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エンドリア物語

「静かな湖畔」<エンドリア物語外伝86>

作者: あまみつ


 風が止まっている。広い湖面は鏡のように平らで、青い空を映している。空色の湖を広葉樹の緑が取り囲んでいる。

 誰もいない。

 鮮やかな新緑の森にも、鏡面のような湖にも、人影はない。

 美しい湖だが、人の手がほとんど入っていない。湖岸には建造物は何もなく、ここに来るまでの道も細い獣道がひとつあるだけだった。

 風が吹き、湖面にさざ波がたった。葉がざわめいた。

 誰かいないかと神経を研ぎ澄ませたが、人の気配はない。

 不安になった。

 今日、この時間にいるはずなのだ。

 私を助けてくれる人物がここにいると予言があったのだ。

 だから、この地を目指したのだ。道のりは遠く、困難は多かった。でも、その人物ならば助けてくれる可能性があると言われたのだ。血を吐くような思いで、ここにたどり着いたのだ。

 それなのに、誰もいない。

 風が止まった。

 湖面は平らになった。

 突然、巨大な水柱が湖にあがった。

 吹き出した水は、すぐに湖に戻った。静まった湖面に、ポツンと何かが浮かんでいた。

 人の頭に見える。人の頭が2つ並んでいる。

 私を助けてくれる人が、現れたのだ。

 その人物は湖面を揺らしながら岸に向かって泳ぎ始めた。私は泳ぐ方向を見定め、彼らがあがるであろう岸に向かった。

 彼らは向きを変えた。私も彼らが上陸すると思われる場所に向かった。彼らが向きを変えた。私が追う。5回ほど方向を変えた後、私の方に向かって泳いできた。

 濡れた身体で、岸に上がる。

 予言は『少年』だった。

 岸に上がったのは大きな少年と小さな少年。

 少年達は私と視線を合わさず、私の横を通り抜けようとした。

 どちらが予言の少年なのか私にはわからなかった。

「少年はどちらですか?」

 返事はなかった。

「私は少年に用事があるのです」

 横を通る彼らに聞いた

「こいつのことかな」

 大きな少年は歩みを止めず、小さな少年を指した。

 小さな少年も歩みを止めず、答えた。

「ボクしゃん、幼児しゅ」

「年齢詐称って、知っているか」

「知らないしゅ」

 通り過ぎた2人の後を、私は追った。

「私の話を聞いてください」

 2人は足を早めた。

「お願いします、話を!」

 2人は走り出した。

 必死に追ったが、差は開いていく。

 足がうまく動かない。

 疲れているのだ。

 追いつかなければ。

 気が急いているのに、足が動いてくれない。

 何かにつまずいた。

 起きあがろうとしたが、力が入らない。

 彼らが遠ざかっていく。

 希望が消えていく。

「お願い!子どもを助けて!」

 涙で景色がかすんだ。

 ぼんやりとした視界に、近づいてくるものが見えた。

「あー、話を聞いてやるよ」

「聞くだけしゅ」

 私の前に立つ影は、どこか投げやりに言った。



 彼らは私が起きるあがるのを手伝ってくれた。座った私に「少しだけ待ってくれ」そう言うと、服を脱ぎだした。

 私が脅えたのがわかったのだろう。また、投げやりに言った。

「風邪引いても薬を買う金がないんだよ」

「パンツは脱がないしゅ」

 脱いだ服を絞ると、低い枝にひっかけた。

 2人はパンツ一枚で、石の上に腰を下ろした。縞のパンツと象柄のパンツ。どちらも紐でしばる安物のパンツで、大きな少年の縞パンツには大きなツギが当たっている。

「オレ達に聞いて欲しい話があるんだろ」

「早くするしゅ」

 私とは目を合わせない。

「子供が捕まりました。このままだと殺されます」

「オレには関係なさそうだな。ムー、頼む」

 大きな少年が立ち上がろうとした。

 小さな少年が大きな少年のパンツをつかんだ。

「放せ」

「ウィルしゃんも聞くしゅ」

