それはさておき:その二人、憂鬱につき
「ボクは仕事柄心理学に通じていてね、キミの考えることを当ててやろう」
ファミレスのテーブル席に対面して座るのはメロードとミユ・カガンの2人だ。
実に珍しい組み合わせである。
「ボクに1杯奢りたい気分なんだ」
「違う」
「それじゃあもしくは、最近はあの人にいいところも見せていなければ一緒にいる時間も少ないとかかな」
「わかっているなら初めからそう言えばいい」
メロードは実に憂鬱げな表情をしている。
たしかに彼女の言うとおり、あの人と最近は職場でしか会っていない。
本人の事件対処能力はもちろん、後輩たちも頼もしくなってきており、
出番のないことが多い。
休日でも最近は酷暑のため一緒に出かけることも少ない。
日本人に限らず地球人類は(ガウラ人と比べれば当然)浮気性であるので、
彼はそれも懸念している。
「信じてあげなよ!」
「信じる心と、そうでないものとその他と、心がいくつかある……」
「その他ってなんだい」
カガンは呆れ果てたように溜め息を吐いた。
このところの酷暑は多少慣れたところでガウラ人には堪えかねるものであり、
メンタル面にも悪影響を及ぼしている。
「今日は頼みごとがあってキミを呼んだんだ」
彼女は手荷物から冊子を取り出し、テーブルに広げた。
「これは……こんなものよく手に入れるものだ」
「金で買えないものはあんまり無いのさ」
メロードが目を丸くしたこの冊子は、
タイムトリップの術式が書かれたルベリーの機密文書であった。
「こんなことをして、犯罪じゃないか?」
「犯罪じゃないよ、買ったから。それにタイムトリップを規制する法律も無い。表向きタイムトリップは出来ないことになっているからね」
「それはそうだが……まさかとは思うが」
「そのまさかさ」
メロードは頭を抱える。
「……どこに、いやいつに行くつもりなんだ」
「あの人の学生時代に会ってみたくない?」
「協力しよう」
実にしょうもない理由でとんでもないことを仕出かそうとする二人であった……。
詳細は機密であるため省き、彼らはタイムトリップした。
「ふぅ……かなり疲れるが、時間を移動するのにこの程度で済むとは、流石はルベリーだ」
「そうなんだね」
超能力の使えないカガンにはその凄さがよくわからない。
彼らは、夕方の住宅街にいた。
街は赤く染まり、カラスが鳴いている。
「ここがどこかわかったりしないかい、その超能力で」
「わからんね。でもあの人の住んでいた街なのは間違いない」
まだ日本では宇宙人の存在は信じられていない。傍から見ればきぐるみを着た不審者であろう。
赤いの道をトボトボと歩く。下校途中の学生たちから変な目で見られていた。
「すっげー!もふもふじゃん!」
「そんなきぐるみ暑くないの?」
小学生たちに絡まれる。
「我々は宇宙人だ」
「宇宙人は自分のこと宇宙人って言わないだろ!」
子供たちに触られたり蹴られたりと、カガンはちょっと憤りを感じていた。
「なんと野蛮な」
「こういうものさ、子供は」
飽きたのか小学生たちは手を降って立ち去っていった。
「あの人の居場所がわかればなぁ」
「私は鼻が利く。この辺りに住んでそうなのは臭いでわかるが……」
「おい見てよ、識別札がある」
カガンが見つけたそれは、家の表札の事であった。
「これの、あの人と同じなのを探せばいいんだ」
二人は表札を見ながら、住宅街を散策し始めた。
しかしながら、名字というのは同じものも多く、
そして我が子をきぐるみを着た不審者に会わせる親もいなかった。
「なぜ誰も家に上げてくれないんだ」
「そりゃそうだよ君」
日は既に落ち、暗くなっていた。
「そうだ、日本の学生というのは部活なるものがあったはずだ。それで遅くなってるのかも」
「なるほどそうか」
二人は看板を頼りに、学校のある方向へと向かい始めた。
すると、一人の学生が歩いているのが見える。
「あれじゃないか?」
「なに!?」
その学生は、目的の人物とは髪型や背格はが違うが、顔立ちは似ていて若干幼くしたような顔であった。
「か、可愛い!」
「見るだけだ、見るだけだぞ、カガン。タイムパラドックスになる」
メロードはあの人に飛びつきそうになるカガンを抑えながら、その人を眺める。
「ああ、間違いない。はぁ……好きだなぁ、やっぱり」
「うん!うん!気が合うね珍しく!」
