6.逃亡
自分の死因を思い出せ。そう言ったのは、この集団のリーダーである吏人だった。
「俺は、飛行機事故で死んだ」
「あたしも吏人と同じ。修学旅行の帰りに、ね」
吏人と麻耶さんが遠い目をしているのは、きっとその瞬間の記憶を思い出しているからだろう。
「わたしは、病院で起きた火災で。呼吸困難の方ですけど」
次にそう言ったのは、智恵理だった。
そうか、彼女の死因は、病気の悪化なんかじゃなかったんだ。
病気と闘うことすら、許されなかったんだ。
そう思うと、やはり彼女には生きて欲しいという、個人的な感情が湧き上がって来た。
「……死因は知らない。知らない誰かに刺されたことだけは覚えてる……」
魔術師の少女が、淡々と告げる。
けれど、その内容はとても残酷なものだ。
見ず知らずの人に、突然命を奪われるだなんて……
「い、いじめ、だ。ど、同級生にいじめられた挙句、死んだ」
生き残った中の一人の、内気な男子がそう語る。
いつも人を避けてばかりだったのは、前世で経験した辛い出来事が原因らしい。
「自分はただバカやっただけっす。海水浴中に、足釣っちゃって」
笑いながら話してはいるが、このサルは、生き残った七人の中で最も長い時間苦みながら死んでいったはずだ。
思い出したくもないほどの苦しみを。
「俺は、台風が原因土砂崩れに呑み込まれて死んだ。もしかしたら、その死は回避出来たのかもしれないけど」
口に出して、思い出す。
迫りくる濁流の恐ろしさを。
呼吸もできず、何も見えない状況で、何度も、何度も、鈍器で身体を殴られるような、そんな死に方を。
あの日俺は、生きることを諦めた。
諦めなければよかった。
足掻いても、結果は同じだったのかもしれない。
結局はトラウマのせいで身動きが取れなかったのかもしれない。
それでも、何もせずに諦めるなんてことしなければよかった。
「お前ら、それは納得のいく死に様だったか。全てのことをやり遂げて、命を最後まですり減らしてから死んだか?」
吏人の言葉に、全員が黙り込む。
少なくとも俺は、吏人の言葉通りの死に様ではなかっただろう。
「それは……」
「納得なんて、いくわけないじゃない」
智恵理も、麻耶さんも、他の皆も、納得は出来ていないらしい。
「悔しくないか? どうして俺たちだけ、そうは思わないか?」
「そ、そうだ。ぼ、僕は、友達が虐められているのを止めようとしただけなのに……」
「……無差別に私が選ばれた。他でもない私が、選ばれた」
「そりゃあ、誰かが代わってくれるなら代わって欲しかったすよ」
皆口々に、不満を漏らす。
納得のいかない結末に、抗議の声を上げる。
「そうだよなぁ。それで、今日ここで、そんな死に方をもう一度選ぶ気はあるか? 俺は、そんな気はさらさらないね」
もう覚悟は決めている。リーダーはそんな口ぶりで、ここ、クロコアイト渓谷の先を睨みつける。
「生きるためには、きっとこの地を越えていくほか方法はない。残念ながら、俺たちには引き返すための道がない」
地形上の問題で、迂回路は存在しない。
ここを通り抜けない限り、平和な街へたどり着く方法はない。
それなら、もう、仕方ないよ。
腹をくくろう。
「進むしかない。何を犠牲にすることになってでも」
俺の言葉に、皆が静かに頷いた。
「最後に聞いておく。この選択で間違いないな。お前らにとって、これが悔いのない生き方だな?」
そんなことを尋ねられても、俺はただ、吏人の言葉を信じたまでだ。
悔いがないかと問われれば嘘になるし、確固たる自信を持って、この道で間違いないと言うことも出来ない。
ただ、後退したくない、停滞したくない、それだけなのだ。
誰も答えは出せなかったのか、吏人の問いかけに対しての反応はなかった。
ただ全員俯いて、考え込んでしまっているだけだ。
「分からねえならそれでいいさ。俺も、まだ分かってないからな。だから、その答えを知るためにも、前に進もう」
吏人の言葉にもう一度、七人で頷き合った。
✳︎
そのとき俺たちは深い霧の中にいた。
視界は悪い。少し先の様子だって窺い知れない。
そんな最悪の状況を待っていたかのように、奴は突然現れた。
どしり、どしり、と奴の歩みが振動となって近づいてくる。
ぼやけたシルエットが、無骨な形を徐々に表し始めていた。
だが、話しに聞いていた程の大きさはないように思えた。
「どうやら俺たちはツいてるみたいだぜ。ありゃ恐らくまだ幼体だ」
