ベビーオブメタル
製造されたものでなく、自然に発生した(あるいは発生したとされている)機械生命体というのが我々有機生命体にはイマイチ理解し難い存在なのは説明するまでもない(ただし虫人種は意外と恭順の意を示すらしい)。
そんな種族の子供が突然現れたのなら、どうしたものかというものだ。
さて、その日もいつも通り(書き始めはこればかりだな私は……)に仕事がひと段落つき、少し休憩でもしようか、というところである。
最近は多種多様な人種が増え、それらの容貌や風習には驚かされることが増えている。
私は、ここで一つ彼らの図鑑かなにかでも書いてやろうか、と考えていた。
そうして、図鑑のネタを考えていたところに、呼び出しが入る。
渋々ながらも応じて、内勤のオフィスに向かうと、深刻な顔をして局長が前に立っている。
「あー、休憩中に申し訳ない諸君。実を言うと空港内で孤児が発見された」
彼が抱えた段ボール箱の中には、小さなロボットが入っていた。
「この子は機械生命体の赤ん坊だ、形状からしてマーティルア星系の人種だろう。発見の状況からしておそらく、捨てられたのだと思う」
どよめきが起こる。全く信じられない、酷い話だ。
「近くの病院などに連絡はしたが、手に負えないそうだ。無理もない話だ」
哺乳類ならいざ知らず、機械生命体ではどうすればいいのかわからないのだろう、ガソリンでも飲ませればいいのだろうか?
「そこで、一時的に我々が保護することになった。交代でだ」
当然、空き時間の長い私たちが多くの時間面倒を見ることになるだろう。
しかし子供なんて育てた事もないし、ましてや異星人で、しかも機械生命体だ。
専門家とかいないのだろうか?
「呼びはしたらしいですけど、まあ一週間弱は掛かるでしょうね」
ラスは言った。そりゃあそうか、マーティルア星系ってのもどこにあるのかわからないし……。
ロボな職員たちに協力を仰ぐのがベストだろう、彼らに話を伺ってみた。
「いや、我々は人造人間だから……」「自然発生の機械生命体は何考えてるかわかんないです」
残念ながら、ロボたちは役に立ちそうにない。
こういう自然発生的に生まれた機械生命体は2タイプいる。
一つは生体金属が知的生命体へと進化した、純粋機械生命。
もう一つは鉱物、植物、または菌類が進化の過程で機械の体を身につけるようになった寄生機械生命。
この種族、マーティルア人と呼ぶとして、この子供はどうやら前者のようである。
容貌というのが、晩白柚ぐらいの大きさの球体にカメラレンズのような一つ目と四角い口が付いているふうで、如何にもなロボだ。
「調べて来ましたよ、何を飲ませればいいのか」
ラスは意外にもやる気に満ち溢れている。こういうの好きなのだろうか。
「ま、まあ、子育ての練習と思えば、ですやんか!」
そうして、彼女はメモ紙を取り出した。
「えーっと、ガソリンにアルコールと、あとは……」
なんだかモロトフなカクテルが出来上がりそうな感じだが、大丈夫だろうか。
彼女はその混合油を瓶に入れ、蓋の代わりに布を詰めた。やっぱりモロトフなカクテルだろそれ!
「布に染み込ませたのを吸うみたいです」
そう言われれば納得だが……火気厳禁だ。
ラスは瓶を逆さにして、その子供の口に布を当てる。
すると布を加えてチューチューと吸いだした。異種族であっても、子供というのはかわいいものである。
「うめぇ、うめぇなぁ……ありがてぇ……!」
かわいくねー!
「なんてこと言うんですか先輩!」
いやだって、おっさんみたいなことを!
「おっさんみたいだなんて、生まれたてのピチピチでちゅよねー」
「親分……」
親分!?おかしいぞさっきから!この種の子供はこういうものなのだろうか?
それとも翻訳機を付けているからなのだろうか、しかしラスも付けている……。
「どう見ても、可愛いじゃないですか」
そうかなぁ……。
同じ地球人である吉田にも見てもらおう、彼の場合はどうなるのか。
「見た目は可愛らしいじゃないか」
問題は喋った時である……そもそも赤ん坊なのに喋れてるのはそういう種族なのか。
吉田が子供を抱えて喋り掛ける。
「よーしよし、可愛いでちゅね~」
「ハゲ兄貴……」「ハゲ兄貴!?」
うーむ、地球人相手にだけというわけか。
「これはハゲてるんじゃなくて、髪を上げてるんだ!」
「デコスケ兄貴……」「ちょっとわかってくれた!」
翻訳機の、日本語に翻訳する際にだけ起こるバグみたいなものだろうか……?