 小さな少年は縞のパンツをしっかりと握っている。

「どう考えてもお前への依頼だ。オレは帰る」

「もうちょい聞くしゅ。子供しゃんが可哀相しゅ」

「嘘をつくな。お前の辞書に可哀相という単語はない」

「聞かないとパンツ、引っ張るしゅ」

 パンツの布がピィッと甲高い音を立てた。

「やめろ。破ける」

「話を聞くしゅ」

「わかった。わかったから、放せ」

「話が終わったら、放すしゅ」

 大きな少年が渋々と腰を下ろした。

「どこに閉じこめられているしゅ」

 小さな少年が聞いてきた。

「エルロンの西塔です」

「いつ、捕まったしゅ」

「3ヶ月前です」

「3ヶ月!おい、子供は大丈夫なのか?」

 驚いた大きな少年が小さな少年に聞いた。

「3ヶ月なら、たぶん大丈夫しゅ。6ヶ月過ぎたら命の危険があるしゅ」

「どういうことだ?」

「ゾンビに聞くしゅ」

「『使い』をつけてやれよ。気にしているんだからさ」

「面倒しゅ」

「呪いの人形でも手に入れたら、使われるぞ」

「来るなら来いしゅ!」

 小さな少年が鼻息を荒くした。

「あのな、まあいいか。それで助けたらどうすればいい?」

「ここに連れてきてください」

「ここでいいのか?」

 私はうなずいた。

 空気が澄んでいる。大型のモンスターの気配もない。隠れて待つには良い場所に思える。

「わかった。それでだな」

 大きな少年が小さな少年の方を向いた。

「大丈夫か?」

「ダメしゅ」

「やっぱりなあ」

「恨むんだったら、自分の体質を恨むしゅ」

 小さな少年が他人事のように言い、鼻をほじった。その隣で大きな少年はがっくりと首を落とした。




「これがエルロンの西塔か」

 空高く石造りの塔がそびえている。その隣には巨大な伽藍。宗教関係の建物らしい。

「違うしゅ。そっちは東塔しゅ。西塔はあっちしゅ」

 ムーが指したのは、伽藍の裏側にある小さな塔。小さいが伽藍と繋がっているようで警備は厳しそうだ。

「なんで、こんなことになったんだろうな」

「巻き込まれたのはボクしゃんしゅ」

「違うだろ。お前が『助けられる』と予言にでたから、こうなったんだ。巻き込まれたのは、今回はオレだ」

「じゃあ、このまま帰るしゅ?」

「そうもいかないよなあ」

 オレは深いため息をついた。

 2日前、オレは朝から不幸だった。起きて店に降りると、戦闘魔術師のテートさんが待っていた。ムーは既に鎖でグルグル巻きにされており、笑顔でオレについてくるように言った。拒否しようとしたが『急がないと隊長がきますよ』と、定番の脅し文句を言われた。

 大型飛竜で行った先は場所不明の洞窟。奥にあるスクロールをとってくるように言われた。『何でオレなんだ』とテートさんに文句を言うと『スクロールの置かれている周辺には魔力に反応するトラップが多数仕込まれているのです』と涼しい顔で言われた。『罠解除の技術を持つ盗賊にでも頼めばいいだろ』と言ったのだが、笑顔で『既に3人死亡しています』と言われた。続いて『それでなければ、桃海亭なぞ使うものか』と、苛立たしげに言われた。

 途中までは魔術師も大丈夫だというので、そこでムーに待機していてもらい、オレがひとりでスクロールを取りに行った。テートさんが言ったとおり、途中に点々と死体が残っており、その傷から罠を推測した。スクロールを取ると発動した毒矢と毒蛇と炎を避けた。そのあとは勘と根性で逃げた。ムーのところに到着。ムーの魔法で洞窟の奥をまとめて吹っ飛ばした。天井に穴があいて、空が見えたので、ムーのフライで真上に上昇。穴を抜けた。上空から地上を見下ろして、場所がケドモッテの西であることが判明。オレ達を追って、上昇してくる戦闘魔術師が見えたので、スクロールを下に落として、そのままエンドリア国のミテ湖を目指した。

 ミテ湖に落下。岸を向かって泳ぎ始めたところで、影に気がついた。泳ぐ方向を変えたが、影も方向を変えて追ってくる。諦めて岸に上がると『子供を助けて欲しい』と泣きつかれた。

