるわけでもないし、また連絡を取ればいいのに。
「だって、だって、寂しいんだもん!一番好きな外国人だもん!忘れないでね!五分に一回電話頂戴ね!」
それは無理。でも彼女がそんなに想ってくれているとは、なんとも嬉しいようなむず痒いような気分だ。
「そもそも、戦争も始まったばかりだけどね」
ビルガメスくんの言う通りだ。負ければ、私達の処遇はわからない。
「大丈夫だよ!ヒヤムンを送ったんでしょ?あの子は艦隊戦力だろうがバシバシ叩き落とすから!」
かつてそうだったように、今回もそうであって欲しいが。
日本国民の多くが気が気でない数日間を送っていた。
街も山も異様な雰囲気であった。だがついに、敵戦力が日本やイギリス、そしてハンガリーの土を踏むことはなかった。
それどころか、各国に駐留する米軍やロシア中国にも、動きは見られなかった。
必ず勝てるという確証、つまり星系内制宙権の獲得後に攻撃を開始するという条件を飲ませたらしい。これが不意の交戦を防いだ。
また、ヒヤムンを送ったことが功を奏した。この小さな勇者の存在を、敵は察知できていなかったのだ。
敵艦隊は壊滅し、帝国艦隊が地上に砲を向けている間に、新興国家は停戦に同意した。
日本国民は安堵した、もちろん私も。
メロードもエレクレイダーも、他の警備員たちも帰ってきた。帰ってこなかったのはヒヤムンだけであった。
「あいつが死ぬとも思えないけど」
メロードの呟く通り、あの子は尋常じゃない強さだ。
「間違いなく、戦争の英雄だ」
地球のために、私が殺したようなものだ。
そうして、被害も何も無かったのに、ぼんやりとした日常を送っていると、ラスちゃんから連絡が来た。
『ヒヤムンってば!うちのとこまで来てん!かわいいやっちゃねん!あ、そっち大丈夫でしたか!?』
どうやらヒヤムンはラスちゃんの元へとそのまま帰ってしまったようだ。ずっこけそうになった。
『なんやなんや、辛気臭い顔してたから何かあったと思いましてん。すぐ帰りますんで、待っといてください!お土産も買っていきます!』
はぁーー。とため息が吹き出る。全く脳天気な……まあでも、らしいといえばらしいオチだ。
とにかく全員無事だ!これで心置きなく、自分の、私達のやりたいことをやれるというものである。
「でもさ、あんだけ、大見得切って出征したのにさ」
全部ヒヤムンに持ってかれちゃったね。でも、その方が彼らしいし、やっぱり危険な目には遭って欲しくないよ。
私は、しょぼくれた彼の尻尾を優しく抱きしめた。




