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君と共に、死線の先で〜精霊使いの異世界叙事詩〜  作者: 美丹門 真徒
1.始まりの街、又は『森林都市フロン・ティグリア』
13/13

5.クエスト『略奪者の討伐』

 俺たちがフロン・ティグリアに到着してから、二ヶ月が経過した。


 時が経つのは早いもので、鍛錬や勉強に励む日々を繰り返しているうちに、もうそんなになってしまっていた。

 テレビやゲームに時間を割いていた現世の生活が懐かしく感じられる。

 もちろん、人生上最も健全と思われる生活を送っている今日この頃も、楽しいことばかりだけれど。


「準備出来た、智恵理?」


「装備品はばっちり」


 ブーツを履き終えた智恵理が、家の中から出てきた。

 久しぶりに見る白いアオザイ姿は、彼女の清楚な容姿と合間って実に綺麗だ。


「じゃあ行こうか」


「うん、行こ」


 戸締りを確認すると、未だに手入れが出来ていない庭園を横切って、ギルドへと向かった。

 今日は俺たちにとって特別な日だ。

 今まで培ってきた経験を発揮する日、薬草摘みや飼い犬の捜索みたいな安全な依頼から卒業する日。

 俺たちは今日、魔物の討伐に挑む。

 二ヶ月前、ギリーウルフの群れに辛勝して以来のまともな戦闘だ。


 怖いけど、それでも踏み出すと決めた以上、この課題を避けて通るわけにはいかない。


「こんにちは」


「どうも」


 暖簾をくぐって、見慣れた空間の中へと吸い込まれていく。

 けど、いつもと違って気持ちに余裕はない。


「お、来たな二人とも。ようやくアタシたちも、本業らしい仕事が出来るってもんよ」


 受付の奥のヘレナさんと目が合う。

 そこに不安げな眼差しはない。

 一応それなりに、期待されてると思っていいのかな?


「ようこそ、ギルド《クラウン・キャロル》へ。ここでは初級者用依頼の対応を行っております。ご用件は?」


 制服に身を包んだシャロンさんが、よそよそしい口調でそう話しかけてきた。

 今日は飽くまでも友人としてではなく、仕事相手として扱ってくれているんだろう。


「検定用の依頼を受けたいんですけど」


「ランク0から1への更新依頼ですね、畏まりました。係りの者が説明を致しますので、隣で少々お待ち下さい」


「き、緊張するね、澪司くん。まるで本当に仕事するみたい」


「するんだよ、これから」


 横に退いた俺たちの後ろから、別の冒険者集団が詰め寄ってくる。

 彼らの顔は全員知ってる。このギルドの常連さんだ。

 話したことはないけど。

 彼らは口々に、懐かしいだの、自分にもこんな頃があっただのと、言っていた。

 俺もそんな風に、初々しい頃の自分を思い返せる日が来るんだろうか。

 まあ、この依頼を達成しない限りはその道も開けないか。


「お待たせ。それじゃあ、依頼内容について説明するぜ」


「よろしくお願いします」


 丁寧にお辞儀をした智恵理が頭を上げるのを見てから、ヘレナさんが口を開いた。


「現在お前ら二人に課せられている仕事は、フロン・ティグリア周辺で活動しているゴブリン族の討伐だ」


「最下級の魔物でしたよね?」


「そうだ。だが、ゴブリン狩りだからといって甘くみちゃいけないぜ、チエリ」


「それって、何か特殊な条件でもあるんですか?」


「レイジは、アタシが以前話したことを覚えてるか? 若葉の月、つまりこの時期にここら一体で起きる騒ぎについてだ」


 若葉の月に起こる騒動?