 桃海亭に戻ってシュデルに事情を説明。シュデルは『大変でしたね』と言うと、必要な荷物を整えながら、エルロンの西塔についての簡単な説明をしてくれた。

 翌朝、ムーと自動二輪車に乗って出発。野宿の旅。

 そして、いま、エルロンの西塔を丘の上から眺めている。

「捕まるよな」

「バレなきゃ大丈夫しゅ」

「宗教関係は鬼門だよな」

「バレなきゃ大丈夫しゅ」

 気楽そうに言っているムーだが、目がせわしなく動いている。オレに何か隠し事をしているようだ。

「なんで、お前なんだろうな」

 予言では『少年が助けてくれる』らしい。オレとムーのどちらが少年に近いかと言えば、ムーだろう。

「知らないしゅ」

 進入経路を考えた。

 伽藍だけでなく2つある塔や修行場や宿泊所など宗教団体の建物が建っている敷地全体を高い壁が取り囲んでいる。魔法による結界もあるだろうから簡単には越えられない。

「なんで、寺なんだよ」

 オレとムーで宗教団体を2つ、解散に追い込んでいる。今でも宗教団体に睨まれているのに、ここで問題を起こしたら首吊り台に送られかねない。

「ムー、いい方法はないか?」

「全部、壊すしゅ?」

「オレの話を聞いているか?」

「面倒しゅ」

「子供が怪我をするかもしれないだろ」

「忘れてたしゅ」

「潜り込むか」

 正面の門は開かれている。信者らしき人々が、大きな布を頭からすっぽり被り、身体に巻き付けるようにして、敷地内を歩き回っている。黒い布が男性。灰色の布が女性。布を巻いていれば、ノーチェックで門も通過できる。

「布に細工はあると思うか?」

「たぶん、あるしゅ」

「根拠は?」

「エルロン教は邪教しゅ」

「邪教か………」

「嘘しゅ」

 ムーの首に腕を回して締め上げた。

「ギ、ギブゥーーー!」

 オレは腕を放した。

「根拠は?」

「見るしゅ」

 ムーが指したのは門柱に彫られた奇妙な模様。

「あれは変形魔法陣しゅ。あれだけだと発動しないだしゅから、地中に連動する魔法陣があるはずしゅ」

「その魔法陣が出入りする者のチェックをしているのか?」

「たぶん、布の持ち主と布を使用している人物が同じかをチェックしているしゅ」

「それだと、布を盗んでも使えないな」

「はいしゅ。でもだしゅ」

「わかっている。そのシステムだと、入門を希望する者が最初に来たとき中に入れない。壁の外に布に持ち主を登録する場所を作るか………」

 ムーが門の側にやってきた集団を指した。次々と布を被って、身体に巻き付けている。布を取り出さない男がいた。その男に年輩の男が近寄って、布を被せて身体に巻き付けてあげた。

「……誰もが使用できる布を作るか、だな」

 ムーがニヤリと笑った。



 時刻は深夜2時。

 伽藍も塔も他の建物からも明かりは見えない。

 門は開け放したままだ。門の防御システムに絶対の自信があるのだろう。

「おい、大丈夫か?」

「ボクしゃんを信じるしゅ」

「信じきれないから聞いているんだ」

 昼間、ムーはオレの背嚢に常備してある救急用品から三角巾を取り出した。半分にして、それぞれに奇妙な魔法文字を書いた。

 門柱の模様から地下の魔法陣のシステムを予想して作った、門を通過できるアイテムだと言う。

 半分になった三角巾。

 それをオレとムーは頭に被っている。

 他には何もしていない。黒い布も灰色の布も被っていない。

「門を突破しても、人に会えば終わりだろ」

「エルロン教は、表向きは早寝早起きの健康生活の宗教しゅ。この時間に人は1階より上にはいないしゅ」

「表向きということは、裏は邪宗か?」

 地下広場で怪しげな呪文を唱えている集団が浮かぶ。

「裏は医学の研究集団しゅ。地下で薬草や毒草の栽培をしているしゅ」

「医学の集団だと」

「はいしゅ」

 純白ローブ。金髪碧眼。長身の医療系魔術師。

 桃海亭を茶店代わりにしている暴力賢者が頭に浮かんだ。

「あれと関係しているか?」

「バッチリしゅ」

 オレはムーの襟首をつかんだ。

「なんで、言わなかった!」

「言っても、どうにもならないしゅ!」

 ムーの隠し事が、あれだとは予想もしなかった。

 名だたる暴力賢者。

 バレれば、ある程度の制裁は覚悟しなければならない。

「絶対にバレないようにするぞ」

「頑張るしゅ」

 オレとムーは、半分の三角巾をかぶった状態で、足音を忍ばせて門を抜けた。何も起こらなかった。オレとムーはそのまま、西の塔を目指した。

 抜き足差し足、誰もいないとわかっていても、万が一ということがある。門から5分ほどで西塔の入口についた。扉には鍵がかかっていた。ムーの魔法アンロックだと塔が吹き飛ぶ恐れがある。オレはシュデルが詰めてくれた荷物から、鉤つきの縄を取り出した。