レッドストーン・リザードの幼体。
つまり、目の前のそれは、想定されていた脅威よりもずっと小さいということか。
俺たちはどうやら、まだ神様に見捨てられたわけではないらしい。
とはいっても相手は竜だ。
RPGなら余裕でボスキャラ扱いだ。
そういえば俺のやっていた狩りゲーにも、岩の姿をした竜の幼体が敵として出てきた気がする。
幼体といっても結構強かった覚えがある。
舐めちゃいけない。
「作戦通りに行きましょ。運転手の人には悪いけど、馬は犠牲になってもらうわ」
「やっぱり可哀想です……」
「そう思えんのも生きているからこそだ。ここは堪えるんだ」
智恵理はどこまでも優しいらしい。
だから聖女なんてスキルを与えられたのかもしれない。
けれど、俺としても馬の代わりに智恵理が死ぬのは耐えられない。
せっかく仲良くなれたんだし。
「覚悟はいいか、お前ら?」
六人で吏人の言葉に頷く。
もう、どうすることもできないところまで来てしまった。
あとは死なないことを祈るばかりだ。
「それじゃあ最後にーー今まで着いて来てくれてありがとう。また、街で逢おう」
吏人の言葉に被せるようにして、幼竜の咆哮が渓谷に響き渡った。
空気の振動がこちらにまでビリビリと伝わってくる。
耳を塞いでいても怖気付いてしまいそうな程の迫力。
けれどめげない。立ち止まらない。
俺は絶対に生き延びてやるんだ。
「んじゃあ、突っ込めぇええええええ!!」
一斉に駆け出す。
つんのめりそうになる身体をなんとか持ち上げて、地面を蹴る。
その先には、紅い鎧をその身に纏った巨大なトカゲが待ち構えていた。
翼はない。だが、それを補えるだけの巨大な手脚が、奴には備わっていた。
レッドストーン・リザードのお出ましだ。
「ちーちゃん、結界を!」
「はい!」
走りながら、智恵理が詠唱を行う。
その口調はたどたどしいが、それでも素早く終わるように努力しているようだった。
『YRーーイチイは我が身を護り給え』
彼女のか細い指が宙に模様を描く。
するとその場所から、魔力の壁が出来上がる。
これが聖女スキルの魔術。
智恵理が言うには、ルーンを用いているらしい。
智恵理の障壁の有用性は身を持って確認済みだ。
あれならきっと、竜の攻撃だって止めてくれる。
そう思い込んでいた。
だが奴は、最初からそんなもの存在していなかったとでもいうように、いとも簡単に障壁をぶち破った。
俺の思考と、身体が一斉に停止する。
一瞬の出来事。
俺たちの予測を上回る攻撃力。
それが、不測の事態を招く。
「ちーちゃん、避けなさい!!」
壁が破られた瞬間、智恵理は無防備な状態になってしまった。
振り下ろされる巨大な前脚が、彼女の身体を押しつぶす。
その直前で、一筋の剣閃が、竜の攻撃を遮った。
「このっ!!」
「麻耶さん!?」
智恵理が、信じられない、とでも言いたげな顔で声を上げる。
智恵理とレッドストーン・リザードの前に立ち塞がる麻耶さん。
麻耶さんは、他人を見捨てるという選択肢を選ばなかったのだ。
麻耶さんが竜の攻撃を辛うじて防ぐことが出来ているのは、この数日で更に磨きがかかった剣術スキルのおかげだろう。
だが、均衡を保っていられたのは一瞬だった。
麻耶さんの手にしていた剣が、切っ先からみるみるうちに錆び付いてしまったのだ。
「ッ!? これが毒ってわけ?」
吏人を含めた皆の足が、止まる。
「麻耶さん、わたしがもう一度障壁をーー」
「馬鹿じゃないの!?」
もう一度ルーンを刻もうとする智恵理を、叱責する。
「その作戦はもうダメなの! 最初から破綻してるのよ! いいから、早く行きなさい!!」
そこに、先行していたはずの吏人が駆け寄ってくる。
「麻耶! 代われ。そいつは俺がーー」
「あんたリーダーでしょうが! リーダーが、皆を導かなくてどうするのよ」
それでも吏人の身体は動かない。
ただ、震えているだけだ。
その間に、麻耶さんの剣が砕け落ちた。
もう、彼女を守るものは何もない。
なら、俺がどうにかしなければ。
この状況で遠距離から戦えるのは俺だけだ。ここで精霊を使えばもしかしたら……
「……澪司、変な気は起こすんじゃねえ」
「り、ひと?」
声のした方を見る。
吏人の目が、死んでいた。
感情を失ったような虚ろな瞳で、ただ涙を流していた。
「今のうちに走れ。麻耶が狙われている今のうちに」
「正気か!? 麻耶さんは、君の幼馴染じゃなかったのか!
