チューバ危機
あわや大惨事になるところであった出来事である。
最近は大きなトラブルもなく結構呑気して仕事をしていたのである。
もうすぐ年も明けるなぁ~とか考えていたところ、それは突然やって来た。
「どうしてくれる!」なにがでございますか!
「いや、君に怒っても仕方は無いが……」
急に冷静になるな!トカゲ、というかコモドドラゴンのようなみてくれからピール首長国の人物だと推測される。
「左様、私はピール首長国の政務奴隷、外交担当のグリザエリである」
政務奴隷というのがなんかよくわからんけど、要するにかの国の外交官である。
彼は懐からペンダントのようなものを取り出すと、何かのスイッチを押す。
するとチューバのような楽器のホログラムが表示された。
「これは先日、君たちの国のテレビ局に貸与したものだ」
すごく嫌な予感がする。結構ヤバめの。
「もう期限は過ぎているのに一向に戻ってこない。これは我が国の統合の象徴なのだ、すぐにでも返して欲しい」
それはそうだろうが、私にはどうすることも……。
「この宇宙港で待たせてもらう。はっきり言うが、首長議会では要求が果たされなければ開戦する事が決定された」
もう手遅れであった。どうしよう。まあ連絡すればすぐに返してもらえるだろう。
入国管理はラスに任せ、後ろに引っ込んだ。
「またトラブルかい、好きだねぇ」
好きで巻き込まれているわけではない。
「しかしテレビ局は約束を守らんのかね」
連中はなんか違うのだ、なんか我々一般の日本人と決定的に異なっている。
それで、テレビ局と連絡を取ってみると……。
「ああ、あれ、壊れたから捨てたよ」
はぁ?
「もういいかい?切るけど」
はぁ……?
余りにも理解が追い付かないのでまともに答える事も出来ずに切られてしまった。
壊れたから捨てた?マジで?想像以上にヤバい状況である。
「なになにどうしたの」
ホノルド氏に電話の事を話すと、目を見開き、全身の毛皮を逆立てて、口をあんぐりと開けて、そのまま固まってしまった。
これは多分外務省とかに知らせた方がいいだろう。
連絡をすると5分もせずに飛んで来た。しかも地球三国(日英洪の三ヵ国を指す)の外交官が。
「とりあえず警視庁に担当者とそのチューバの回収をさせているが……」
山野太郎外務大臣は冷や汗をかきながら言った。
三人とも顔面蒼白である、いや二人は元々白いか、なんて言ってる場合でもない。
「この間国交結んだばかりなのに、最初のイベントがこれですかぁ」
洪大使のフニャディ・ミクローシュ氏が嘆く。
ウィリアム・カーティン英大使も呆れたような、落胆のような表情だ。
グリザエリ氏にどう説明したものだろうか。
遅れて局長も現れた。
「日本側の落ち度だから帝国は介入できない、当事国だけで解決してくれ」
何とかはしたいけど……という事であった。
ピール首長国はガウラ帝国の同盟国、銀河同盟の一員であり、同じく同盟国である日本との紛争については特に制限されていない。
制裁決議案などの提出はしてもしなくてもいいのである(元が食糧品の相互貿易協定であったためその辺はテキトーなのだ)。
「尤も、決議案を出したところで、通ったら我が国も制裁しなくてはならなくなる」
なんてこったという他にあるだろうか。山野大臣は局長に詰め寄る。
「なんとかなりませんか、彼らの象徴を破壊してしまったというのがどれほどのものなのかは重々承知です」
「私の方も説得はしてみますが……とにかく、グリザエリ氏に掛け合ってみましょう」
グリザエリ氏は自販機のジュースを飲んで結構呑気していた。
「おお、来ましたか」
「大変申し訳ございません!」
山野大臣が頭を下げる。
「い、いえ、頭を上げて下さい。そのような事に一体何の意味があるでしょうか。ますます腹が立つばかりです」
大臣は慌てて顔を上げた。確かに怒りがある程度の閾値を越えると謝られてもムカつくだけにはなる。
「『セップク』とか『ドゲザ』とかいう茶番ならまた今度見せて下さいね」
かなりガチ目にご立腹の様子であり、三国大使は顔面蒼白である、いや二人は元々……もう結構。
「とはいえ、あなた方に怒っても仕方はないでしょう。返してもらえるのでしょうね」
それが……と彼に事情を説明した。期限を過ぎただけでもかなりご立腹であるのに、壊されたと知ればどうなることやら……。
「……なるほど、なるほど、そういう事ですか」
口から紫色の煙を噴き出し始める。局長が「こりゃ相当頭に来てる」と耳打ちしてきた。
「なんという事だ……せ、戦争だ……」ミクローシュ大使が絶望の表情でなにやらブツブツと言っている。
ハンガリーとしては迷惑この上ないだろう、宇宙との国交の為に国体まで変えたのだから。
しばしの沈黙が続くが、グリザエリ氏が口を開いた。
「まあ、交渉はしましょう。この場で返答し、速やかに実行すればですが」
「この場で……」
「国の象徴を破壊されて手ぶらで帰れますか」
言い分を認める他ない。もし蹴るのであれば、彼らとその同盟国を相手に戦う覚悟をしなくてはならない。
「わかりました、ここで話しましょう」
局長は全員を特別室に案内する。え、私も?