 盗賊や暗殺者なら、鉤を投げて窓枠に引っかけられるのだろうが、オレにそんな技術はない。

「ムー、頼む」

 鉤つき縄を受け取ったムーが、ポシェットを開いた。

「チェリー、これを一番高い窓枠にかけて欲しいしゅ」

 ポシェットの中にいるチェリースライムに頼んだ。

 縄を持ったチェリーが器用に壁をよじ登り、鉤を窓枠にかけてくれた。

「よし、登るぞ」

 ムーがオレの背中にしがみつき、オレは縄を登りはじめた。

 子供は2人。

 帰りはムーのフライで窓から脱出する予定だった。その為の準備もしてきた。だが、予定が狂った。今回の件、犯人がオレ達だとは絶対にわからないように逃げなければならい。

 塔の窓にたどり着いた。

 太さ2センチの鉄の棒がはまっている。シュデルが入れてくれた道具から、魔法の鋸を出した。作業時間20秒。ガラス窓には鍵がかかっていなかった。

 細くあけて中をのぞく。縛られた子供たちが、床に転がされている。

 見張りは見えない。

「ムー、先に入ってくれ」

「任すしゅ」

 ムーが窓から滑り込んだ。子供たちは驚いたが騒がなかった。ムーが口の前に指を立てて「シィーしゅ」というとうなずいた。続いてオレが入る。子供たちが脅えた目で見た。

「大丈夫しゅ。この人、いい人しゅ」

 ムーが子供たちの頭をなぜると、子供たちはムーにすりよった。

 オレは巨大な布を広げた。

 ムーが子供たちに言った。

「ちょっとだけ我慢してしゅ。ここから連れ出してあげるしゅ」

 子供たちを落ち着かせるように優しい声で言うと、縛ってあった紐をほどいて、順番に布の上に座らせた。

「布で暗くなるしゅ。でも、すぐに出してあげるしゅ」

 子供たちを入れて包んだ布をオレが持ち上げた。オレが窓から包みを出して、チェリーが外で受け取った。チェリーがロープを伝わって、包みをゆっくりと下ろしてくれた。次にオレが出て、ムーを引き上げた。順番に外に出て、ムーを背負って地面まで降りた。ロープを揺らして鉤を外して、鉤付きロープを回収。

 ここまでは順調だった。

 問題は門をどうやって抜けるかだ。

 ムーによるフライならば、確実に逃げられる。だが、飛翔体を捕捉する魔法は、大陸の各所に仕掛けられている。いつもは逃げることが優先で、バレてもしかたないとあきらめていたが、今回はバレたくない。

