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君と共に、死線の先で〜精霊使いの異世界叙事詩〜  作者: 美丹門 真徒
1.始まりの街、又は『森林都市フロン・ティグリア』
9/13

1.冒険者ギルド

「申し訳ありませんが、そのような方々に認定証を渡すわけにはいきません」


「っつーか、お前らみたいのには日雇いしか無理な。そこんとこ理解よろしく」


「そ、そんなぁ……」


 隣で、智恵理がガックリと肩を落とす。

 当てが外れたことにショックを受けているに違いない。

 俺も今、同じ気持ちだ。

 

 ここはフロン・ティグリア。俺たちがこの世界にやって来て初めて辿り着いた、いわば『始まりの街』とでもいうべき場所である。

 フロン・ティグリアは、辺りを森に囲まれた緑豊かな街だった。木造の建造物が立ち並び、商人たちが所狭しと屋台を並べていた。

 話に聞いていた通りの、栄えている街だ。

 頭上を見れば、木々の間に渡された吊り橋を沢山の人が行き来していた。

 どうやらこの街に住む人々は、樹木の中に家を建てて暮らしているらしい。

 ここは、それぐらい太い木が沢山生えている場所でもあったのだ。

 木の中に家を造る方法は……魔法だろうか?


 現実的に考えて、街の中に入って最初にするべきことは活動拠点の確保だろう。

 そうしたかったんだけれど、何せ俺たちには宿に泊まれる程の金がない。

 だからといってそこらへんの路地裏に眠るのも気が引ける。

 それならまず仕事を探そう。

 俺のやっていたアクションゲーからすると、大きな街にはどこかしらに『冒険者ギルド』と呼ばれる施設が存在するはずだ。

『冒険者ギルド』は、その土地を拠点として活動する冒険者たちに、彼らの実力に応じた仕事を紹介してくれる施設だ。

 依頼主と仕事人の間に立つ、仲介業者たちが働いている場所でもある。

 つまりギルドは、異世界で放浪生活を送る冒険者(フリーター)たちにとっての、会員制ハロワみたいなものなのだろう。


 それで、早速ギルド会員になろうと思った俺たちだったんだけど……なんでこうなった……。


 会員登録を進め、智恵理が出身地を適当に偽り、名前を記入しろという指示が出た辺りで、問題が起きた。


「なんですか、このよく分からない文字は?」


「アタシら一応色んな種族の文字を見て来たんだがな、こんな奇怪なのは見たことがねえぞ」


 困ってしまった。

 文字を書け、と言われても、俺たちはこの世界の文字を知らない。

 だから書けない。

 受付嬢たちは訝しげな表情を浮かべている。目線が怖い。不審者を見る目つきだ。

 きっとこのまま突っ立っていたら、追い出されてしまうだろう。

 といっても、素直に『俺たち異世界からやってきました!』なんて言って信じてもらえるはずもないし。


「お前ら一般の人族じゃないな? 人族が人語を書けないってのは、お前らが奴隷の身分であるか、もしくは人族に見せかけた別の何かであるかってことだ」


「いや、俺たちは奴隷じゃないし、ただの人間……」


「身分、又は種族を偽っているのだとしたら、私どもはあなた方を信用に足る人物であると認めことは出来ません。なので申し訳ありませんが、そのような方々に認定証を渡すわけにはいきません」


