菊花の冠:おおきみの為に
日本とガウラはえらいこっちゃの大騒ぎ。
当の威光派のドンであるサラード氏と皇帝は知り合いらしい。
はてさて交渉はどうなりますことやら。
もう一度言うと、意外にもサラードと皇帝は知り合いであるそうな。
って事は結構なお偉いさんなのかしら。
「皇帝陛下、大変お久しゅうございます。高等学校以来でございますね」
先程飛び起きたとは思えない態度である。
「君と私の仲、畏まった態度はよしてくれよ」
「あっそ、んじゃ、おひさ~」
「無礼者ォ!!」
バシィっとビンタを繰り出す。なんかコントでもやってるんです?
「やっぱこれだな」「うん、そうだね」
随分と仲がいいらしい。
しかしながら相変わらず貴族たちは後ろで見ているだけである。
日本側の交渉団は若干苛立った様子だ。
「あの、皇帝陛下、それにサラードさん。交渉を始めたいのですが」
外務大臣が口を開き、遂に会議が始まる。
威光派の人員がビデオカメラを回し、会議は映像記録として保存されている。
「単刀直入に言えば、今現在の皇帝の任を日本国天皇陛下にお譲りするべきだという事だ」
サラードは言った。国号も変わり、即ちガウラ帝国は日本へと編入される形になる。
「それで、一体あなた方の国に何の得があるというのですか」
首相は問う。当然の疑問である。
属国に吸収される宗主国など前代未聞だ。
ガウラ皇帝が日本国天皇を兼任する、もしくは名乗る、という話ならばまだわかる。
まあそれだと独立戦争に直行するだろうが。
「毛皮を整える時、自分でやるのかい?」
サラードは自らの尾を撫でながら言った。
人間に毛皮はないんですけど!首相の頭もあんまり……。
「美容師に頼むはず、それと同じだ」
わかるようなわからんような。
「つまり、優れたる者には相応しい立場というものがある、という事ですよ首相」
皇帝が補足をする。……いや、わかるようなわからんような。
その場にいた日本人ら同じことを思ったのか皆似たような表情だ。
「天皇陛下は地球に収まる器ではない、そういう事ですかな?」
「まあ、その辺りかな」
ちょっとニュアンスが違うけど……みたいな表情である。なんなのか。
「仮にこの提案を受けたとして、皇帝陛下はどうお思いなのですか」
その通り、皇帝は廃位という事になるのだが、それはいいのだろうか。
「あのお方は私よりも優れた威光を持つお方ですので、やぶさかでございません」
また出た!威光!威光って何なの!そんなに大事なものなの!?
「フフフ、大事なのですよ漫画喫茶の神。我々もあなた方の『人権』理解できませんが、それと同じでしょう」
むむぅ、そう言われるとなんだか納得しそうになる……神じゃないけど。
「科学的には、我々ガウラの科学ではだが、所謂スカラー、が概念的には近いが、それの一種さ」
何言ってるのかさっぱりである。
「わかりやすく言えば、四次元の物理現象、うーん、時間や距離を超えて三次元空間に干渉するエネルギーと言えばいいんですかね……」
陛下の補足でちょっとわかった気がしてきた!
おそらくこれでも正確な説明ではないのだろうが、
その値が高いほど威光が優れているという事なのだろう。
……それで、なんで高い方がいいのだろうか。
「それを説明するには……あー……」
「陛下、原始人には理解できん話だよ」
「そういう言い方は良くないよ」
全くである。とにかく、威光が良い方が政治的にも正しいという話なのだと納得すればよいのだろう。
いきなり物理学講座らしきものが始まり、日本の交渉団は頭を抱えていた。
「ちょっと休憩にしましょうかね」
陛下の気遣いが身に、いや頭に染みる……。
さて、小休止も終わり、会議は再び始まる。
というか、始まってから一歩も進んでいない。
「正直、目的が見えません」
その通りなのだ、例え政治的に正しいからと言って、
国益を損なうような真似は出来ないだろう。出来ないよね?
何か裏があるのでは、と考えられるのも無理はない。
「いいえ、これは理想の為の大きな一歩」
「理想、どんな理想なんですか?」
「そりゃあもちろん、大層なものさ」
というだけでサラードは口を濁す。
責めるべきはここであろう、と外務大臣が問い詰めた。
「その理想を是非我々にも教えていただきたい、場合によっては協力いたしますよ」
「ああ、大層とは言ったが人に話すようなものでも……」
「では何か下心があるのでしょうな」
「いやいや、とんでもない……」
なんだか話したくなさげな感じである。
「お話しいただけない限りは協力は無理ですな」
サラードは口をもごもごさせていて、まるで粗相を隠す子供のようである。
「あなたの野望は、目的はなんですか」
「ガウラ帝国の破滅、というわけではありますまい」
首相も参加し、更に攻勢を強める。
「もしそうであるのなら、銀河同盟共通の敵という事になりますぞ」
「いくらガウラ帝国法で許されているとはいえ、あなた方威光派に警戒の目を向けねばなりますまい」
ああ、立派になったなぁ日本国!