鼻息を荒くするカガン。それはちょっとキモいと思い始めるメロード。
しばらくして、その人物の後方から車がやってくる。
その人の近くで停車すると、扉が開き、その中に引き込まれてしまった。
「……あれでも、見るだけかい、メロード」
「私の背中に乗れ」
カガンが彼の背中に掴まると、メロードは凄まじいスピードで走って車を追いかけた。
地面を蹴り、その勢いで体が宙に舞う。
「わあ、あ、あ、あ……!」
カガンは振り落とされないように必死にしがみついた。
走行中の車の上に着地すると、窓ガラスを覗き込み、運転手を睨みつける。
そして、ガラスに向かって手刀を放った。
ピシッ! 小さなヒビが入り、そこから蜘蛛の巣状に広がっていく。
「ひっ!」
運転手は慌ててブレーキを踏み、車を停車させた。
それと同時に、メロードも地面に降り立つ。
「なんだこいつら!?」
「おい、早く車で轢け!」
仲間の一人がそう言うと、車は急発進した。
しかし、メロードはそれを正面から受け止めた。
タイヤが煙を吹きながら空転する。
「私は物凄く機嫌が悪い!」
メロードは念力でエンジンを停止させた。
「クソッ、何なんだよ!?」
男たちが車から降りてくる。彼らはナイフや鈍器などの武器を持っていた。
「白いのが2匹、黒いのが1匹。肌の色が違うんだね、よく似た近縁種ってやつかな」
カガンが怒られそうなことを呟く。
「この変態きぐるみ野郎、殺してやる!」
「さあ宇宙戦争ってやつを始めようか」
男たちは一斉に二人に襲いかかる。
カガンは即座に一発いいパンチをもらってしまい、ダウンした。
「ぐへぇ、あとは頼んだメロード」
「弱い」
実際、メロード一人で十分である。
彼はナイフを突き刺されようが平然と男たちを組み伏せる。
ブランクはあるがやはり軍人であった。
「きぐるみのクセに……!」
「お前のようなクズどもの、命を取らないだけありがたいと思え」
そう言って、男の腹に蹴りを入れる。
その男は口から泡を吹いて気絶してしまった。
「う……うう……」
「制圧した」
「こういう時ホント頼りになるよ、メロード」
二人は車の中を見ると、ビニール紐で縛られているわかかりし頃のあの人がいた。
恐怖で震えている。
「君、大丈夫?」
カガンが話しかける。どうやら暴力は振るわれてはいない様子であった。
「よ、よかった……」
しかしながら、その人は困惑の表情を見せる。
「えっと、その、我々は宇宙人だ」
「そう、そうなんだ、入国管理官のキミに恩があってだね……て言ってもわかんないか……」
「とにかく、家に送っていこう」
メロードはあの人をお姫様抱っこする。
「ちょっと待て、ボクはどうする」
「背中にしがみつけ」
カガンは渋々メロードの背中にしがみつく。
「乗りにくい」
「我慢しろ」
そうして彼は地面を蹴り上げ、空中へと飛び立った。
あの人の叫び声が響く。カガンも悲鳴を上げている。
「わぁぁ落ちるぅ」
「頑張れ」
数分もせずに、あの人の家に辿り着いた。玄関の前で下ろす。
あの人は深々と頭を下げ、礼を言った。
「その、なんだ、こんなことがあったからって余所者たちをあんまり嫌わないであげてくれ」
「特に宇宙人!」
メロードとカガンの二人も頭を下げる。
踵を返し、去ろうとすると、あの人がメロードの尻尾にしがみついた。
「あっ……」
「あ、いいな、いいな。ボクの尻尾も触っていいよ」
しばらく堪能すると、今度はカガンの尻尾に頬ずりをする。
「ふふふ、サラサラしてるよね?ちぎって持ってってもいいよ」
それを聞いた途端、手を放してしまう。
「遠慮しなくていいのに」
「……それじゃあ、気をつけてな。絶対に入国管理官になってくれよ」
「約束だからね」
あの人が怪訝な表情をしつつも頷くのを確認すると、メロードは時間跳躍の超能力を使用した。
それから現代。ファミレスのテーブル席に二人は座っている。
「絶対、タイムパラドックス起きたよね」
「でもあの人は誘拐されたとかそういう事言ってたかい?」
「聞いたことないな。それに……」
「……は?待て、なぜ言い淀む?」
「別に……」
「ふ、ふ、ふざけんな!この犬め!」
カガンがテーブルを叩く。皿やコップがカタカタと音を立てて揺れた。
「落ち着け、みっともない」
「にゃああああああああ!!!」
最近は、心動かされることが多くて情緒が不安定気味なミユ・カガンなのであった。