「っつーか、お前らみたいのには日雇いしか無理な。そこんとこ理解よろしく」


「そ、そんなぁ……」


 こんな感じで俺たちは、初手で手詰まりになってしまっていた。

 この礼儀正しそうな犬耳の受付嬢と、エルフ族の容姿をしたキツ目の受付嬢、どうにかならないだろうか。

 このまま仕事にありつけなかったら、俺たちは本当に奴隷になってしまいかねない。

 一体どうすれば……。


「おぅ? 一体こりゃあ何の騒ぎだ?」


 そんなことを考えていたら、後ろから男の声が聞こえてきた。

 少し掠れた、中年ぐらいの男の声だった。


「ひっ!」


 その瞬間、智恵理が俺の背中飛びついて顔を埋める。

 先ほど関所の警備員と会ったときもそうだった。

 彼女に聞いてみたら、『ちょっと今は、男の人を見たくない。怖いから』とのことだった。

 あんなことがあった後だ。智恵理が男性恐怖症になりましたって言われても、俺は信じよう。

 というか、きっとそうなるのが自然だと俺は思うから。


 って、あれ? よく考えてみたら俺も男じゃないか。

 もしかして俺、男として見られてない? ちょっとショックだ。


「お、アニキ、ちーっす」


「グレイン支部長、また朝からお酒ですか?」


 受付嬢の二人が男に挨拶を返す。

 いや、片割れは挨拶というより、文句か。


「優秀な冒険者と嬢ちゃんたちがいる支部っつーのは割と暇だからよぉ。安心して酒が飲めんだわ。なぁ、シャロン」


「ひゃっ!」


 上半身裸の男が、犬耳の受付嬢の尻尾を掴んだ。

 その拍子に、彼女の両耳がピンと立つ。

 獣人族? の奴らは、驚くとこうなるらしい。

 ちょっと可愛いじゃないか。

 ところで、このシャロンって受付嬢は、酒臭い男からセクハラでも受けてるのかな?

 一応この男、偉い人みたいだし。

 だとしたら気の毒だな。この世界でもそういうものがあるだなんて。


「支部長、仕事中にそういうことはやめて下さい。一応、お客様の前です」


「んだよ、夜はそっちからねだって来るじゃねえか、え?」


「支部長っ!」


 なんだ、ただの恋仲か。

 同情して損した。というか爆発して下さい。


「で、客ならさっさと仕事を進めろ……っと、なんだお前ら、新人か?」


 男と目が合う。

 褐色の肌は傷跡だらけで、筋骨粒々な体つきだ。

 無精髭に加えて、これ絶対最近切ってないだろってぐらいに伸びたボサボサの髪の毛が印象的だ。

 なんというか、全体的に手入れが行き届いていない感じがしてだらしがない。


「はい。会員登録に来たんですけど」


 取り敢えずここを訪れた旨を伝えてはみたが、この人も結局はギルド側の人間だ。

 俺たちの加入を認めてくれるとは考えにくいな。


「だから言ってんだろ。こんなわけの分からない言語を書くやつを信用することなんてーー」


「だぁー! うるっせぇな、ヘレン! お前まで頭硬くなってどうすんだ、ったく」


 グレイン支部長と呼ばれたオヤジは、元ヤンっぽいエルフの話しを遮ると、受付に置いてあった大きな判子を掴んだ。


「アニキ! それギルドの!」


 エルフ女が驚いて、判子を取り替えそうとする。しかし、男の身長が大き過ぎて届かない。

 この人、二メートル近くはあるんじゃないだろうか。

 こんなのが大剣振り回してたら、魔物だって怯えて逃げ出してしまいそうだ。


「これが申請書だろ? はっ、知らない字だからなんだってんだ。このギルドは来る者も去る者も拒まねぇ、ただし俺たちに従えねえクズはぶっ殺す。そういうスタンスだっただろ」