 周期的に起こるってことは、人為的なバッドイベントじゃないよな。

 だとすると……、


「怪鳥コーヤ・クァックの産卵期……成体の雌の気性が一番荒くなる時期か」


「その通り。同時に、この時期になるとゴブリンがコーヤ・クァックの卵を盗み出そうとする。んで、卵を盗まれた親鳥がブチ切れると、この街にまで被害が及ぶ。

 だから、お前らにはそういう事態が起こる可能性の芽をなるだけ潰して欲しいんだ」


「分かりました」


 卵の保護と、可能な限りのゴブリン討伐か。

 確かに、通常よりは骨が折れそうだ。

 だいたいの依頼内容を理解した俺は、ヘレナさんの言葉にゆっくりと頷いた。


「暮れの音が終わるのと同時に依頼終了だ。それじゃ、気負わずに行ってこい」


 濃紺のコートを翻して、俺たちはギルドから外に出た。


「それじゃあ、クエスト開始と行こう」


 ✳︎


 柔らかな腐葉土を踏みしめて、林道を進んでいく。

 ここは、あの忌まわしいき毒晶渓谷へと繋がる森、《朝霧の森》だ。

 俺たちが街に入る際に利用した森でもある。


「確か、こーやくぁっくっていう鳥の巣はこの近くだったよね?」


「そうだな。大きな崖の近くって話だ」


 そびえ立つ岩壁を前にして、気を引き締める。

 この近くにゴブリンが潜んでいるはずだ。

 俺は本に書いてあったゴブリンの特徴である、『甲高い金切り声』を頼りに辺りを探った。

 するとすぐに、丸太と布で出来た担架のようなものを担いだゴブリンの集団を見つけた。


「智恵理、前に言った役割分担の話し、覚えてるか?」


「えっと……澪司くんが前衛で、わたしは澪司くんが対応出来そうにない攻撃を障壁で防げばいいんだよね?」


「うん。それ以外はヘイト値上げないように手を出さないこと。おけ?」


「分かった」


 智恵理が頷くのを確認すると、俺は背負っていた魔導槍、《弍弍式》を構えて、精霊召喚のための詠唱を始めた。


「命じる。澄み渡る精神は我が下に出で蛇行しろーー水の精霊ウンディーネ」


 何もないところから水が湧き出したかと思うと、それは艶かしい女性の形を取って、活動を始めた。

 形成態の召喚に成功。

 これで準備は整った。


「それじゃ、計画通りに」


「気をつけてね」


 心配そうな表情の相棒を横目に、俺は傍らで待機している水精霊に指示を出す。


「ウンディーネ、そこのゴブリンたちに『攻撃魔法(ハイプレス・スフィア)』を」


『御意』


 左右に跳ねるような動作で移動するハゲ頭の小鬼たちに狙いを定め、地面蹴った。


 風精霊シルフィとの契約によって得た『風の加護』のおかげで、俺の身体は普段以上の俊敏性を得る。

 金属槍を構えた状態でも、一つ一つの動作が鈍ることはない。


 空気の流れを纏った俺が通り過ぎる度に、低木の葉がカサカサと音を立てる。

 隠匿性皆無ではあるが、そんなことは気にしない。


 醜悪な顔をした小鬼が俺の存在を察知し、ギャーギャーと騒ぎ立てる。

 仲間を呼ぶときの鳴き声らしい。


 担架を投げ捨てたゴブリンたちが、一斉に棍棒を構えて突っ込んでくる。

 けど、


「もう遅いんだよ」


『散れ、害虫ども。御主人様(マスター)の手を煩わせるな』


 冷ややかな声と共に背後から飛来する、大きな水球。

 それがゴブリンたちの近くに着弾すると同時に、周囲の地面諸共爆散する。


「いい火力だよーー」


 そう呟いて腰を落とし、槍を突き出す。


「らぁっ!」


 高圧の水によって散り散りに飛ばされる小鬼たち。

 俺はそれの一体を無慈悲に、串刺しにした。


 驚愕に目を見開いたゴブリンの口から、断末魔が発せられる。

 飛び散る鮮血の一部が、顔にこびりつく。

 それら全ての出来事を頭の隅に追いやる。

 槍の柄から伝ってきた血液が手に着く前に小鬼の死骸を振り払って、再び槍を構えた。


 大丈夫、上手くやれてる。

 このレベルなら智恵理に手を出させる心配もないかもしれない。


「澪司くん、第二波!」


 水に打たれ痛みに悶えるゴブリンたちの周囲から、別の奴らが顔を出す。

 芋づる式に誘き出せば、捜索の手が省けるよな。


「ウンディーネ! 一体だけ残して、あとは『拘束魔法(アクア・プリズン)』!」