見捨てていいのかよ!?」
「走れつってんのが聞こえねえのか!!」
荒れ狂った吏人に、背中を蹴り飛ばされる。
もう他の皆は見えない。
ずっと先に行ってしまったのだろう。
仲間を置き去りにして。
そうしなければ、生き残れないから。
ここで助けに向かうことが、死に直結するから。
「……っ!!」
俺は、逃げ出した。
麻耶さんから目を背けたまま。
ずっと守ってくれていたのに、ろくに恩返しもしないで。
ただ、囮として使い潰した。
生きるためだと言い訳をして。
「麻耶、俺を恨め。見捨てた俺を恨んでいつか、お前の手で殺してくれ」
「馬鹿ね。もう、そんなこと出来ないわよ。今までずっとそうであったように、これからもあたしは、吏人のことを愛しているわ……」
二人の声が遠ざかる。
そのあと、後ろからどんな音が聞こえてきても、俺は絶対に振り返ろとはしなかった。
霧の中をひたすらに走る。
頭を空っぽにして。
ただ前だけを向いて。
竜のテリトリーを越えた先にある街を目指して。
「また、竜が動き始めている」
抑揚のない声が背後から聞こえる。
俺はそれを無視して、走り続ける。
「あいつの稼いだ時間を無駄にはしない。絶対に」
「吏人が言ったのはこういうことか」
「あ?」
「自分が生き延びることだけを考えろっていうのは、こういうことか」
「ああ、そうだ。こういうことだ。他を全部切り捨てるってことだ。分かったら走れ。何よりも先ず走れ」
俺たち二人は、濡れた地面を蹴り続けた。
暫くすると、目の前に幾つもの影が現れた。
仲間のもの、だけではない筈だ。
「街か!」
ようやく終わる。
俺の口からは、自然と歓喜の声が漏れ出していた。
丁度そのとき、後ろで足音が途絶えた。
それに釣られて、俺も足を止めてしまう。
「おかしい。そんな筈ない」
「何が!?」
「街があるのは渓谷を抜けた先の先だ。竜のテリトリーを抜けて、その奥にある森を越えた先なんだ」
「それじゃああれは、竜の討伐部隊か何かなんだろ! どちらにせよこれで助かるんだ」
あとはベテランに任せておけばいいということに違いない。
そう思って、人影が群がる方へ進もうとすると、吏人がそれを阻んだ。
「どういうつもりだよ?」
吏人を睨む。
苛々が募っているせいなのか、俺の声は普段と比べて随分と鋭いものに聞こえた。
「目を覚ませ。そんで、こいつを見てみろ」
吏人の言うことが理解できないまま彼の指差した方を見てみれば、そこにはーー
ーー見慣れた顔が転がっていた。
全身の毛が総立つ。
胃の奥から酸っぱいものがこみ上げてくる。
それを無理矢理押し戻す。
喉が、焼けたように痛かった。
首から下のないサル顏は、ただ虚ろな目をしていた。
何で、死んでいるんだ?
脅威は去った筈なのに。
全ての危機は麻耶さんが背負い込んで、それで終わりだと思っていたのに。
「相手は竜一体じゃなかったのか!? なんでこいつは死んでるんだよ!?」
ショックを受けたのは吏人も同じだったらしい。
彼は髪を掻き毟りながら、近くの岩肌に頭を打ちつける。
「知らねえよ。あいつらはなんだ? アンデッドか? ゴブリンか?
こんなの聞いてねえよ。こんなこと、想定してねえよ!」
身体より先に、精神がやられてしまっている気がした。
きっとこのまま吏人を放置すれば、ずっとこの場所で嘆き続けているに違いない。
竜に狩られる、その瞬間まで。
「吏人はここで死にたいか? それとも、奥で死にたいか?」
「畜生がっ! 前に進むに決まってんだろうが!」
まだ生きている仲間がいるかもしれない。だから俺たちは、人影が群がるその場所へと足を進めた。
けれど俺たちを待ち受けていたのは、さっきよりもずっと質の悪い光景だったのだ。
「ひ、と……? 吏人、あれ、どう見たって生きてる人間たちじゃないか」
「見りゃ分かんだろ。……盗賊団だよ」
とうぞくだん?