 グレイン支部長が豪快に笑う。

 支部長なんて役職に着いているとは到底思えない人だ。

 というか、流石に殺しちゃダメでしょ。


「それではただの荒くれ者の集団です。ギルドとは規則と信頼関係の名の下にーー」


「んなの、俺がこいつらに一から叩き込んでやりゃあいいんだろ? これで万事解決だ。さっさと判を押してやれってんだ!」


 そんなのでいいのかよ、と心の中でツッコミを入れているうちに、拳を振り下ろすような感じで俺たちの認定証に次々と判子が押されていった。

 受付嬢の制止の声も聞かずに。


「こんな適当な支部長、見たことない……」


「色んな意味で流石ッスよ、アニキ……」


 グレイン支部長は受付嬢たちの言葉を無視して、俺たちに認定証を差し出す。

 赤銅色に輝く認定証には、二匹の龍が絡み合ったような印が押されていた。


「ほれ、お前のギルドカードだ」


「あ、ありがとうございます」


 支部長公認ということならもういいだろう。俺は彼の手のひらからギルドカードを受け取って、自分のズボンのポケットに仕舞った。

 支部長がニヤリと笑う。

 口から覗く歯だけが、やけに白くて眩しい。酒臭くてだらしがなさそうなのに。

 けど、臨機応変に対応出来る辺り、なんだかんだでこの人は立派な上司のようだった。


「…………ございます」


 そして相変わらず、智恵理の男性に対する怯えが改善されることはなかった。


「後で報告書、宜しくお願いしますね、支部長」


 呆れた様子で、犬耳受付嬢が支部長に言った。

 臨機応変な人とはいえ、こんな男に振り回されては気疲れしてしまいそうだ。


「おう、適当に誤魔化しておいてくれ」


 軽いな。いいのかそれで。

 というか、本当に受け取っても大丈夫なのか、このギルドカード……。


 ✳︎


 何かの鱗で包まれた、ソファーっぽい椅子に腰掛ける。

 この際、これからこの類いの椅子を呼ぶときは『ソファー』ってことにしておこう。


「面倒くせぇが、指導すると言っちまった以上やるしかねえからな……」


 一応、ギルド会員として認められた俺は、グレイン支部長に言われるがまま支部長室に通された。

 部屋がやけに綺麗だったり、机が埃を被っていることから察するに、この人は多分ここで仕事をしていないのだろう。

 働いていない、なんてことはないはずだ。きっと。


 智恵理は、受け付けの奥に置いて来た。近くに男(そう認識されていない俺を除く)がいる空間に、長居したくはないだろうからと気を遣った結果だ。

 最初は離れるのを嫌がった智恵理だったけれど、どうにか納得してくれた。

 ついでに言うなら、そこまで澪司くん、澪司くんと求められるとその気になるのでやめて下さい。


「とりあえず自己紹介だ。今日からお前さんたちの面倒を見ることになった、グレイン・デイスミスだ」


 酒臭い息を吐きながら、グレイン支部長が名乗る。

 俺もそれに応える。


「篠宮澪司です」


「シノミヤ・レイジ……確かに聞かない名前だな。お前さん書類上はポート・アストリア出身ってことになってるが、本当は帝国からの流れ者なんじゃねえのか?」


「て、帝国?」


 ポート・アストリアっていうのは、さっき智恵理が適当に答えた地名だ。ポートっていうからには多分港街。

 それにしても、変な疑いを掛けられたな。まず、帝国の名前や位置さえも分からないってのに。


「マグヌス帝国、ザン・マグヌス四世の支配する独裁政治国家だ。その口ぶりからすると、違うみてぇだな。その武器から推測してみたんだが……」


 支部長の視線の先にあるのは、俺が吏人から受け取った槍だった。

 盗まれそうで嫌だったので、取り敢えずここまで持って来ていたんだった。


「これは、他人から譲り受けた品なので、俺には何とも……。これ、普通の槍じゃないんですか?」


「そいつはそもそも槍じゃねえ」


「は?」


 いや、槍でしょ。あってもスピアかランスかの違いでしょ。

 それとも、これの先端から砲弾が撃てますとでも言うのだろうか。引き金もないのに。


複合武装(マージ・ウェポン)、二つの武器の要素を足したもんだ。帝国技術者の専売特許だな」


「二つの武器が融合してるんですか? そうには見えないけど」


「そいつは恐らく魔導槍、ピアーシング・ロッドっつーのだろうよ。ぱっと見判別は難しいが、柄のケツにある魔道石と、それを覆う純銀を見りゃ一発だ。銀は魔力に対する絶縁体だからな。魔力漏れを防ぐには持ってこいってわけだ。こりゃあいいもんだぜ」


