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帝国首都の舌戦


異文化同士の衝突については、もはや多くを語る必要もないだろう。

だが厄介なことにアレを導入しようと企む者がいた。



ある日突然、ガウラ帝国の帝国首都への招待状が届いた。

差し出し人は例の殿下である。嫌な予感しかしない。

が、行かない訳にもいかないし、首都にはまだ行ったことがないので

タダで行けるならばこれは好都合である。

しかし、届いた手紙を詳しく読んでみると、

どうやら帝国の領主らに日本の文化、特に漫画や同人文化などについて

講習してもらいたいのだという。専門家に頼んでほしいんですけど。

というツッコミを見据えてなのかあまり大っぴらにしたくないし、

まだ皇太子なのでツテが無いという点も書き記されている(どうにかできそうなものだけど……)。

いや、でも、やっぱりもっと適任者がいるだろ!?ただの宇宙港職員なんですけど!

「じゃあ俺が行ってもいいよ!」

この男は吉田。さっきまでコミケの事を漫画のフリーマーケットと思っていた男である。

まあ、大きく外れている程でもないが、彼には荷が重すぎる……。

他の候補はみな宇宙人だ。バルキンは?

「え!?ガウラ人にスケベな本を布教してもいいの!?」

ダメそうだ。結局私が行くしかないらしい。

そもそも私宛の招待状ではあるのだが……。


さて、道中は省略し、数日の船旅の後、主星エレバン、帝国首都へ。

宇宙港から出てすぐ正面は北欧かどこかの古風な街という感じである。

空飛ぶ車も高層ビルも無いが、鉄道は走っているし、

小銃を担いだ衛兵がいたるところに立ち周囲を見張っている。

昔からあるものをそのまま使っているようで、

歴史を感じさせる街並みだ(ていうか部分的にほぼ古代なところまである。物持ちが良過ぎる)。

大通りの先には立派な宮殿らしきものが見え、あそこに皇帝が御座すのだろう。

一応政治の中枢はこの古い街並みらしい。

こっちは日本語で言うなら『旧町』という地名だ。

しかしこの宮殿とは逆の方向を見ると摩天楼が剣山の如く立ち並び、

東京やニューヨークが田舎に見えるほどの、まさしく想像通りの宇宙都市だ。

空飛ぶ車もある!

