スペース啓蒙時代
日本・台湾・パラオ三ヶ国条約の締結により、各国の距離は以前よりも縮まった。
これは三ヶ国をEUのような事実上の緩やかな連合にするための帝国の後押しによって締結されたものである。
とはいえ先達ほど自由に行き来できるわけではなく、日本国籍を有せざる在日外国人にとって状況はあまり変わらず、
また帝国が台湾、パラオを日本と同等に扱う、つまり技術思想の啓蒙と引き換えに多少の干渉を行うという、
ぶっちゃけ二国にはあまり大きなメリットの無い、帝国の都合の為の不平等条約のようなものであった。
宇宙人らは彼らの入管を通してなら自由に出入国出来るようになったわけである。
これらに加えて、帝国領メソポタミアの平定と統治が始まり、
『ニザーム・ジェディード(新たなる秩序)』も新たな段階に入る事が宣言される。
周辺地域は戦々恐々である。
そんなこんな地球秩序が大きく変わりつつある中で最初に彼らと交流した日英には変化が訪れつつある。
まず第一に、景気が良くなった。
というのはもう既にお話ししている事ではある。
体感の景気も劇的に改善されたのだ。
というか、この点については今までが異常ではあったのだが。
日英双方共に犯罪率も失業率も自殺者数、社会保障受益者数、あらゆる数値が激減している。
街のホームレスは明らかにその数を減らしているし(何らかの手段で排除されてるだけかもしれないが)、
夜遅くまで仕事をしている人も、夜勤か飲食か職場にしか居場所がない人だけの物となっている。
行政に対する行政指導がモリモリ入って恐ろしい事になっているそうな、これではまるで属国である。
「事実上の属国ですからね。我々はまたしても天皇陛下の威光によって守られる」
そう言うのは山野元大臣であった。今日は彼とお茶をしている、帝国について色々聞きたかったそうな。
「一体何人の首が飛んだのでしょうね、それも物理的に」
確かにテレビで見なくなった人々は大勢いる。
主権はこの景気の良さからは想像できないほど危機的状況に陥っているのである。
「これも帝国の啓蒙政策でしょう、彼らは民主主義など屁とも思っていない、むしろ悪だと考えている」
彼らは実際に民主主義でかなり痛い目を見たらしいので、民主主義は嫌いなのだ。
話によると市町村役場、県庁、各省庁にもメスが入り、これらの権限も幾つかは強化されたり、逆に取り上げられたりもしている。
「急進的な変革、強制良化、社会は良くなったとはいえ本当はこれを自分たちの手で成し遂げなければならなかった」
そういった意味では政府の議員官僚らは非常に悔しい思いをしているようである。
「……だが一つ、我らの天皇陛下にだけは彼らは頭が上がらないのに、陛下の許しも得ずにこんな過剰ともいえる干渉を行うだろうか」
ひょっとするとこれも陛下の思し召し、という事になるのだろうか?
「ま、まさかなぁ……」
まっさかぁ~……!
さてもう一つは、外国人、つまり地球内の外国人がさして珍しい存在ではなくなったことである。
これは宇宙時代以前から徐々にその傾向になりつつあったのだが、宇宙人の登場で急速にただの人になってしまった。
日本人の中で“ウチ”と“ソト”の構図に変化が起こったのだろうか、
地球内外国人は突然“ウチの人”になってしまい大変困惑しているという。
差別は殆どなくなる代わりに気も遣われなくなった、という事だろう。
予てより在日外国人の問題は幾つか存在したが、
前述の行政改革もあってか官公庁からの腫れ物扱いも無くなったという話もある。
また外国人犯罪が増加……ではなく多く報道され始め、
世間に『過剰に』知られるようになった。これは例のピール首長国のせいもあるが。
とはいえ宇宙人を受け入れている以上排外主義も主張できないために、
最近では『脱地球論』などというどこかで見たような主張が、
特にこれまでネット右翼と呼ばれてきた層に人気なんだそうな。
これらは実は英国でも似たようなことが起きているらしい。
かの国でも移民による大規模な犯罪が摘発、盛んに報道されつつも、移民たちそのものにはあまり強く当たれず、
『我々イギリス人は地球人とは違う道を歩む、栄光ある離別へと進むべきである』
といったなんだかよくわからない論まで登場している。
ある程度生活が洗練されてくると、昔の『劣った』生活が嫌になってくるような、そういう心持ちなのだろう。
日本人もイギリス人も『前時代的な』他の地球人が嫌になり、この星を出たがっているのである。
最近出国者数が増えているのもそれらの影響だろう。
一方で帝国に受容された日本、イギリス文化も存在する。
代表的なのはお茶だ。しかも茶道とアフタヌーンティーと普通に普段飲むお茶とが色々とごっちゃになっている。
どこかで何かの行き違いがあったのだろうが、
日本人と英国人ってのは茶を飲むもんなんだという共通認識が広がっているらしい。
緑茶紅茶はもちろん中国茶やマテ茶、果てはコーヒーまでもが一括りにお茶として帝国に流通している。
なんでも、例の皇太子殿下が持ち帰って飲んでいたのが原因だとか。
「こんな苦いもの好き好んで飲むかね」
……彼としてはいたずらのつもりだったのだそうな。苦~いお茶を従者に飲ませようとしたのである。
結局のところ帝国の庶民たちもあらゆるお茶に砂糖を入れて(昆布茶にも!)、
ついでに羊羹やスコーンなど各種茶菓子も仕入れてお茶請けにして嗜む。甘いのと甘いのでクドくない?
「まあ、いいんじゃん?」
と、広めた当の本人が飲んでいるのは日本の老舗のサイダーであった。
「絶対こっちのが美味しいよ」
殿下は地球を訪れる度に漫画喫茶で漫画を読みつつサイダーを飲んでいる。
彼としては、この漫画とサイダーの文化が広まってくれた方が余程よかったのではないだろうか……。
もう一つは文房具が人気である。
いつだったか紹介した通り、電子媒体はハッキングの恐れが大いにあるので、
帝国、というか星間国家のあらゆる手続きは紙媒体が主要である。
そこで、日本が誇る文房具である、今では主要な輸出産業として成長している。
これらは宇宙レベルでも高い水準にあったようで、
私も名前も容貌も知らないような国からも注文を受けているらしい。
先日なんか初めて見た種族が日本製のペンとメモ帳を使っているのを見たほどだ。
とはいえそれを黙って見ている星間企業たちではない。
日本にも多くの宇宙製文房具が輸入されている。
跡がわからないくらい綺麗に消せる修正テープなんかは私も使っている。
また、謎の技術によって真円や直線しか書けないペンなど、さながらペイントソフトでも使っているようなものが人気である。
しかしながら売れ行きが全く良くないものもある、定規である。そりゃそーだ。
このように、帝国と地球とで互いに影響を受け合いながら時代は進んでいる。
もはや地球人は孤独ではなく、ゆりかごから降りたよちよち歩きの赤ん坊である。
これから、先んじて宇宙に出た地球国家とそれ以外の国家の関係はどうなるだろうか。
帝国はいつまで地球の面倒を見てくれるのだろうか。
地球の各国は何かの間違いが起きない為、または起きた時の為に蒙きを啓きながら近代化を進めている、
まさしくスペース啓蒙時代とでも言うべき時代に突入している、のだろうか。
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あれは20年前……




