時を喰らう少女
銀河ひろしと言えど、かような種族は彼らが唯一であろう。
そう思わせるような客人が現れた。
なんだか騒がしい、裏方連中が慌てふためいているようだ。
なにゆえ、そんなに慌てるようなことがあるか。
「ヤツが来る!」
ホノルド氏は語気を強める。
ヤツとは一体、それだけでは何もわからないではないか。
なんでも、その『ヤツ』の対策用の設備がこの宇宙港には存在しないのだという。
まさかこんな辺鄙な星に来るとは思わなかった、といったところだろう。
それほどまでに脅威なのだろうか?
「如何なる種族でも、対策が無ければヤツに触れる事すら出来ずに屠られるだろうね」
警備員たちもかなり厳重な警戒態勢に入ろうとしている。
だがかなりビビっている様子でもある。
「流石の俺様の自慢のボディも、連中相手じゃ長くは持たねーな」
「事が起これば宇宙港職員全ての命が危険に晒される」
エレクレイダーとメロードもいつにも増して真剣そのものだが、尻尾は萎れているので、何も起こらないことを祈るばかりだ。
「ちょっと近くの神社に行って、ハマヤ?とかお祈りするものを貰ってきてくれ」
ホノルド氏の依頼だ、それも対策なのだろうか。
「時々効く場合があるのと、単なるお守り」
なんじゃそりゃ。よくわからないけど、ヤツというのが余程の人物であるらしいというのはなんとなく理解できた。
ともあれ、警戒を厳にしつつも、単なる客人なのではないだろうか、とも思っている。
まあ近年は宇宙そのものが荒れ気味というのもあるが、それならそれで警備の強化なんかしてくれればいいだろうに。
余程財布の紐が固いのか、あるいは財布そのものが軽いのだろうか。
宇宙船が到着したが、客は一人しか乗っていなかったようだ。
遂にヤツとご対面というわけである。
ヤツはトボトボと一人歩いてきた。
青い肌と紺色の髪の毛を除けば容貌は地球人にも似ている、女性のようだ。
「はじめまして、地球人。何の騒ぎかしら」
まあそう思うよね。
「この怯えた子ぎつねたちの様子を見ると、私の事を歓迎してくれているみたいね」
警備員らも何も言い返せないらしく、盾を構えて黙っている。天下のガウラ人のこれほどの醜態は初めて見た。
「私は、私たちは私たちを表す単語を持たないから、そうね、あなた達の言葉で『タイムイーター』とでも呼んでくれていいわ」
タイムイーター、時を喰らう者、ガウラ人たちはこれに怯えていたのだ。
「そう、私たちは時間を食べる、こんなふうに」
彼女が書類を手に持つと、書類が何としおしおに、色褪せてしまった!
凄いけど、これでは書類に不備があるという事になってしまうが……。
「もちろん、こういう事も出来る」
すると、書類は徐々に元の白さを取り戻していった。
「原理は……まあ私の専門分野じゃないからよく知らないけど……」
よく知らないのかよ!まあ私も私の身体の事はあんまり知らない、なんで納豆が身体にいいのかとか……。
「それでね、私は……原始文明の星を旅行するのが好き」
それでこの地球に旅行をしに来たのだろう。しかしなぜ?
「誰も、私を知らないから、誰も私を気にしないから」
宇宙には彼らタイムイーターの脅威が広まっている為、今日のガウラ人たちみたいに怖がられたり警戒されたりすることがほとんどなのだという。
確かにそれではまともに旅も出来ないだろう。
そうなってくると、この地球のような国は彼女にとって都合のいい旅行先になる。
どうやら、単なる旅好きな人物であるようだ。
「特に、銀河同盟の人々は、我が種族の事は苦手でしょう、散々苦しめたからね……ククク」
第二次銀河大戦において、銀河同盟軍はこのタイムイーターの軍隊にコテンパンにやられたというのだ。
メウベ騎士団は対策を知っていたようで、事なきを得たというが。
なるほど、過度に警戒すると思ったらそういう事か。
「ちなみに、あなた達の言う『丹』と何かを混ぜ合わせた塗料で、塗られた部分だけ時間の進みを止める事が出来るらしいけど」
よく知らないんだ、とも彼女は言った。丹とは、硫化水銀の事である。
ともあれ、警戒は取り越し苦労であったようで、よかったよかった。
「もう戦争なんてしてないのに、どこに行っても警戒されちゃうから」
強すぎる種族というのも難儀なものである、クートゥリューでさえここまで警戒されてはいなかった。
逆に旧支配者連合側の国に行くとどうなるのだろうか。
「それはもう、お祭り騒ぎ。旧支配者の希望だのなんだので……」
ああ……つまり、安息の地は自分たちが知られていないようなところだけという事か。
触手たちが小躍りしている様子は是非見てみたいものだが。
「それでさ、お洒落なところとか、良さげな観光スポット教えてくれない?」
彼女はスマホを取り出す。これは最近サービスが開始され、軌道ステーションで販売されている宇宙人向けの旅行用使い捨てスマホだ。
私はまあ、無難なところから自分のお気に入りまでを幾つか挙げ、メモ用紙に書いて渡した。
「ありがとう!私の名前は『■■■■』だからね!しばらく地球にいるから連絡してね!」
え、なんて?全然聞き取れなかった!と言う間もなく、時を喰らう少女は駆けていった。
ガウラ人たちの尋常ならざる怯え方に身構えてたが、なんというか普通の、というか他の人種に比べても圧倒的にまともなお客さんであった。
考えてもみれば、どんなに強い種族でも訳もなく暴れたりすることはないというものだ。