こっちの方は訳すなら『新町』という地名。

新町は宇宙時代になってから作られた大使館と外国人居住区が大半を占め、

帝国首都の人口、およそ3000万の大半が住んでいる。

結果として新町と旧町の境目はアメリカとメキシコの国境みたいになっているという、

なかなか風変りな都市だ。境目付近の日照権とか大丈夫なのだろうか。

「外国人かい、遊びたいなら新町に行った方がいい」

どこかの大使館職員らしきなんか変な宇宙人に話しかけられた。

旧町は見ての通り遊ぶところは少ないようである。

しかしながら用事があるのは旧町だ。

「マジで!?外国人なのに!?滅多にあるもんじゃないぞ!」

え、そうなの……。

「宮殿と官公庁、政務を行うガウラの貴族らの住居と国際会議場、それから元首級の客人専用の宿泊施設ぐらいしかないんだぞ旧町」

そうなんだ、でも外交官なら入る事もあるんじゃ……。

「いやいや、街並みを見て回るぐらいなら観光客でも許されているが、用事があるってなると……君大統領?」

違うけど……でも招待状の住所見るとやっぱり旧町だし……。

しかし住所がわかっててもそれがどこかわからんので、

適当に彷徨いていると衛兵に声をかけられた。

「招待状をお持ちですね、どうぞこちらへ」

はて私は何も言っていないのだが。

「皇太子殿下がお待ちです、日本から遠路遙々帝国首都へようこそおいでくださいました」

どうやら心が読めるらしい、文字通りの意味で。

というか、エレクレイダーがよく言っている近衛隊ってこの人たちかひょっとして。

「左様でございます、彼にも素質はあると思いますが」

ロボに素質なんてあんのかな、という疑問には答えてくれなかった。


衛兵に連れられて訪れたのはそこまで大きくはない会議場であった。

というか異常に古めかしい、石で出来た議場である。

いつの時代の建築物だこれ。

「だいたい1000年前だよ、お久しぶり」

ここで皇太子殿下のご登場だ。そこまでお久しぶりでもないかもしれません。

「正確には942年前かな……元気してた?」

まあまあ元気。とはいえガウラの暦なので地球人的にはもっと新しいものだ。

少なくとも金閣寺ほど古くはないだろう。計算してないけど。

つまりはガウラ文明は地球文明よりも遅く生まれたにも関わらず、

地球文明よりも早く宇宙に飛び立ったということであるのだが。

「しかし文化は地球ほど洗練されてはいないよ」

どうだろうか、文化と価値観に優劣なし、が宇宙時代の処世術である。

そして大抵の場合、各国の『禁忌』を除いて、という枕詞がつく。

「君もだんだんわかってきたじゃないか!でも媒体についてはホントに地球のが進んでるからね!」

そう言いながら私の頬をむにむにした。な、なにゆえ……。


「あまり大っぴらにしたくないのはこういう事」

ズラリと並べられた漫画やアニメの中には、

いわゆる同人誌やBL、百合と呼ばれるジャンルも含まれている。

「しかもおれが勝手にやってる事だし、別に禁止はされてないけど」

つまるところ文化振興事業を勝手にやっちゃっているようだ。

違法ではないのだろうが、殿下は皇族の一員である為に、

しかも禁忌とされている同性愛を含んだ作品も中には存在し、

誤解を招けば最悪自身の首が(物理的に)飛ぶというかなり大胆な事をやっているようだ。

一体どうして命までも懸けてこんな事を……。

「たまにいるだろそういう人」いるけど……。

ともあれ、そこまでの心意気なら協力するのはやぶさかではない。

そうこう殿下と話していると、からの議場にぞろぞろとガウラ人が入り始めた。

「彼らはみんな領主か、その家族、またはその家臣だ」

文化振興に特に意欲を見せる人々なのだろうか。

「そうでもないかもしれない、気を付けろ、みんな一癖も二癖もあるから」

え、えー!学びたいから来ているのでは!?

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」は?「ごめん」

流石の帝国も善人ばかりではないらしい。

こういう講習などは度々行われ、渋々やって来ている領主も多いのだという。

帝国の貴族は公務員とは聞いていたけど……。

しかしながら、そう来ると思ってとある秘密兵器を、グイと飲み干した。

「それって酒?今から講習始まるんだけど……」

多少は気が大きくなった方が良いのである。

「まあ、君がそう言うのなら……」


かくして講習が始まった。

事前に一通り調べてきた、鳥獣戯画から少年俱楽部とそして現在に至るまでの歴史と、

大まかな概略、市場規模、そして同人文化などを解説した。

彼らは特に市場規模に驚いていたようで、6000億円を超えるとなると、

ガウラ帝国のラジオを除いた文化産業では太刀打ちできないらしい。

だがそれが逆に彼らの内の何人かの逆鱗に触れたようだ。

それは講習が終わり、質問時間になってから顕在した。

「ハルナ伯コサキです。此度の講義、我が領地においても大いに役立つことでしょう。そこで、お聞きしたいことがあります」

そう言われれば光栄である。質問なら何なりと。

「では。漫画に限らず舞台やアニメ、その他様々な職種において創作者の搾取が行われている点についてですな」

まぁ、確かにそれは存在する。彼らも事前に調べてきているようである。

「詐欺と横領と強姦の温床と言えましょう、そのような腐敗した醜い産業を我が帝国に持ち込むことが許されるとお思いでしょうか」

「全くだ」「早くお帰りあれ」

確かにそれらは課題であるが、産業に携わる人々の不断の努力によって近年は改善しつつある。

それからもう一つ、これは産業構造の問題であり、漫画という媒体自体の問題ではない。

他の漫画大手の国である米国や韓国、フランスでもそれぞれ独自の産業構造を持ち、

何も日本の『腐敗した醜い』構造まで取り入れろと言っているわけではないのだ。

まさかとは思うが、そこまで考えが至らなかったわけではあるまい。

「……失礼」そう一言呟き、彼は黙り込んでしまった。

そして次なる刺客が立ち上がる。

「タニガウア公ユザードです。少々お尋ねしたいのですが、二次創作同人誌というものについてです」

確かに気にはなるでしょう、どうぞ。

「これは著作権法という法令に親告罪とはいえ抵触します。この点について著作者や政府はどのような対応を行っているのでしょうか」

あまりにも目に余る物や権利者の意向に反しない限りは特に。

「と言うと、事実上野放しであると。事実上の組織的な犯罪を野放しですか」

組織的ではないだろうが、確かに法に触れる。

しかし二次創作はファンが勝手にコンテンツの良さ広めてくれる広告とも言える。

二次創作がファンを呼びファンが二次創作を作りまたそれがファンを呼ぶ。

さらに同人文化は次なる世代を育てる事にも一役買っている面もあるのだ。

二次創作で力をつけた人材を出版社が採用し、新たなコンテンツを生み出す、

清すぎる川に魚は住めないのである。

「なるほど、しかしながらポルノが宣伝になりますかな。権利者の提示したガイドラインにも従わず、お目こぼしを利用して金稼ぎとは、川には害魚ばかり住んでいるようですな」