物を奪って、人を殺して生きるやつらの、集団?
「あいつら、冒険者が竜のテリトリーを越えて疲れたところを狙うつもりだったらしいな。しかもあいつら、身内に女がいない。恐らくは、そういう連中だろうな」
「そん、な……」
巨漢二人が、魔術師の女子と智恵理を捕らえている。
その様を見て、吏人の言うことをやっと理解した。
捕らえた女を殺すのか。いや、違うだろう。
あの男どもの顔を見れば分かる。
もっと酷いことをするに違いない。
心も身体もボロボロにした上で人間の尊厳ってやつを粉々にして、再起不能にするに違いない。
このままでは彼女たちが麻耶さんを使い潰したように、彼女たちもまた、あの盗賊共に使い潰されてしまうのだ。
そんな中で一人だけ、身柄が拘束されていない男がいた。
仲間の、最後の一人だ。
「ほ、ほら、女子は渡した。だから僕は見逃してくれるんだよな? た、助けてくれるんだよな?」
厳つい男たちに怯えるようにしながら、かつて仲間だった男子が祈る。
「仲間を売りやがったのか」
「命乞い、か。それがあいつの選んだ、最善の選択ってわけか」
見れば吏人は、その光景から必死に目を逸らそうとしていた。
唇を強く噛んで、血を流して。
「どうするんだよ? また、見捨てるのか? あいつみたいに、俺たちもそうやって生き延びるのか?」
俺にはもう、出来そうにない。
あんな罪悪感をこれ以上味わいたくはない。
潰れてしまいたくない。
盗賊たちを、あの男子を殺さなくては。
そんな黒い感情が鎌首をもたげ始めていた。
「ああ、テメェのおかげで上玉を二人も手に入れることが出来た。テメェには感謝してるぜ?」
賊のリーダーと思われる男が、舌舐めずりをしながら男子を見る。
周りからはゲラゲラと汚い笑いが巻き起こる。
「じゃ、じゃあ助けてーー」
「けど残念だが、うちは男手は足りてるんでなぁ」
リーダーの男が、ニヤリと笑った。
そして次に瞬きをしたときには、男子の首から上が飛んでいた。
顔は、希望に満ちた表情のままだった。
「澪司、確かに俺はクソ野郎だ。竜から逃げるために好きな女を見捨てたゴミカスだ。けどな、同じ人間相手にあそこまでされて、仲間を見殺しにできる程無感情でもねぇ」
吏人も、これ以上感情を抑えることが出来そうにないみたいだ。
それならもう、この先で何をすべきかは決まっている。
「二人で倒そう」
「いや、その必要はない」
「は?」
提案を断られたことに驚いて、彼の方を見る。
吏人の顔は、絶望しきった人間のものではない。
どちらかといえば、復讐に燃える男のものに近かった。
何か策があるのか。
周辺を探っているうちに、気づく。
後ろから聞こえてくる足音が、また徐々に大きくなって来ていた。
毒晶竜が、迫って来ているのだ。
はっとした俺の顔見て、吏人が、嗤う。
「あの竜を、ゴミ共にぶつけてやる」
そうか。
つまりは竜のヘイトを盗賊たちに向けて、皆殺しにしてしまおうというわけか。
「いいか、あと五秒で走るぞ。構えろ」
吏人の言葉に従う。
竜の歩調が短くなってくる。
人の臭いを嗅ぎ取った竜が、走って来ているに違いない。
霧の向こうでは盗賊たちが慌てて逃げる支度をしている。
智恵理たちを担いだ男たちは、既に撤退し始めていた。
これで残り三秒。
「いいか、澪司。お前は精霊を召喚したら、好きな女の方を追え。きっと一人だけなら助けられる。背中に気を配る必要はない。その間に、俺が残党を竜と鉢合わせる」
返答はしない。
そこまで言うなら好きにやらせてもらう。
もう、頼るべき仲間も正義も常識も必要ない。
俺は俺の意思で動く。
そして時は来た。
もう一度地面を蹴る。
これが最後の行動になっても構わない。
「我が下に出で、消えろーーシルフィ! さあ正体を表し、けりをつけろ!」
風の精霊を呼び出す。
魔力を使うのは久しぶりだったが、疲労は感じなかった。
前よりも魔力の量が増えているのかもしれない。
『ご主人、さっさと命れーー』