こんな強気の発言が出来るようになっただなんて!
「ほう、あなた方の『両生類にも劣る』警察組織が、我々威光派を監視しようと?」
ガウラ母星の両生類は地球のものとは違い農作物を荒らす害虫であった。
と言えばわかるだろう、強い侮蔑の意がある。
みんなはこんな言葉を使ってはいけないよ!
「よさないか君、首相さんたちも」
「ああ、失礼、つい熱くなってしまいました」
「申し訳ありません……」
彼の異様な雰囲気に気圧され、二人は意気消沈してしまった。
彼らを窘めた陛下は、サラードの方をスッと見据える。
「でも……君の理想、親友として私にも聞かせてはくれないか」
そして彼の手を取り、言った。
サラードは観念したように溜め息を吐いた後、こう答える。
「君の為だよ」
君、とは、やっぱ君主の為だろうか……いや、まあ、そういう事ではなかったか。
「はあ、私の?」
「そうさ、笑うなよ」
「笑わないけど……」
日本側は意図を汲み取りかねて、首を傾げている。
「全部君の為さ、ふふ、おかしいよな」
自分で笑ってるじゃん!っていうか『君の為』というのは『君の為』って意味?
「そうだよ、皇帝陛下個人の為さ、親友だからね!」
「何が私の為なんだ」
「学生時代、言ってただろ、『皇帝の地位は荷が重すぎる』『いっそ手放してしまいたい』って」
「言ったような気がするけど……」
……えーっ。
「だから、私が何とかするって答えただろ」
「そうだっけ?」
「そうだっけって、だから私はこうやって威光派を騙して集めて、君を皇帝の責務から降ろそうと……」
「え!?騙してたんですか!?」
威光派の人たちもびっくり、会議の場がどよめく。
「全部君の為だったのに!」
「え゛っ゛、ま、まさか同性愛者じゃないだろうね……?」
「そんな薄っぺらいものなんかじゃない!」
誤解なきよう、これはガウラ人の価値観である。
そもそもこういう娯楽にそのような政治的闘争を持ち込むのがナンセンスっていうか……って何の話だ。
しかし、なんか一気にブロマンスな雰囲気が漂ってきたぞ。
ひょっとして、これってものすごーくしょーもない話?
「っぽいですな、入管殿」
首相とも意見が合った。入管殿て……。
さて、とりあえず事態は終息したっぽい雰囲気になった。
威光派の人たちが怒って帰っちゃったのである。
「サラード、気持ちは嬉しいけど……」
「……本当はわかってはいたんだ。君が皇帝に即位したあの日、君の覚悟を感じた。でも……それでも私は約束を果たしたかった」
「いややめたいのはやめたいけど」
「やめたいのかよ!」
またコント始めてる……。
仲が良いのは結構な事だが、国をも巻き込んでまでやるのはやめてほしいものである。
「でも人には人の相応しい立場というものがあるんだ」
「……そうだな。君には皇帝の座が似合っているさ」
「うん、サラード、君は断頭台の上がお似合いだよ」
「そーなの!?」
「いや、だってそう決められているし……『交渉不成立の場合首謀者は罪に問われる』って」
えー!?いい感じに終わりそうだったじゃん!
嫌な感じに終わっちゃうよこの話!
「いいえ、陛下。既に日本に入国しているのでこちらでお預かりします」
「でも内乱罪の過去の判例は無期懲役だよね?」
「そうですけど……」「やだーーっ!!」
そこは恩赦というのでなんとかならないものだろうか……。
まあ実害もなかったし、帝国では行為そのものは違法では無かったため、刑は免除されるだろう。
……祖国には戻れないだろうが。
「まあ、君が帰ってくるまでになんとかしておくよ」
「いや、いいんだよ。そこまでしなくたって……」
「実はちょっとうれしかったからね。君の気持ち……」
「陛下……」
よかった、いい感じに落ち着きそうで。
「なんとかならなかったらどうする?」
「どうしよう……」
いやそういう疑問は今は口に出さないでさ……。
なんか変な感じに着地したのであった。




