表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

3.天賦の才と少女たちと

夕暮れどき、ベースキャンプ周辺にて。


 ふわりふわりと漂う小さな光に、指先を使って指示を与える。

 右へ、左へ、上下へ動かして戻ってきたら、そこでくるりと一回転。

 ぐるぐるぐるぐるぐるぐる回して、宙に光の螺旋を描く。

 満足がいったところで、最後に、それを唱えた。


「隕星の如く煌めけーーシルフィ」


 光は瞬くと、広がり、幾何学的な記号が記された円盤を作り上げる。

 そして爆音と共に、圧縮された空気塊がそこから放たれた。

 空気塊は近くにあった樹木にぶつかると、幹の一部を凹ませて、消えた。


 今のが、俺がこの五日間で手にすることができたスキル、《精霊魔法》だ。

 この世界の人々がこの地に生まれた瞬間から備わっている、正確に言えば、天上の女神様から授けられた天賦の才能。それがスキルだ。

 スキルは、人が道具を手にしたり書物を読んだりすることがきっかけで体内から喚起され、発現するのだという。

 実際俺もそうだった。

 この世界の伝承が記された本を絵だけを頼りに読んでいたときだ。

 なぜか、そこに書かれていた一文だけ、意味を理解することができた。


 ーー四大の力を、その性質を知らぬ者は、霊を支配する力も持たぬーー


 それから、俺の目の前にさっきの羽根の生えた光が現れた。

 最初、幻覚か何かと勘違いしてしまったそれこそが、俺の手にしたスキルだったのである。


 精霊魔法とはつまり、霊界から精霊を召喚し、それに指示を与えて魔法を放つというものらしい。


 そいつは特殊だよ、とスキルを獲得した日に吏人が言っていた。

 このスキルは、魔術師が呪文を覚え、杖を媒介にし、魔力を術へ変化するのとは少々違うらしい。

 杖もいらないし、俺自身が魔力を使うのは精霊を霊界から呼び出すときだけでいい。

 長い目で見ればこっちの方が燃費がいいらしい。

 魔力が体内に流れているのを知ったのもそういえばこのときだった。


「一応成功、かな?」


 俺が現在唯一呼び出すことのできる精霊、シルフィが霊界に戻ったのを確認すると、俺はその場に寝転んで一息ついた。

 動いてもいないのに、疲労を感じる。

 魔力を使うと、疲れるらしい。

 けれど普通のものとは違って、こうして身体全体が自然に包まれているだけで、この疲れはいくらか緩和された。

 うちの集団の魔術師曰く、自然に身を委ねることで魔力を霊脈、つまり魔力の流れる川から少しずつ汲み上げて、補給できるのだそうだ。

 魔術関係のスキルを持つ人たちには重要なことらしい。


「このまま寝ちゃいたいな……」


 吹き抜けていく風が心地いい。

 鮮明な茜色をした空に目を細めていると、俺の視界を何かが遮った。


「……ん?」


「もしかして、起こしちゃいましたか?」


 よくよく眺めてみればそれは人の影。櫻井(さくらい)智恵理(ちえり)のものだった。

 見渡す限りの大自然に美少女、ご飯三杯はいけますね。

 まあ、俺は少食だからそんなには食べられないけれど。


「大丈夫だよ。ただ休んでいただけだから」


「なら良かったです。起こしちゃうのは少し気が引けたので」


 そう言うと櫻井さんは、にこりと笑った。


「そういえば櫻井さんはどうしてここに?」


「篠宮くんの姿が見えたので、どうしたのかなぁ? って思って。そしたら寝転がっちゃうから」


「ここ、気持ちいいんだよ。丁度風の通り道みたいでさ」


「風の、通り道……」


 そう呟くと、櫻井さんは目を閉じてその場でじっとしてしまう。

 そこに、またあのそよ風が吹き抜ける。

 彼女の黒髪が翻って、さらさらと束になって揺れた。


「確かに気持ちいいかもです」


「でしょ? 今日の野宿におけるベストスポットはここだと思うわけよ」


「じゃあ、隣いいですか?」


「どうぞ」


 櫻井さんがスカートを抑えながら、俺の隣に腰を下ろした。

 寝転んでいた俺は上半身起こして、彼女と同じ体勢になる。

 いわゆる体育座りってやつだ。


「篠宮くんは、この世界には慣れ始めましたか?」


