山陵が呼んでいる
最近肌で感じるのが、地球は割と観光地としては優秀なのではないのか、という点である。
しかしそうなってくると、傍迷惑な理由で地球を訪れる者も中にはいる。
木々は青く繁りて、鳥のさえずりが聞こえ、坂道が足を責め立てる。
そう、今は山に来ている。なんでだ。
「何でって、身体を動かすのは健康にいいよ」
メロードは荷物を背負い軽々と山道を登る。
「今日は昔の皇帝によるキャンプ推進の布告が出された日なんだ」
昔の皇帝さんも呑気な布告を出してくれたものである。
この山の一帯はキャンプ指定地であり、(特に整備もされていないため必然的に)ハイキングも楽しめる(楽しめない)のである。
メロードに誘われてこれに参加したわけだが、もう音を上げている。つらいよぉ。
他の登山客もいるが、殆どがガウラ人であり、ウキウキで山道を駆け上がっていく。生物学的差異というものは残酷である。
「しょうがない……」と彼は私を抱きかかえる、無論荷物は背負っているので、所謂お姫様抱っこになってしまった。
他の登山客の視線が刺さるので、私は再び歩き出した、んもう。
小一時間ほど険しい道(私にとってはね)を歩き、ようやく野営出来そうなところに辿り着いた。
ガウラ人たちがわらわらといて、なんだか彼らの母星にでも来たかのようである。
「まあ、これだけ人がいるのもしょうがないか。テントを張ろう」
若干不満そうな顔をしながらテントを組み立て始めた。
手伝おうか、と聞くまでもなくあっという間に完成してしまった。こりゃ凄い、軍隊仕込みの見事な早業だ。
「ま、まあ、ふふ、そうでもないけど」褒め称えると照れている。
調子に乗ったのか調理器具なんかも組み立て上げてしまった。まだしばらくは使わないというのに。
しかし後程の準備の手間が省けるというものである。
ところでガウラ人と日本人の組み合わせというのがひと際目立つのか、若干視線を感じる。
「我々の行事に参加していただけるとは!やはり日本人、大いなる絶対者を持つ者同士気が合いますなぁ!」
と通りすがりの人に言われた。言い方!
何人かは私が入国管理の人間であることに気が付いたのか、色々と話しかけてきた。
全く、休日というのに仕事をしている気分である。
日が傾き始め、そろそろ夕ご飯の準備でもしよう、という時に、ガウラ人でない宇宙人を見かけた。
甲殻類人種のようで、不思議な装束、明るい水色のフード付きローブを身に纏う、どう見てもキャンプという出で立ちではない。
ガウラ人らは地球人の登山客と比べればかなり軽装ではあるが、装備を背負ってきているのに対し、彼らは小さなポーチを持って来ているだけだ。
妙だとは思ったが、まあそういう宇宙人なのだろう、と気にしないでおく。
「火を起こそうか」とメロードが軍用の着火器を使い一瞬にして火を起こしてくれた。……別にいいけど、なんとも物足りないものである。
さて食材だが、肉、肉、ちょっと野菜とそば粉のパン、そして肉である。肉ばっかりだ。
しかも赤身のブロックで、アメリカンなバーベキューのようでテンションが上がる。いいね!
今日はメロードが料理をしてくれるようだ。
「ベークトロハム風の料理を味わわせてやろう……と言っても、代用食材ばかりだが」
そう言って肉を2cmぐらいの厚さで切り落とし、塩となにやらいろいろと香辛料、香草を混ぜた調味料を振りかけた。
「これの再現に苦労したよ」
しっかりと肉に揉み込むと、次に鉄板にバターをたっぷりと乗せ、火にかける。
胸焼けしそうな香りを漂わせ煮えたぎるそのバターの海に肉と野菜を放り、ジュウジュウと焼き上げる。
「これぞ、キャンプで定番の一品だ」
バターと香辛料の暴力、これはきっと美味しいだろう!……と、思ったが。
一口噛めば、中々の噛み応え。風味はあるが、味が薄い、というか塩気が全然足りない。
ワイルドで香ばしいが日本人の舌には塩気が無い一品である。こんなこともあろうかと、醤油を持ってきた。
「出た、またその黒い塩水!」
これで塩気と旨味を補充すると、めっちゃめちゃ美味しくなった!
蕎麦パンに挟んで食べると(まあパンに肉を挟めば大体美味いのだが)これがまた見事なマッチングである。
そこで私はおもむろに、鞄からワインを取り出し、栓を開ける。
まだ日も落ちてはいないが、別にいいだろう。
時間はすぐに過ぎていき、辺りも次第に暗くなり、いい感じに酔っ払ってくる。
その頃にはメロードの胸のモフモフに顔を埋めて夢心地に浸っていた。
「本当に好きだな……」と呆れた表情をしているが、これはいいものなのだ。
メロードの胸毛は、今はまだ癌には効かないが、そのうち遺伝子に素早く届き効くようになる。
そうして堪能していたというのに、なんだか辺りが騒がしい。というか、明るい。
「あ、燃えている」
なんと、キャンプ場のど真ん中で火柱が上がっている!何事か!
駆け寄ってみると、周りではガウラ人が呆然と眺めている。
話を聞くと、なんでも水色のローブを着た宇宙人がこの中に飛び込んだというのだ。
「いきなり、山で死ぬのが宿命だとか言い出して……」
一体何なのか。いやホントに。つい先ほど飛び込んだばかりだというので、まあ私が酔っ払っていた、というもあるのだが、なんと私は火の中にタックルをしかけてしまった。
「ちょっと!」とメロードの制止する声が聞こえたが、黙って見過ごしては菊花紋章に泥を塗るというものである(たぶん)。
火の中から何とか宇宙人を救出し、私自身も軽いやけどで済んだ。燃え上がる火は山火事にならないよう他のガウラ人が消してくれたようだ。
メロードにしこたま怒られた後、この宇宙人に話を聞く。結構な火傷を負っていそうだったが意外にも平気そうである。
「まだ、死ぬべき時ではなかったか……」
時は知らんが、死ぬなら他所で死んでほしいものである。
曰く、彼らの山岳信仰にある死ぬべき時期というものが来ていたのだというではないか。
「この山に呼ばれたと思ったが、死ななかったという事は勘違いだったようだ」
何をバカげたことを、とは言わないが、何も本当に死ぬって事はないだろうに。
それも焼身自殺、山火事になってしまう。
「この国の山は気まぐれのようだ……元より神というものは気まぐれなものであるが……」
そう言って、暗闇の山道をヨタヨタとした歩調で下って行こうとしたが、あるガウラ人の登山客に捕まえられた。
「とりあえず、今晩はうちのテントで預かろう。行き倒れられちゃ寝覚めが悪い」
それは実にありがたい、そうしてもらおう。
テントに戻ると、メロードが不満気な顔で待っていた。何か言いたげである。
なんだかドッと疲れたので、すぐ寝袋に入る。
すると彼は寝袋の上から私を抱きしめた、なんかスンスン言ってる。
そんな悲しげな声を出されると、こっちも悲しくなってくるじゃないか、もう。