「どうでもいいからついて来い!」
『お、仰せのままに!』
精霊を従えて、集団の中に飛び込む。
「あぁ!? なんだテメェ!!」
霧の奥より現れた巨漢が、俺に向かって吠える。
そんなのに、いちいち対応している暇なんてない。
「邪魔なんだよ! 消えちまえ!!」
『だってさ。お気の毒!』
シルフィの放つ暴風が、人の壁を文字通り蹴散らす。
それで、彼女へと繋がる道ができる。
「おい、あいつヤベェの連れてやがる。速くしろ!」
一目散に逃げ出す盗賊たちをおおうとしたところで、
「澪司!」
吏人が俺を呼んだ。
呼び止められて振り返れば、霧の中から槍が飛んできた。
それを両手で受け止める。
これは彼の槍のはずだ。
けど吏人が俺を殺そうとした、というわけではないらしい。
「そいつは割と上物らしい。交渉の足しにでも使え」
「いらないよ。吏人のだろ!」
自分から武器を手放すだなんて、あいつは正気か。
なんでそんなことを。
「それ持って何処へでも行けよ!」
怒鳴った直後、吏人が、殺到してくる盗賊たちと、その更に後ろから突進してくる幼竜、それらを同時に大盾で受け止める。
盾と竜に挟まれた盗賊たちが次々と潰れて行く。
盾スキルのおかげか、それとも単純な意志の強さか、彼の体は揺るがない。
「俺は、後悔してんだ。竜をテメェらに差し向けて、麻耶を助けておけば良かったと今でも思ってる! 最後の最後までリーダー面した自分を呪ってやろうと思ってる!
結局俺は、麻耶と生きるっていう夢をーー」
「何をごちゃごちゃ言ってやがんだ!!」
その言葉を遮るように、吏人の背後にいた盗賊の一人が、彼の顔面を殴りつける。
相手も仲間を助け出そうと必死だったのだろう。
しかしその拍子に、吏人が体勢を崩してしまう。
それをきっかけにして、ドミノ倒しみたいに全てが崩れた。
毒晶竜が、倒れたドミノを片っぱしから踏み潰していく。
そして、竜の巨体が吏人の下にたどり着く。
凄まじい重圧に、吏人の身体が、自らの盾の中に埋れていく。
それでも吏人が叫ぶ。
「テメェが選べよ! 逃げるか、助けるか!! その選択で後悔しないか!」
「煩い! 喋るな!」
しかし、俺の言葉は吏人に届かない。
泣き叫ぶ彼の姿をもうこれ以上見たくはなかった。
「俺は選べなかった! 麻耶を選べなかった! テメェは、絶対に後悔すんじゃねーよ! 死ぬんじゃねえよ!
死なれたら、あいつを犠牲にして、それでも誰も助けられなかったら、俺は一つも報われねえんだよ!!」
半ば独り言のように叫ぶその言葉は、自責の念のようにも聞こえた。
そしてそのまま彼は、血の海と共に竜の巨体に押しつぶしされた。
人の上に君臨する絶対的強者が、この世界にはいた。
俺はその光景を最後まで見届けないまま走り出していた。
泣きながら、怒りながら、一つの場所を目指していた。
「あの娘だけは、智恵理だけは!」
二人一遍に?
そんな選択肢があると思うのか。
そんな力は俺にはない。
それが出来たなら苦労しない。
俺には時間がない。
また魔力が切れるその前に、一人を見捨てて智恵理を助けに行かなければならない。
そんな方法しかとれないのは、俺が弱いからだ。
けどあの聖女ならきっと、俺のことを許してくれる。また助けてくれる。
彼女ならきっと、俺を裏切らずにいてくれる。
誰よりも、信じられる。
だから助ける。
俺が助ける。
彼女だけは奪わせてなるものか。
一人じゃ耐え切れない苦しみを背負わせて、この悪夢の続きを共に見るために、俺は君を生かさなければならない。
俺たちと共に生きて、死んでいった仲間の記憶を決して忘れないように。
一人の女の子を俺の意思で犠牲にしたというこの罪を忘れないように。
その全てが残したたった一つの忘れ形見を、俺は取り返さなければならない。
だからそのために俺は今から、あの男共を殺すのだ。
死んで、見捨てて、やっと見つけた、失いたくないものを守るために。
たとえ、どれだけのものを犠牲にしてでも。