臣民病
※全年齢版
なんだか最近メロードの様子が変と言えば変だ。
息を荒くしていて、苦悶の表情を浮かべている。
休憩時間、彼の様子があまりにも目に余ったので仮眠室に引き摺り込んだ。
「ハァ……ハァ……どうにもおかしい……」
なんかこう……発情期みたいな感じだ、スケベな薄い本みたいに。
「そんなものは、無いはずなんだけど」
それとも狐じゃなくて狼だったのだろうか……うーん、さもなくばなんらかの病気か。
彼は前屈みの姿勢になっている。元々やや前傾姿勢気味なのでそこまで違和感もないが。
「動悸が激しくて、なんだか頭と腹の下辺りがポカポカして……」
言われたところに目をやると、なんと、フフ、勃起、しているようである!
「うぅ、あまり見ないでくれ……」
ホホーウ!なんて言ってる場合でもない、大病であれば問題だ。
とっとと医者に連れて行くのが良いのだろうが。
「いや、いい、医者になんて……」
そう言って彼は拒絶する。どうしようもない時は医者に行くよう強く言って、その場は解散した。
数日経っても治っているような様子でも医者に行ったふうでもなく、私の方は段々と腹が立ってきたし、これでは日常生活に支障が出るのではないだろうか。
そもそも以前はこんな性格では無かったし、模範的ガウラ人らしくない振る舞いだ。
「それは愛だよ!」
佐藤に相談してみるが、このような反応である。
「でも最近散髪、散毛?まあトリミングに来たけど、別に変な素振りはなかったけどな」
そうなのである。他者といる時は普段通りでも、どうも私といる時に豹変するのだ。
「あなたがエロ過ぎるだけなのでは?」
それはあるかもしれない。
「……」
ないかもしれない……。
「まあでも、困るって事はないんだよね」
困るというほどでもないが、彼があまりにも辛そうなので……。
「そう……惚気かよくそっ!」
そうではなくって。
「へいへい。はぁ、吉田くんったら、全然前に進んでくれないんだから。こないだも猫カフェでねぇ…」
やはりガウラ人の事はガウラ人に聞くのが良いだろう。
という事でラスちゃんに聞いてみた。
「そ、そんなん、知らんですけど!」
恥ずかしがりながらも答えてくれるようである。
「えーっと……ほら、旅先で開放的になるって、あれですやんか」
そんな状態ではない気もするのだが……。
「ま、まあ、その、ウチにも心当たりがあるから……」
マジで!ちょっと聞かせてごらんなさい!?
「ややや!なんでもないです!」
ホンマにぃ?
「話が脱線してますよ!……えーっとですねぇ、まあその、ガウラ人らしくはないですね」
そう、そうなのだ。というか彼らしくもない。
「なんて言っても、我らガウラ人は天の川銀河で最も清廉潔白でそういうふしだらな事とは無縁ですからね」
彼女が挙動不審になりながら言った事はデータ上は正しい……が、個人的にはかなりの不正確であると考えている。
性行為の頻度に対しての出生率があまりにも多すぎる、例え一度の出産に複数人産んでいたとしてもだ。
しかしながら、この言説はガウラ人の口から頻りに語られるのである。
というのも、これは歴史の話になるのだが、帝国に昔存在した言わばLGBT団体が組織的に行っていた犯罪の中に集団強姦があり、その影響である。
帝国臣民は彼ら同性愛者とは違うという点を示すべく、清く正しき者こそがガウラ人であるという社会運動を始めた。
そして、今日に至るまでに、ふしだらなものの多くは帝国の社会から消え去った。
性教育と深夜に放送されているラジオ官能小説を残して。
「だからどうだこうだという訳でもないですけど……とにかくそんなのはありません!」
そうなるとやっぱり、連れて行くべきは医者の元である。
しかし普通の医者はいないし、地球の医者に診せてもどうなのか、というわけで駐屯地の軍医の元へと連れて行く。
自衛隊病院のようなもので、一般にも開放されている。宇宙人がかかる病院は地球上ではここぐらいしかない。
「あなたが嘘をついていると言いたいわけではありませんが、何かの間違いでしょう。そのような病気は聞いたことがない」
医者が言っていいのかそれ。
「ガウラ人がそんな、ふしだらになるなんてありえません。非科学的だ」
いや、その主張の方が……というか実際に目の前にいるんだから。
