お粗末な策略
所謂『マスコミ』を好きな人間は彼ら自身を除いて地球上には存在しないだろう。
前々から困った事をしでかす連中だとは思っていたが、我が身に降りかかるとは思わなかった。
ある日、上司に呼び出され「今日テレビ局の取材があるから適当に答えておいて」と言われた。
突然の事に驚き抗議をするも、ちょっとしたボーナスが出るとの事でまんまと話に乗せられてしまった。
吉田が「俺が受けたかったぜ」と悔しがったが、代わってもいいよ、と言うと「いやそれはやっぱ遠慮しとく」と訳の分からない事を言う。
そして内心緊張しながら業務を終え、取材の時間が訪れた。
応接室の前には例の警備員もいた。「取材に応じるよう命令を受けている」と彼は言う。
ところでこのキツネ型人種の名を『ガウラ人』といい、国は『ガウラ帝国』といったものである。
この国こそ、我が地球に開港を迫った国々の代表国であり、この空港や翻訳機などは全て彼らの国から供給されたものだ。
太陽系へのFTL貨客船の運営、管理も彼らの国の企業(日本語に訳すなら『帝国郵船』)が行っていて、事実上の太陽系の支配者である。
そういえば、と私は彼に自己紹介をすると、
「私は、そうだな、メロードとでも呼んでくれ。これは私の愛称だ、私の名前は地球人には複雑過ぎる」
と答えてくれた。複雑、と言うのもよくわからないが、詳しくは聞かないのが宇宙流だ。
そこで私はかねてから気になっていたお尻についているモフモフの物体に触れさせてもらう許可を取ろうとしたが、
「何を、はしたない。私たちはそのような関係ではないだろう」と断られて酷く落胆した。
しかし私の落ち込みぶりを見てか彼は「少しだけなら」と触らせてくれた。天使の羽衣というものが存在するのならきっとこういう感触なのだろう。
揃って入室すると、記者がソファに座って待っていた。
「どうもはじめまして……」と言うこの男性記者の顔を見よ、絵に描いたような鳩が豆鉄砲を食ったような表情だ。
確かに、デカいキツネが二足で立っているのだから驚きだろう、初めて見た時のショックは凄まじいものだ。
尤も、この程度は菌類人種のバラエティに富んだ容貌に比べれば大したことないのだが。
その後、記者との挨拶も簡単に済ませ、早速本題に入る。
こういうメディア関係者というものは私はなんとも胡散臭いと思っているのだが、
それは異星人であるメロードにとっても同じらしく口をへの字に曲げていた。
「では早速ですが、どうですか、宇宙人について」
私は、容姿に驚くことはありますが、と当たり障りのない返事をする。
「へぇ、では何かトラブルとかは」「こういうところが困るって事はありますか」と、
この男はどうにも私から負の感情から出た言葉を聞きたいらしい。そういえば聞いたことがあるのが、
日本のメディア連中は、相手を怒らせることで真実の言葉を引き出す、という発想があるとか(もしこの発想が事実なら『売り言葉に買い言葉』という諺は存在しないだろう)。
さもなくば、この宇宙人に対する開港を決めた現政権への攻撃の材料にしたいのかもしれない。
私がなかなか尻尾を見せない(見せる尻尾など付いていないが)ので記者は苛立ちを見せ始める。
そして標的をメロードに変えた。
「日本に来て困る事ってあるでしょう、例えばこういう点が後進的だとか」
彼はフワフワの尻尾をゆらゆら揺らしている、これはきっとご機嫌斜めの合図だ。
「困ることはない、少なくとも私の周りの日本人はみな親切だ」
「それでもあるでしょう、母星と環境が違うのだから」
私が記者を窘めようとすると、記者は眉間に皺を寄せ吐き捨てる。
「私はねぇ、宇宙人に屈したくはないんだ、あんたみたく。連中が強いからってヘコヘコしてると思ったら大間違いだ」
へぇー今時気骨稜々な日本人もいたものだなぁ、と感心したがこの男は更に興奮して続ける。
「このクソ毛むくじゃら宇宙人め、宇宙に帰れ!」
何なんだこの記者は、と私はため息も出なかった。メロードも怒りよりも困惑の表情を浮かべている。
彼が「君は取材に来たのではないのか」と問いかけても無視して罵詈雑言を浴びせている。
もうどうしようもないので警察を呼ぼうと電話に手を伸ばそうとすると、なんと記者は机を乗り越え私を突き飛ばして来たのだ!
私は勢いよく床に倒れ込んだが、幸い少し打っただけで済んだ。
「お前いい加減にしないか」とメロードが記者を取り押さえる。
騒ぎを聞きつけ部屋に事務員が入って来た途端に記者は悲鳴を上げ「この宇宙人がいきなり暴力を!」と言い出したが、
事務員はまず私に駆け寄る、私が事情を説明するとすぐに警察に電話をしてくれた。
記者は警察官に連れて行かれる間もずっと喚いていたが、誰も聞き入れはしなかった。
後日、警察からの話によるとやはりこの記者は現政権への攻撃材料の為にやって来たようだ。
きっと彼としてはトラブル続出!開港は間違いだった!、とかやりたかったのかもしれないが、
私たちがそんな話をおくびにも出さないので、宇宙人の方を怒らせようとしたがそれも失敗、
結局暴れて敢え無く御用、という事の顛末であった。なんとも、お粗末な作戦だ。
もちろん、この事件を報道したのは零細ネットニュースぐらいである(吉田が嬉々としてSNSに拡散していたが)。
打ったところも怪我と言うほどでもなく、それからも別段変わりなく仕事は続けているが、一つ変わったところがあるとすれば、
警備員呼び出しのボタンを押しもしないのに、メロードが時々こちらをチラと窺うようになったことである。
なんて可愛らしいのだろう!