「多少は……。いや、どうだろうな。日に日に驚く回数は減っている気がするけど」


 それでも、日が高いうちに歩けるだけ歩いて、夕方にテントを張って飯を食う。

 この繰り返しに慣れたとは思えない。

 違和感と疲労が募るばかりだ。


「わたしもです。魔物の種類や野宿のしかたは分かってきたけれど、この世界そのものに慣れたとは言えない。

 まだ、死ぬ前の世界が恋しいのかもしれません」


「帰りたい?」


「どうでしょう。わたしの場合はいつから死んでいたのか、分かりませんから……」


「もしかして記憶が曖昧なのか?」


「そういう意味じゃないです。わたし、生まれつき身体の免疫力が低くて、小さな風邪一つで入退院を繰り返していたので。

 病院で寝たきりのまま、ただ時間だけが過ぎていく。そんな生活だから、生きているなんて感じたことは一度もなかった」


 それが櫻井さんの、生前の姿なのか。

 病弱で、不自由な生活を余儀なくされて、そして恐らく死んでしまった原因も……


「だからわたしの場合は、この世界に来られて幸せでもあるんですよ。だって自分の意思で、立って歩くことができる。皆と同じことをしながら、笑っていられる。

 こんな形だけれど、わたしの夢、叶っちゃいましたから」


「そっか……」


 俺みたいな間抜けとは訳が違う。

 この娘は、本当の意味で報われなかったのだ。

 俺にとっての当たり前が、彼女にとっては憧れだったのだ。


「あ、そうだ。篠宮くんは、何月生まれですか?

 わたし、もし元気だったら学校の皆の誕生日を覚えておくのが夢だったんです。占いとか、いろいろしてみたかったし」


 楽しいことを思いついたような表情をしたかと思えば、櫻井が突然そんなことを尋ねてきた。

 俺の顔を見て、話題を逸らしたんだよな、多分。


「俺は四月一日。ぎりぎりの早生まれなんだよ。あと一日でも遅く生まれてたら、今頃まだ中三だよ」


「え……」


 真面目に答えてみれば、なぜか彼女は口をぽっかり開けたまま動かなくなってしまった。


「どうした、そんな顔して。俺今変なこと言ったかな?」


「いえ。ただ……」


「ただ?」


「もしわたしが一日でも早く生まれていたら、篠宮くんはわたしの先輩じゃなかったんだなって」


 一日でも早く生まれていたらってことはつまり、


「櫻井さんって、俺と一日違い?」


「はい。でも、学年は一個違いです。面白いですね!」


 櫻井さんがおかしそうに笑う。

 それに釣られて俺も、いつの間にか笑っていた。


「あ、やっと笑いましたね、篠宮くん」


「あっ」


 悪戯っぽくにやける彼女の様子に、どきりとする。

 彼女は容姿も、物腰も、俺なんかよりもずっと大人びていた。

 目元の幼さがなければ、大学生と嘘をつかれても信じてしまいそうなぐらいに。

 だからその分、見た目と仕草のギャップがやたらと可愛かった。

 なので俺は少しの間、彼女から目を離せずにいた。


「ありがと、櫻井さん」


「え?」


 きょとんとしている櫻井さんを見て、俺はゆっくりと笑う。

 彼女がそうなってしまうのは無理もない。

 恐らく彼女は、俺がありがとう、と言った意味を理解できていないだろうから。


「ずっと不安だったんだ。突然訳の分からない場所で目を覚まして、成り行きで君らと行動を共にして、知らないことばっかりでさ。

 けど俺、櫻井さんと話してたら落ち着くことができた。だから、ありがとう」


「それならよかったです。ーーそうだ。じゃあせっかくですから、ご褒美とか貰っちゃおうかなー、なんて」


「なんだよ。意外と欲が強いんだな」


「そうですよ。わたしって、結構欲張りなんです」


 清楚なのは見た目だけで、櫻井さんは実は結構活発な女の子なのかもしれない。

 優しく微笑むというよりも、さっきみたいに小悪魔的な表情を浮かべているほうが似合っている気がするのだ。


「叶えられる範囲ならまあ、いいよ」


「じゃあ、櫻井さんっていうの、やめて下さい」


 笑いながら、ハッキリと言われた。

 ちょっと怖い。


「あれ? もしかして嫌だった?」


「ぜ、全然! 嫌ではないですけど……。でもせっかく面白い共通点?

