バッド非言語コミュニケーション
手話、ハンドシグナル、相槌に身振り手振り、いわゆるジェスチャーやボディランゲージは数多く存在するわけである。
玄関口にいるのでこれらを多用する、と思われるかもしれないが、実はそんな事はないのだ。
さて、これは開港してよりひと月後ぐらいの話なのだが、この頃はまだ手を振ったり、会釈をしたりしていた。
しかしながら、段々と彼ら宇宙人の表情というものがわかってきたのである。
まあわかってきたからと言って良い事ばかりでもない。
手を振るとムッとされたり、何が?というようなキョトンとした顔をされたりも多い。
この、手を振るという簡単なジェスチャーでさえも種族文化によって異なる意味を持つので面白いものだが、あまりにも多いとこちらの気もよろしくはない。
「そうかな、気にし過ぎだろう」と語るのは吉田だ。
確かに彼のように屈強な神経を持ち合わせていれば、このように思い悩む事も無かっただろう。
「なんか馬鹿にされている感じ……」
しかし彼の言う通りと言えばその通りだ。
彼らがこちらに来ているのだからこちらのジェスチャーが気に障ってもぶっちゃけ知ったことではない。
郷に入ればなんとやらだ。まあ近年の地球ではそうでもなかったが、これからはまたこの風潮が流行る事だろう。
勤務を続けていると、何やら挙動不審な怪しいヤツが現れた。大柄の軟体人種で、容貌はタコにも似ている。
何か不安があるようですね、とちょっと聞いてみる。
「ぼ、僕は自分に自信が無いんだ、だから地球で受け入れられるか心配で……」
受け入れるかどうかは別として、別に悪いことはしないだろう。単なる観光客相手に。
だがまだ宇宙人慣れをしていない人もいるだろうから、その点だけ注意してもらえれば。
という旨を懇切丁寧に話した。
「そうかな……じゃ、じゃあ、君は受け入れてくれる?」
それはまあもちろん、この一ヶ月で随分と慣れ切ってしまった。
すると、彼(彼女?)は手……触手を差し出して来た。
握手だろうか、とそれを握る。すると彼も握り返して来た。
「また今度、会いに行くよ!」
随分と気をよくしたみたいで書類も忘れて駆け出しそうになる。
「おっとっと、忘れてた!」
数日後、勤務も終わり帰路についていた。
先日の人物の事が気になり出していた頃である。
また今度、とは言っていたが……。
「気にしなくていいんじゃないの、あれだよ……口だけ達者な……」
リップサービスとでも言いたいのだろうか。
「そうそれ」
吉田は頻りにスマートフォンを覗いている。
「いや、宇宙のジェスチャーとかさ、メモってんのよ」
意外にも勉強熱心である、チャラい見てくれからは全く想像もつかない。
「失礼な!前から思ってたけど割とそういうところあるよなお前……」
お互い変わり者だろう。
「そう言われちゃそうなんだがこりゃまい……なんだあれ」
何かが前方から接近してくる……あれは数日前の例の人物である!
「やっと見つけたぁーーー!!」
ウネウネと触手が蠢いている、キモイというよりもこれはかなりの恐怖だ!
あわやぶつかる、というところで吉田が前に出てくれた。
「ちょちょちょ、ちょい待ち!なんだよあんた!」
「君こそなんだよ!」
なんでも、私を探していたのだという、なんでだ。
「受け入れてくれるって言ったじゃないか!僕の、その、アレも握ってくれたし!」
「えぇ……」
えぇ……は私が言いたい。アレって嫌な想像しかできないが、どれが手でどれがソレか見分けがつかないのでそりゃ握るわ!
「握手と間違えたんだって」
「違うね、だって受け入れるって」
「受け入れるもなにも、文化も違う人種にそんな事言って通じるわけないだろう」
「でも……」
「それにな、あんたがたハプテュル人文化も俺は調べたんだから、いきなり求婚のジェスチャーをするってのもあんたの方が失礼だと思うぜ」
「……」
吉田が言い包めてくれた、助かった!
彼は諦めたようでトボトボと帰っていった。勘違いさせて悪いことをしただろうか。
「いいや、アイツが悪いな。距離感ってのは徐々に縮めていくもんだろ」
それもそうか。
「お前もだぞ、急にチャラそうだのなんだのって言われて、最初ビックリしたからな。別にいいけど」
ご、ごめん……ん?いや最初は吉田の方から話しかけてこなかっただろうか。
「あれ?そうだっけぇ?」
すっとぼけた事を……それはともかく、吉田がいなければ果たしてどうなっていたか、というのはあまり考えたくない。
こればかりは感謝しなくては。
「素敵な同僚がいて幸せ者だな」
そうなのかもしれな……おや、誰かが前から走ってくる。
「見つけましたわ~~~!!ヨシダ様ぁ~~~~!!」
「えっ!?」
今回の件はどうやらお互い様という事になりそうである。
以来、迂闊に手を差し伸べたり、ジェスチャーに応じたりは控えるようになったとさ。