「では彼が目の前で自慰でも始めるとでもいうのですか」
そういうわけではないが……。
診察を受けている間、メロードは妙に大人しかった、というか考え事をしているような雰囲気であった。
彼も思い悩んでいるのだろうか、となんだか泣けてきた。なんとかならないものだろうか。
「ふーーーーーむ……正直なところ、認めたくはないですが、症例は知っています……公然の秘密だが……」
遂に口を割ってくれた。
「だが原因も予防策も、ましてや治療法もわからない。が、その症例を教えましょう。ルベリー共和国は知っていますか?」
かのお馬さんの国である。
「そこに嫁いでいったあるガウラ人女性が、全く同じ症状にかかっているのです。伴侶と二人きりの時にはこの『発作』が起きたそうです」
現状は確かに似たような状況だ。
「彼女は現地のガウラ人軍医に相談したが、原因は不明。感染症でもない、超能力が使われた形跡も無し」
では、ルベリー共和国の医者は何と言ったのだろうか。
「それが、『そんなものだろう』とまともには取り合ってくれなかったそうです」
まあ、あの国ならね……。
「そして数週間後に自然治癒。他の幾つかの症例も、ルベリーにて起こっている。ルベリー共和国内固有の精神疾患だと思われていたのですが……」
ところが地球でも症例が出てしまった。
「とにかく、治療に成功したり、原因がわかったら是非教えてください」
考えを整理するに、どうしても、割としょーもない病気なのではないか、というところに行きつく。
「その通り、しょーもないよ!」
しょーもない馬もそう言う。
「しょーもない言うな!バルキン・パイちゃんだよ!」
共和国でも症例がある、という訳で彼女にも相談してみた。あまり相談はしたくなかったのだが……。
「スケベ過ぎて死ぬわけでも無し!」
これだもん。
「国外に出るような人間には有名な話だよ。ガウラ人を娶ろうという人が男女問わず大勢出て外交問題になったし」
共和国民最低だな!
「流石の私も話を聞いた時引いたよ、政府もキレてたらしいし……それでまあ共和国では、たぶん羽目を外しすぎちゃったんじゃないかなって結論になったんだって」
私もその考えに至った。だがしょーもないなりに割と深刻な話でもある。
彼らは普段から、礼儀正しく清廉潔白がガウラ人である、それがガウラ人らしさ、という事をさながら『呪い』の如く自らに言い聞かせている。
では、ある出来事でこの呪縛から解き放たれた時にどうなるだろうか?
反動で身体が言う事を聞かず、さながら発情状態に、一時的にでもなってしまうのだろう。
そしてこれが出生率の謎の正体でもあると考えている。
ガウラ人の夫婦はおそらく、相当な頻度で性行為をしているだろう。初めて性を知った若者たちのように。
多分『呪い』のせいで避妊具なんかも流通していないのであろうから、子供も出来て出生率も上がる、しかも福祉も出産に関する医療も充実しているので死亡率は低い。
しかしながらこの『呪い』があるせいで統計調査には嘘を書いてしまっているのではないか。
ある意味これは国民病、彼ら風に言うなら臣民病であり、らしく言うなら文化依存症候群であろう。
社会的な役割、即ちロールを演じるのに固執するあまり、それから解き放たれた途端に、乱れに乱れるという事だ。
とはいえこのロールに固執する性質が、性犯罪や不倫浮気を防いでいるという事実も確かに存在する(でも多分これはガウラ人だからってのもあると思うが……)。
良い面もあれば悪い面もある、世の中うまいこと出来ているものだ。
さて、この病の原因と性質、自然治癒するって事もわかったのでとりあえずは安心である。
帝国に潜む社会病理がこのような(変な)形で顕在化するとは、彼らも思わなかったであろう。
例の軍医にこれを伝えると、やっぱり、というような返答で、現場では知られているがあまり認めたくはないようなものであるらしい。
何故ならば帝国臣民は清廉潔白である……という一種の『呪い』にかかっているからだ。
とはいえ、それによって犯罪率を下げ、他国でもお行儀のいい国民を育てる事が出来たのだから大したものである。
だが、そのツケを支払わなければならないのが、よりによって身近な人間であるとは、あまりよい気分ではない。