「管理官さん、恥ずかしながら異国事情についてはあなたの方が詳しい部分もある。是非同席してもらいたい」
山野大臣が深々と頭を下げるので、しょうがない、行くしかない。当たって砕けろだ。
「いや砕けてはダメだよ」と局長に心を読まれてしまった。あれ、超能力使えたっけ。
「あなた方からすれば、三種の神器を破壊されたようなものです。いかがいたしましょうか」
「ではまず、当事者の処罰を……」
しかしグリザエリ氏は首を横に振る。
「一つよろしいですか、人権などという地球の、と言うよりはキリスト教世界でのローカルルールを持ち出されないようお願いいたします」
場がシンと静まり返る。つまりは地球の司法基準の裁量では飲まないという事に他ならない。
「わかりました、当事者の身柄を引き渡しましょう」
「それは当然でしょう……それだけでは彼のような人物を作った環境は放置されるという事になりますが……」
当人だけではなく、体質ごと改善しろ、という事だ。
「では……どうせよと」「そちらの方はご理解されているようですが」
私に振る。大臣がこちらを見る。全く無茶を言う!
私は大臣に、彼が求めているのは即ちこういう事が二度と起こらない事でありつまりは、一社丸ごとの要求ではないか、と伝える。
「では、一万にも近い人数を引き渡さなくてはならない、しかも無関係な人物までも……」
「流石にそれは酷でしょうから、業界に入ってから5年目以上の者たちのみで構いません」
これでも相当譲歩しているつもりだろう。そもそも即時宣戦布告もあり得る話だったのだから。
大臣は頭を抱えた。ミクローシュ大使が口を開く。
「この国家の、いや地球の大事に、一万人で済むならそれを引き渡すべきでしょうが!」
ウィリアム大使も口を開いた。
「左様、そも日本の総務省がこれらの問題を放置してきたツケでありますからな」
有名な話ですよ、と付け加えた。他国の事だと思って言いたい放題である。
「英国の公共放送でも問題が横行しているらしいですな」
グリザエリ氏がボソッと呟くと、英大使は口を噤んだ。
「まあ今は関係がありません。考えてみれば、これはいい機会でしょう。我々の気も晴れる、病巣を取り除ける、良い事尽くしです」
時々彼ら宇宙人の価値観はあまりにも俯瞰的過ぎてついていけないと感じる事がある。
決断力のある強靭な国家が惑星を統一し宇宙に飛び出た、というパターンが多いので当然と言えば当然の事ではあるのだが。
山野大臣は目を閉じ、考えを巡らせている。
数分ほどの静寂が続いた後、大臣は口を開いた。
「私は立場上、国民を生贄にするような真似は出来ません……」
ジロリとグリザエリ氏の目がぎらつく。
「しかし、ある提案をさせていただきます」
『夫が研修から帰ってきて以来人が変わったみたいに優しくなった。ちょっと怖いけど、まあいっか!』
『例の事件のプロデューサーが研修から帰ってきたらすぐ自殺したってよ、何があったか知らんがざまあ』
『テレビ局に貸したものが戻ってきました!もう諦めてたのに!』
数週間後のネットではそのような書き込みがチラホラと見える。
山野大臣は、そちらの国に研修に向かわせたい、と提案したのだ。
グリザエリ氏はすぐに理解したようで、スクッと立ち上がると大臣と握手をした。交渉妥結である。
つまりこれは……研修という名目でピールに向かわせて、そちらで、まあどうとでもしてもらおうというものであった。
って思いっきり生贄にしてるじゃないか!山野ぉ!恐ろしい大臣だ。
何はともあれ事件は解決、負け戦は回避されついでに膿も出せて一石二鳥だ。
……一件落着って感じの雰囲気だがマズい気もするが、めでたしめでたし、なのだろうか、それでいいのだろうか、なんだか腑に落ちない。
ところで局長が何やら呆れた様子でいる。
「帝国郵船の放送関係の連中も、負けてられないって言っててな……」
なんか宇宙港の周りをゴミ掃除してるなぁ、って思ったらそういう事だったのか。
いや、うん、まあゴミ掃除ではあったんだけど……。