 支部長というだけあって詳しいな。無知な俺からすると、グレイン支部長の一言一言が全て勉強になる。

 魔力への対抗策は銀……、覚えた覚えた。


「で、帝国からの密入国者でもないとすると、とうとうお前さんたちの生まれが分からねぇな。顔つきは黎明の国辺りだが、言葉はここ、ブライトーン王国のもんだ。だが、文字はどこの主要国にも該当しない。

 全てがちぐはぐってわけだ」


 要は、こう言いたいのだろう。

 結局お前たちは何者だ、と。

 きっと、異世界から来たなんて言っても信じないだろう。

 空想好きの子供程度に思われるのが関の山だ。

 ならもっと単純に、辻褄を合わせればいい。今の俺たちなら、身分を偽ることぐらい簡単なんだ。

 だって、


「正直、記憶が曖昧なんです。名前は、辛うじて覚えていたけど。でも、固有名詞って言えばいいんですか? あれが全く思い出せない。

 俺はグレイン支部長の言っていることの大半が、理解出来ていないんです」


 こう言えばいいんだから。


「そうか……、通りで。冒険者志望でこんな場所まで来ておいて、何も分からないわけだ」


 グレイン支部長が同情眼差しで俺を見た。

 てっきり少しは疑ってくるもんだと覚悟してたのに。

 まさか、本当に信用されるとは思わなかった。


「そういうことなら仕方ねえ。レイジとあの嬢ちゃん、お前らはまず、覚えるべきもんを全部覚えろ。仕事はそれからだ。薬草と毒草の区別も付かないんじゃ、採取系のクエストも任せらんねぇ」


「はい。えっと、じゃあどうすれば……」


「若者は座学と鍛錬に勤しめってこった。今度この街の学者と、ついでに医者を紹介してやっから。まずは文字と計算から覚えな。じゃなきゃ冒険者として一人で生きてくこともできやしねぇ」


「分かりました」


 勉強は嫌いなんだけど、この際仕方ないよな。生きていくためだし。

 それに、魔術の勉強とかそういうのは少し面白そうだ。


「んじゃあ、話しは終わりだ。嬢ちゃんのとこに戻ってやんな」


 一応お辞儀をしてから部屋を出ていこうとすると、『ああ、やっぱり待て』、と支部長に引き止められた。

 話しは終わりじゃないのか……。


「一つ聞き忘れたんだが、お前さん、スキルって知ってるか?」


「はい。持ってますけど」


「なら話が早い。俺は武器を扱う鍛錬に付き合うことは出来るが、それ以外は苦手でな。お前らを手伝える奴らを探したいから、教えてくれねぇか?」


 スキル。そういえば盗賊たちを殺してしまったときに、槍術スキルを手に入れた覚えがある。

 何かを殺すことがスキル喚起のトリガーになることもあるんだろうか。

 まあその疑問も、これから明らかになるだろう。

 取り敢えず今は、自分のスキルを明かしておくとしよう。


「槍術と、精霊魔法です」


「…………、悪ぃ、最近耳が遠くてな。聞き間違えたからもう一度頼む」


 何をどう聞き間違えたんだよ。というか『聞き間違えた(断定)』ってどういうことだ。


「だから、槍術スキルと精霊魔法ーー」


「話しが変わった。お前、今すぐ下に行ってヘレンに会いに行け」


「え?」


 俺の話しを遮ったかと思ったら、突然なんだ。

 酔いが醒めたみたいな顔をしてどうしたんだ?


「魔法使いは、魔法を使える種族に教えを乞うのが一番手っ取り早いんだ。それに、面倒じゃない」


「あの、さっきから何を言ってんです?」


「人族の魔法使いはとっくに滅びた。つまりこの件に関しては、人間たちじゃあ対応出来ないってこった」


「………………はい?」


 あの、魔法スキルってもしかして、魔族専用ですか?

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