 ムーがオレの背嚢をひっくり返した。

 シュデルが入れてくれた荷物が地面に散らばった。その中からムーがひとつ拾い上げた。

「これでどうしゅ?」

「やってみるか?」

【不可視の網】の魔法バージョンだ。網でくるんであれば、魔法探査を逃れる。

 ムーがアイテムの性能を素早くチェックした

「地下の魔法陣は逃れられると思うしゅ」

「わかった」

 包みに網でくるみ、抱き上げる。

 重い。

 大きくて重くて持ちづらいが、そんなことを言ってはいられない。

「行くぞ」

 抜き足差し足で、大急ぎで門まで戻った。誰にも会っていない。

 門を抜けた。

 キュィーン。

 奇妙な音が鳴り響いた。

 ムーが走り始めた。

「他にもあったしゅ!」

 何がと聞く必要はなかった。

 門柱からムーが推測した魔法陣以外のトラップがあったのだ。

 必死に走った。いま捕まらなければ、誤魔化す方法はあるはずだ。

 隣を走っていたムーが遅れはじめた。後ろからムーの荒い息づかいが聞こえる。

「………我はムー、我が声にこたえよ」

「待て!」

「我はムー、我が声にこたえよ。レンベッシ」

 オレの制止は遅かった。

 オレ達の前に現れたもの。

 体長1メートルほどのペンギン。氷の海にいる、あのペンギンだ。

 何事が起きたのだろうという感じで、キョロキョロと見回している。

 失敗らしい。

 オレはペンギンの横を通り過ぎようとした。

「…成功……しゅ」

 ムーの声が聞こえた。

 オレは慌てて、ペンギンの後ろに戻った。

 ムーがペンギンに腕を回すようにしてつかまった。オレは子供が入った包みを背中に斜め背負うと、ムーごとペンギンにしがみついた。

 ペンギンが羽ばたき始めた。

 一生懸命羽ばたいているが、ペンギンは浮き上がらない。水掻きのついた足は地面についたままだ。

「おい」

 羽ばたきが早くなっていく。

 追っ手の走る音が近づいてくる。

「ムー!」

 羽ばたきが見えないほどの早さに達した時、それは起こった。

 風景がゆがんだ。

「うわぁーーーー!」

「ひょーーしゅ!」



 扉が吹っ飛んだ。

 桃海亭の入口に立っていたのは、白いローブを来た長身の魔術師。

「あの丸顔ジジイ、オレの話を聞き流しやがった」

 目つきが餓死寸前のハイエナのようだ。

「ダップ様、扉の修理代は払ってください」

 オレはカウンターから出て、床に転がった扉を拾った。

「くっそう、目の前にいるのに指をくわえろだと」

 大股で店を横切るとカウンターの前に椅子に座った。

 ルイーザ・ダップ。若いが治癒系白魔法では世界でも屈指の魔術師だ。

「何かありましたか?」

「この国の丸顔ジジイ、エンドリア王国を保護区に指定しやがった」

「はぁ」

 ダップは足でカウンターを蹴った。

「てめーらか?」

「はい?」

「いま謝れば許してやる」

「いきなり、何を」

「希少な聖獣ユニコーンがある場所から消えた。ほぼ同時にエンドリアがユニコーン保護区に指定された。一昨日、エンドリア王国のミテ湖で子供連れのユニコーンの姿が目撃された。どう考えても変だろ」

「そうなんですか。オレ、今知りました」

 オレが扉を壁に立てかけて、カウンター内に戻るとダップが身体をのりだしてきた。

「おい、いくらだ?」

「だから、何の話ですか?」

「エルロン教が捕獲していた子供のユニコーン、いくらで逃がしたんだ?」

「ちょっと待ってください。オレ達が依頼されたと勘違いしているようですが、ユニコーンの子供を逃がしたら得する人がいるんですか?」

 ダップがカウンターから身体を離して、椅子にもたれた。両手を横にダラリと垂らす。

「そこがわからないんだよ。誰も得をしない。貴重な薬の材料だ。金のなる木を、誰が、何の為に、逃がすんだ?」

 ユニコーン。人語を話し、時には予言もする聖獣だ。額に生えた一角は貴重な薬の材料だ。肉も骨も薬になるのだが、野生のユニコーンには人間には中毒をおこす成分が含まれているため、捕獲後6ヶ月間調合した餌を与えて体質改善をした後、薬の材料にされる。数が少ない上に山奥にしか生息せず、目撃例も年に数度。捕獲されるのは数年に一度しかない。

「3ヶ月前にエルロン教っていう宗教団体が、ユニコーンのガキを2匹捕まえたんだ。オレのところにも買わないかという打診があってな、毒抜き後の状態で交渉することになっていた」