さて、この子の子守はラスちゃんが熱心に見てくれている(かわいい)。
母性に目覚めたのだろうか。
「そういうわけじゃないですけど……いいじゃないですかなんでも!」
私としては大いに助かる。機械生命の世話だなんて、とてもじゃないがというものだ。
しかもかいがいしく世話を焼く様は見ていて可愛いし、ウフフ。
「結構成長が早いみたいですよ、ほら」
「親分……!」
親分ではないが、足が生えてきていて、歩けるようだ。ここ2、3日なのに。
野生動物の赤ん坊は数十分で歩けるようになるというのでそういった種族なのだろう。
地球人類種が特別に成長が遅いとも言えるかもしれない。
「親ぶーーん!」親分ではないが、辺りをグルグルと走り回っている。シュールだ。
時々家に連れ帰ってまで世話を焼いているようで、そうなると別れが辛かろうに。
さらに数日を経て、子供の方もさらにデカくなった。
手も生えて足も長く大きく育ち、身長は50cmを超え、相変わらず走り回っている。
「親分!母上!」
母上、とはラスの事である。
「やぁ~ん、まだうちそんな歳でもないのに~」
満更でもなさそうである。
「しかし、一週間でこれほど成長するとはな」
「オールバック兄貴!」「うん……もうそれでいいよ……」
吉田改めオールバック兄貴への態度はなぜか相変わらずである(そもそもなぜ髪型の知識を持っているのか?)。
本日、例の専門家が訪れる手筈になっているのだが、ちょっと名残惜しい気もするものだ。
職務に戻り、入国者を捌いていると、らしき人物が現れた。
が、どうにも機械生命ではないようである。
「マーティルア星系の機械生物、との事だが」
彼自身は違うようで、容貌は哺乳類人種のように見えるが、奇妙な仮面を被っていて顔はわからない。
種族の名をホリグレ人という。
「私はロボット兵器専門家の、チムだ」
ロボット……兵器?
彼を子供の元へと案内する。ラスと局長も同席している。
そうして、彼は子供を見るなりこう叫んだ。
「遅すぎた!」
遅すぎたとは、一体何なのか。
「こいつは惑星侵略の尖兵、マーティルア人の凶悪なロボット兵器なんだ!」
マーティルア人は改造された子供を送り込み、捨て子に偽装する事で入管を掻い潜り、そこから惑星侵略に移るのだというのだ。
「何馬鹿な事言うてんねん!この子が兵器やて!?」
「ただの子供とは大違い!これほど獰猛な殺戮兵器はこの宇宙に存在しないだろう、見ればわかるだろ!」
いや見てわかるものでも……さっき自分で偽装って言ったじゃん!
「いやしかし、彼の言ってる事は事実だとすれば、早急に対処すべきだね」
局長も彼に同調する。確かに、事実であればとんでもない事だ。
「これはマーティルア人の常套手段なんだよ!」
「そんな……そうなの……?」
ラスが涙目で子供に問いかける。
「母上……」
その子が口を開いた瞬間、警報が鳴り始めた!一体何事か。
慌てた様子で職員が部屋の扉を開ける。
「局長!上空にマーティルア人の艦隊が現れました!」
「なんだとぉ……!」
スマホも鳴り始める、緊急速報だ。
「だから言ったろう」
専門家はそれ見たものかと言わんばかりの様子だ。
「既にガウラ帝国の守備艦隊と交戦中です!」
えらい事だ、戦争だ……割と定期的にえらい事になってる気もするけどね!もうなんか慣れたけどね!
「母上……!」
「あ、待って!」
突然、子供が窓を突き破り、空へと飛び立った!
「何をする気だ!?」
専門家も驚く、予想外の動きらしい。
「まさか、祖国に反逆して、ウチらを守ろうと……!」
子供の腕から武装が飛び出し、マーティルア艦隊に攻撃を仕掛けた!
「そんな、ダメやーーーーー!!」
「健気な子供だ、親の愛に報いようとしているのかッ……!」
数分後、子供は艦隊を壊滅させて戻って来た。
「母上ー!」
「えっ、つよ~~~~~!!」
つ、強すぎる……侵略の尖兵に使うのも頷ける。
「ううむ、恐らくは、自軍の兵器であるこの子供兵に対抗する手段を講じていなかったのだろうな」
推測によればだが、と専門家は付け加えた。
局長もご満悦の様子である。
「お前も帝国軍人にならないか?」
「毛むくじゃら……」「えっ!?毛むくじゃら!?」
マーティルア艦隊を手から射出されるビームランスでバッタバッタとなぎ倒す様は壮観であった。
惑星の地上を単独で征服するための兵器である為に、このような強力な武装だったのだろう。
この子供はラスが引き取って育てるそうだ。
「名前は……せやな、星の救世主という意味の『エレクレイダー』はどや!」
いや、その名前の人物は既に近くにいる……。
「そっかぁ」そっかぁじゃないよ!
専門家の方も、とりあえず様子見でという事で帰って……くれなかった!
「この子の観察を是非ともさせてくれ!この日本に移住する!」
「じゃあ、うちで働いてもらってもいいかね」
局長はこの専門家、チム氏を宇宙港で雇うみたいである。
かくして全て問題なく、捨て子騒動は終わった。
問題があるとすれば、滑走路に無惨にも飛び散ったマーティルア艦隊の残骸の処理をどうすべきか、という点である。