ガイドラインに従わない人間も確かに存在するが、

それはそれだけ規模が大きい証左であるとも言える。

人が増えれば悪人も増える、当然の事である。そういった人間は目立つ。

そしてこれは、遵法意識の高いガウラ人であるならば、

このような問題も起こさずに盛り上がる事が出来るとも言えよう。

また、二次創作や同人作品が成人向けばかりであると考えているのであるならば

それはとんでもない思い違いだ。悪目立ちするだけで大半が全年齢向けである。

「すみません、その点については不勉強でした……」

もっとこう、ポリコレとか文化の衝突的な視点で来ると思ったらちゃんとした質問来るのいいよねよくない。

ここまでバチバチやり合うとは、酒飲んでてよかったぜ。

さあ次だ!かかってこい!

「ムツガタ伯爵のミヤーカです。あのー、このオメガバース?についてですけど、地球人類の男性は妊娠ができる生殖器が存在するってことでよろしいでしょうか?」

……いや詳しくはないが、それはそういう設定、想像であって、とやかく言う事ではない。

「ちょっと気になりまして、事実でしたらば地球人が奇怪な同性愛などを嗜むのも理解できるな、と思いまして」

「全く野蛮な種族だこと」「ありえない、古い価値観だ」「前時代、いや前々時代的と言えますでしょうな」

「そのような作品を持ち込んで臣民に悪影響を及ぼすのではないかと心配です」

そもそもが創作、想像であり、どのような作品であっても自由だ。

誹謗中傷やデマの拡散を目的にするものであれば別だが、そういったふうでもない。

第一、余程帝国にそぐわない物であれば年齢制限をかけたり規制したり禁輸すればいいだけの話であり、

それを作品や著者に言われても知ったことではないのである。

また、日本においても物語の影響でバンドやキャンプや競馬が流行ったことはあっても

殺人や海賊行為や鬼狩りなどの犯罪行為が流行した事はない。

もし仮に作品の影響を受けて犯罪を犯したとしても最終的には本人の意志である点はどうあがいても揺るがない。

「それは……そう言えるかも……」

にしても、他国の文化を取り上げて、奇怪だの野蛮だの前時代的だの、

流石は宇宙時代の先進国と言える。

「チッ……」「むぅ……」

さあ、次はどなたか。

「バンダガ侯爵スザク。お答え願いたい、そもそも貴殿は漫画の専門家どころかド素人ではないか。そんな論ずる資格も持たない人物が遥々宗主国を訪れ講釈を垂れるとは、全く出過ぎた真似だと思うが、これをいかに思われるか」

ただの人格攻撃だがお答えしよう。

確かに私は素人だが、この漫画産業は先ほど申し上げた通り莫大な市場を擁すものであり、

それに従事する専門家の手を煩わせるわけにはいかない。

更に言えば、漫画そのものに幼少期から触れ、今回の事で事前に勉強しており、

ここにいる誰よりも漫画について詳しいのは火を見るよりも明らかである。

そもそも私は他ならない皇太子殿下の指名によりここに訪れており、

これを資格が無いと説くのならば、それこそまさしく宗主に講釈を垂れる行為と言えよう。

「ぐ……」

「ていうかお前たちいい加減にしろ!?」

ついに殿下の怒号が飛んだ。遅いよー!

「このおれの客人を愚弄するとは何ごとかお前たち」

恥を知れ恥を、と議場から領主たちをみんな追い出してしまった。

「全く見苦しい真似をしてしまった、申し訳ない」

本当にね!しかしこれでは講習会を台無しにしてしまったのではないだろうか。

「いいや、心配は要らない。多分。みんな金には困っているからね……」


後日、日本の漫画がガウラ帝国に輸出されること、

そしてガウラ帝国製の初の漫画の製作が開始され、

日本でも発売される事が発表された。

『知られぬ日本の面影』や『菊と刀』のような、

ガウラ帝国の文化や風習を紹介するものになるらしい。

こういった帝国を紹介した文化人類学の書籍はいくつか出版されているが、

どれも鳴かず飛ばずであった。

今度のは漫画という事で取っ付き易いだろうし、おそらくヒットするだろう。

「という事で、翻訳お願いできる……?」

これである。殿下は人使いが荒すぎる。

宇宙港職員に頼む仕事じゃないよ!?自分でやってよ!

「やっぱ無理かぁ……じゃあ有名な田戸ツナコって人に頼むか……」

いや、その人はやめた方が……。

「え!?じゃあやってくれるか!ありがとう!また連絡しよう!」

そう言ってスタコラと足早に去って行った。

まあ王族相手だから、あんまり強い言葉は使えないが、

一言だけ言わせてもらうのならば、あのクソ野郎!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 翻訳はセンスがいるからなあ [気になる点] あとこいつなにげに 大金持ちになりそう
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