関係性を見つけた仲なんですから、もう少し仲良くしません?」


 はい喜んで。

 こっちとしては願ったり叶ったりです。


「君がいいなら、もちろん。それじゃ、ちーちゃんって呼べばいいのか?」


「うぅ、それ子供みたいであんまり好きじゃないんですよ」


「なんで呼ばせてんだよ」


「それは吏人くんが無理やり……」


 その表現は少々エロティックだと思うな。

 もちろん、あのリーダーに限ってそんなことはしないだろうけれど。

 この五日間吏人を見てきたが、あいつはマヤさんしか眼中にない様子だから。


「それじゃあ、ち、智恵理、でいいのか?」


「はい、澪司くん」


 そのまま互いに見つめ合うもんだから、俺は照れ隠しの意味を込めて彼女から目を逸らした。


「わたしの勝ちですね」


「何の勝負だよ」


 何故か勝ち誇る彼女に、ツッコミを入れる。


「何のって、にらめっこでしょう?」


「あれは笑ったら負けなんだろ」


「この世界のスタンダードは目を逸らしても負けなんです」


「絶対嘘だ、それ」


 俺と櫻井さん、もとい智恵理は日が落ちるまで、そうやってどうでもいいことを話し続けていた。


 ✳︎


「冷えてきちゃいましたし、そろそろ戻りましょうか」


 智恵理がそう言ったのを合図に、俺たちは草原の上から立ち上がった。

 辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

 空には雲が掛かり、その隙間から大きな月が顔を出している。

 そろそろ夕食の時間だ。

 それと、今が一日の中でもっとも魔族と遭遇しやすい時間、逢魔が時でもあった。


「そうだな。それに……」


 末尾まで言わずに、俺は鬱蒼とした森の方へと目を向けた。

 煌々と輝く月が森に暗い影を落として、その中に潜む動的なシルエットを際立たせている。

 大きな犬の形をした影が、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。


「いますね。目視できる範囲に四匹」


「なあ、このことを吏人たちは知ってるのかな?」


「そう願いたいですけれど。どちらにせよ、速やかに戻るに越したことはないですね」


 奴らの双眸が不気味に輝く。

 すんすん、と鼻を鳴らすような音がする。

 しかし、その愛くるしい動作に油断してはいけない。

 奴らは凶暴で、狡猾だ。

 この数日で、俺はそのことを嫌ってほどに学習した。


「ああ、ちょっと走ろうか」


「はい、全力で」


 せぇの、と息を合わせて走り出そうとした次の瞬間、


『オォォォォォーーン!!』


 離れた場所から、奴らの遠吠えが聞こえた。

 その方角はちょうど、俺たちがテントを張った場所のすぐ側からだった。


「ギリーウルフの群れが出たぞぉぉぉぉおおおっ!!」


 本拠地から聞こえてきたのは、吏人の叫び声。

 それに続いて響くのは、女子たちの悲鳴。


「大変なことになりました!

 多分この群れ、わたしたちのとは別動隊で、もっと大きい集団がいます!!」


「あっちには吏人たちが控えてる。だけど、今回はちょっと心配だな」


 魔物の思考なんてのは分からないが、こいつらは俺たち二人に対して四体もの刺客を差し向けてきた。

 その比率を単純に本拠地の方まで当てはめるなら、


「今回の相手は、総数三十二匹以上の巨大な群れの可能性がある」


「群れのリーダーは恐らくあっちにいるでしょう。だとすれば、より厄介なのは本拠地の方です」


 不味い。

 俺たちの集団は総員十六人。けれど、その中でまともに戦えるのは今日が初陣の俺を含めずに六人。

 戦力的にもこちらが圧倒的に不利だ。


「合流しますか!?」


「いや、それじゃあ向こうの戦力が増えるだけだ。まずはここで、迎え撃とう」


「澪司くん……」


「大丈夫、だといいなぁ……」


 不安そうに見つめてくる智恵理に、笑いかける。

 きっとその笑顔はまた引きつっていたことだろう。


「智恵理はなるべく魔力を温存しておいて。きっと今回は、全員が無傷では済まされないと思う。

 そのときに、君の治癒魔術が必要だ」


 俺は智恵理の前に立ち塞がるようにして、魔物、ギリーウルフと対峙した。


 やつらは読んで字の如く、木の葉や木の枝の様な模様でカモフラージュしながら音もなく忍び寄ってくる。

 謂わば暗殺者みたいな魔物らしい。


 グルルッ、とギリーウルフが唸り声を上げる。

 それに怯えそうになりながらも、俺は一歩前に踏み出す。


「気をつけて下さい」


 智恵理の言葉を背中に受けながら、俺は歩みを続けた。

 ここまで距離を開ければきっと、俺のとばっちりで彼女が死ぬことはないだろう。


 大丈夫だ。

 予備知識は詰め込んである。

 スキルの練習もバッチリだ。

 脚の震えは治まらないし、及び腰なのも格好悪いけれど。


 それでも、ここは多分引いちゃいけない。

 智恵理を傷つけさせてはいけない。

 彼女の命の価値は、俺なんかのよりもずっと、重いのだから。


 狼たちの狩りが始まる。

 標的は俺と智恵理だ。

 だから、奴らの牙が智恵理の喉笛を噛みちぎるその前に、


「必ず俺が食い止めるーー我が下に出で、消えろ、風の精霊シルフィ!」


 俺は、スキルが俺に与えた通りの詠唱でシルフィを召喚した。


 そして再び呪文を唱えて、シルフェに命令を与える。


「隕星の如く煌めけ、シルフィ。さあ、その正体を露わにし、けりをつけろ!!」


 霊界から生まれた光が、魔法陣を描く。

 そうなるはずだった。

 しかし、実際に起きたのは別の現象だった。


 光は細長く広がっていき、滑らかな曲線美を描き出す。

 そして、俺たちと同じぐらいの大きさまで成長したそれが突然、喋った。


ご主人(マスター)、それで、アタシは何を蹴散らせばいいの?

 このわんころ?

 それとも、そこの幸薄そうな黒髪女?』


「………………は?」


 身体中に風を纏った少女が、目の前に立っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