管理官二人旅:英国の管理官
ちょっとした休暇の気分だった。
まさかこんな事になるとは思いもしなかった。
ある日、宇宙港に例のスナネコ人、ミユ・カガンが訪れた。
彼女とは随分と久しぶりである。
「仕事が忙しくてね、ようやく君に会えてうれしいよ」
耳をぴょこぴょこさせている、可愛い。
「そう、今日はただ来ただけではないんだ、はいこれ」
そう言って彼女はこちらにチラシとチケットを差し出した。
「ミユ社が誇る最高の体験さ、名付けて『惑星漂流ツアー』さ」
これらに書かれた文字はカナクギ流の日本語文字で書かれているので、おそらくは『漂流』というのも誤訳だろう。『探検』が正しいのではないか。
「特別な君にプレゼントさ、もちろん無料でいいとも」
無料ですって!?しかしこのミユ社の人間が無料とは何か裏がありそうな予感である。
「無いよ、純粋な好意さ。素敵で特別な君に、ね」
ま、まあ、あなたほどの人物がそう言うのなら……是非とも行かせてもらおう。
と、いう事で、私は休暇を取り、チラシに書かれた日時に軌道ステーションにいる。
ツアーだから他の旅行者もチラホラ集まりつつある。
メロードも連れて来たかったが、カガンはメロードの分のお代は死んでも出さないと言う(何か確執でもあるのだろうか?)ので、私一人で来ている。
しかしどうやら、日本人は私だけのようで、英語や多分ハンガリー語ばかりが聞こえてくる。
翻訳機も一応持ってきたので抜かりはない。
「コンニチワ!あなた日本人さんですよね?」
金髪の美女、しかもスタイルもものすんごい人が話しかけてきた。
しばらく唖然としていると、彼女はちょっと焦ったような表情をする。
「すみません、韓国人さんでしたか?それとも台湾人さん?はたまた別のアジア人さん?」
いや、日本人だよ、と答えると、顔が明るくなった。
「やった!私日本人さんと話すのは初めてなんです!宇宙人さんとは結構話したことはあるんですけどね」
となると、宇宙港関係の人物だろうか。
「そうです、仕事は入国管理の方を……あ、今日は休暇でこのツアーに参加しているんですよ!」
お、お、おお、そりゃ、ビックリ、同じ職種の人、それも海外の人と会うのは私も初である(というかここに来てようやくイギリス側宇宙関係者と初接触である)。
「ええーっ!すごい!じゃあ先輩、"Senpai"ですね!私最近始めたんですよ!」
先輩と言えばそうなるが……。
「お願い、先輩気づいてよ!」
何の話だ、なんなんだ……。
その辺りで、ガイドらしきフォリポート人(スナネコ人種の事)がやって来た。
「揃いましたか、揃いましたね!時は金なりですとっとと行っちゃいましょう!」
うーん、どこまでも現金な連中である。話が早くて助かるが。
話しかけてきた金髪美女はオリビア・ペイリンという名前であった。
彼女は英国のビギンヒル宇宙港に最近雇われた新米入国管理官なのだそう。
せっかくなので、宇宙船でも隣の席に座ってお喋りをしている。
「へー、いろんな宇宙人さんがいるんですねぇ~」
伊達に開港時から働いてはいないのである、フフン。
しかし彼女は彼女で結構な目に遭ってるみたいで心配だ。
そもそも町でいきなり誘われて始めたというから、なんだかその場のノリと勢いで人生を乗り切っているのではなかろうか。
「ちょっと流されやすいとはよく言われますね」
誘われてすぐ転職決めちゃうのはちょっとかなァ。
さて、地球を出発して十数時間が経つ頃、窓の外の明かりに青みが混ざってきた。
「ツアーではこの惑星に上陸していただきます!」
ガイドが前に立ち、注意事項などを読み上げつつ、書類を配る。
「ふわぁ~、何かありましたかぁ」
オリビアは大あくびをして目を覚ました。
「あ!この星ですか!」
そしてすぐ窓の外に釘付けになった。
「以上です、全てお配りした用紙の通りであります」
「見て下さい!森に崖に、ファンタジー世界みたいですよ!あ、紫色の森がある!」
全然聞いてないんだからこの子。彼女に肘打ちをして、書類を手渡す。
「あ、いつの間に!」
あなたが窓に噛り付いている間にですお嬢様。
……いつの間に、といえば、座席に乗った時には無かったボタンが増えている。
リクライニングやラジオのボタンとは別に、ただ気が付かなかっただけかもしれないが、赤いボタンが増えていた。
オリビアにも聞いてみる。
「ホントですねぇ、増えてますね!何のボタンでしょう!?」
押してみれば。「はい」
瞬間、景色がガラッと変わった。一面に広がる大空、空をその身一つで飛んでいるかのような。
凄い映像技術だ、ひょっとしてVRとかMR的な映像のスイッチだったのだろうか、でも妙に風が強い。
これもリアルな、あの4DXみたいなのが進化した表現なのだろう。
隣のオリビアの方を見ても、唖然としている。
このまるで現実のような映像に圧巻されているのだろう。
そう、まるで現実みたいだ、鳥になったかのような。
不満があるとするならば、重力だろう。体感的に、なんか、下に落ちているかのような感覚だ。
……目を背けてもしようがないだろうか?
そう、落ちている、これは映像ではなく、落ちている、座席ごと。
叫び出したいが叫んでもしょうがない。
隣に目をやると、オリビアと目が合った。彼女は口を大きく開ける。
「ごめええええええええええええええええええええええん!!!!!!!」
いや、私も悪かったのだし、まあここは落ち着いて、冷静に、気絶しましょう。