 ダップはガバッと身体を起こした。

「くっそ、誰が逃がしやがった」

「ダップ様。もしかして、逃がしたのではなく、誰かが薬にするために持ち去ったのではないでしょうか?」

「あり得ねえんだよ」

 ダップが手でカウンターをバンと叩いた。

「ユニコーンのガキだぞ。目撃例すら珍しい超レア物だぞ。そいつが消えて、別の場所が保護区になった。ガキを2匹連れたユニコーンがそこに住んでいる。おかしいだろ」

「それは、先ほど聞きました」

「おまけに………」

 オレをジロリと見た。

「………保護区のユニコーンが捕獲できないときたら、お前らが絡んでいるに決まっているだろ」

「保護区なら捕獲したらまずいと思いますが」

「ガキ1匹で金貨300枚はくだらない代物だ。居る場所がわかっていたら捕まえるだろ」

「はあ」

「それなのにユニコーンに特殊な保護魔法がかかっていて近寄ることもできないとなれば、犯人はお前らしかいない」

「保護魔法がかかっているのですか?」

「かかっているんだよ。エンドリア王国がミテ湖をユニコーン保護区に指定すると知ったエルロン教が2匹のユニコーンのガキは自分のところのものだと主張したんだ。そうしたら、あの丸顔ジジイ、5日後に保護区に指定するから、それまでの間に捕まえて証明しろと言いやがった。エルロン教は信者を投入して捕まえようとしたんだがダメで、魔法協会に協力を仰いだんだ。そこでわかったのが、怪しげな保護魔法がかかっていて捕獲不可能ということだったんだ。対策を考えているうちにタイムアップ。保護区に指定されて手が出せなくなったってわけだ」

 オレは桃海亭に戻る前に王宮に行き、王様に『ユニコーンがミテ湖で子育てしています。しばらくの間、安心して育てられるようにしてください』と頼んだ。お人好しの王様はふたつ返事で引き受けてくれた。

 オレがしたのは、それだけだ。

 ムーはミテ湖で待っていたユニコーンの母親に何か話した。その後、子供たちに何かの魔法をかけていた。あれが保護魔法だったのだろう。

「くっそぅ、チビの奴、どんな保護魔法をかけやがった!」

 そう言うと、カウンターを蹴飛ばした。

「先ほどから言っていますが、今回、オレ達は関係ないんで」

「あー、わかった。それなら、頼みごとがある」

「なんでしょうか?」

「ユニコーンの子供がエンドリア王国から出たという情報をつかんだら知らせてくれ」

「わかりました」

「他の誰よりも最初にオレに言うんだぞ」

「もちろんです」

「チビの奴じゃないとなると、誰の保護魔法なんだ。ちょっくら、協会の魔術師リストでものぞいてくるか」

 ブツブツと呟きながら、ダップが店を出ていった。

「お気をつけて」

 オレはダップの背中に言うと、壊れた扉を入口にはめた。

 ロック鳥の羽ばたく音がする。地表の砂が舞い上がり、地面に映った影が小さくなっていく。

 ダップが帰ったようだ。

 奥の扉が開いて、白い髪の頭が現れた。

「帰ったしゅ?」

「帰った」

「いきなりくるから焦ったゅ」

 ムーが店内に入ってきた。後ろから小さな影が2つ。くっついてくる。

「本当だよな」

 オレが同じ高さの視線になるよう膝をつくと、短い角がついた頭をよせてきた。

「よしよし」

 優しく身体をさすってやる。

 大きな瞳。真っ白な体毛。小さな身体はぬいぐるみにしか見えない。

「そろそろ、お母さんのお話が終わるしゅ。王宮の裏門のところまで送っていくしゅ」

「見つからないように、気をつけろよ」

 扉を横にどけてやると、ムーに続いて2匹の子ユニコーンが出て行った。エンドリア王国の上層部と母ユニコーンが、エンドリア王国在住中のルールについて話し合う間、ムーに預かって欲しいと頼まれた。ムーは聖獣やドラゴンなどのモンスターと相性がいいので子守にはうってつけだ。

 聖獣といえども、まだ子供。外で暴れて他の人に迷惑をかけないように、地下倉庫で遊ばせていた。

 ムー達が店を出ていくと、すぐに奥の扉が開いた。

「店長!獣を桃海亭に入れないでください!」

 シュデルの目がつりあがっている。

「しっぽやたてがみ、体毛が地下倉庫じゅうに散っています。蹄で駆け回ってせいで床も泥だらけです」

「掃除、よろしくな」

「僕は獣を入れないようにと頼んでいるのです」

「しかたないだろ」

「桃海亭は道具店です。道具を扱う場所です。獣は入店禁止にしてください」

 魔法道具が大切なシュデルは、獣を入れるなと延々と訴えていたが、オレが聞き流していると、疲れたのか黙った。

 最後に呟くように、方向を変えてムーを批判した。

「ムーさんは獣やドラゴンと仲良くする前に、人間の友達を作るべきです」

 オレは喉まででかかった言葉を飲み込んだ。




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