『承知しました』


 ウンディーネに命令を出した俺は、目の前のゴブリンにだけ意識を集中させた。

 囮以外の援軍は、全てウンディーネが引き受けてくれるから問題ない。


 起き上がり、怒りに燃えるゴブリンたち。

 何かを必死に訴えかけているようだけど、ごめん、俺にはゴブリン語は分からない。

 だから、死ね。


 低姿勢で近づいて、刺突。

 しかし狙いのゴブリンがそれをひらりとかわす。

 隙が生まれたところで、他の奴らが俺に殺到する。


「甘いっての!」


 力任せに槍を薙ぎ払う。

 柄がしなり、今まさに攻撃を加えようとしていた小鬼たちが纏めて放り投げられる。

 そこで攻撃の手は緩めない。

 さっき俺の攻撃をかわしたゴブリンが孤立したところを狙って、突き入れる。

 これで二体。

 もう少し効率よくやりたいな。


「命じる。草原にそよぐ魂は我が下に出で消えろーー風の精霊シルフィ」


 眩い光を放つ創造態のシルフィを、俺の動きに追従させる。

 これで、命令一つで風魔法が撃てるってわけだ。

 魔力的にも問題はない。

 形成態一つと創造態一つを維持できる程度には、俺の魔力貯蔵量も増加している。

 それがこの二ヶ月の成果の一つだ。


 召喚を終え、力が抜けていく感覚に抵抗するように首を振ると、背後から風切り音がした。

 振り返ってみれば、目と鼻の先には小鬼の棍棒。

 だが、それは見えない障壁によって既のところで食い止められていた。

 こいつは囮役に抜擢した個体か。存在を忘れてた。

 けど、智恵理が魔術を貼ってくれたみたいで助かった。

 危うく治癒魔術のお世話になるところだった。


 何度も何度も壁を殴って正面突破しようとするゴブリンの側面に回って、蹴りを入れる。

 軽々と宙を舞うやつの肢体を、槍で貫いた。


「ありがと、智恵理」


「集中力散漫だよ。冷や冷やさせないで!」


「ごめんごめん」


 智恵理を困り顔にさせるのを重々承知の上で、俺はまた猪突猛進で槍を振るった。

 背中の守りは堅牢だ。

 だから俺は、その分、出来るだけこの手を汚す。

 彼女が穢れなくてもいいように。


「かかって来なよ小鬼ども。諦めが悪い奴らは全員貫いてやるからさ」


 串刺しにされたもの、魔法によって溺死したもの、切り刻まれたもの、それらの死体が積み重なって出来た山の上で、俺は無意識のうちに嗤っていた。


「ああ、そうだ。外敵は全て排除する。聖女には絶対に触れさせないよ」


 敵対者を屠る度にむくむくと鎌首をもたげる、殺害衝動。

 自分の心が狂気に満たされていくのが分かる。

 それでも止まらない。止めやしない。

 この場に現れる外敵を殲滅するまで、俺はこの衝動に身を委ね続けよう。


 ーー君を守るために。


 ✳︎


 日が傾き始めた頃、ゴブリンとの戦闘もようやく終わりが近づいてきた。

 ゴブリンの進軍も始めに比べて勢いが衰え、今は数分起きに二、三体を狩っているという状況だ。

 早く鐘の音が鳴り始めないかな。

 正直、ゴブリンをひたすら狩り続け、使えそうな素材を剥ぎ取る作業に嫌気が差してきた。

 もうずっとこれの繰り返しなのだ。

 それに、相手が幾ら弱いとはいえ、こう長い時間戦っていれば心身共に疲れが溜まってくる。

 帰りたい。


 背後から襲ってきたゴブリンを返り討ちにしてから暫く時間が経過した頃、そんなことを考えていた俺の目の前で、事態が一変した。


 視界外の茂みから突然飛び出してきた魔物の影に向かって、槍を突き入れる。

 その一撃を何なくかわして近寄ってくるそれを、俺は最初、同業者か何かと勘違いしてしまった。

 そいつの背丈が、人間と同じぐらいあったから。


「うわっ! ごめんなさーーっ!?」


 何のためらいもなく振り下ろされる剣。

 敵意を感じた俺は、バックステップでそれを回避した。

 黒ずんだ皮膚と、尖った耳。獣のように醜悪なそいつの顔面からは、血走った鋭い眼差しが伺えた。

 怒り狂った鬼。おそらくはここら一帯のゴブリンを統括していたのだろうそいつの名前は、ゴブリンリーダーだ。


「単体でランク3相当のやつのお出ましか。行けるかな?」


 ギルド公認の魔物図鑑を参照して単純計算するならば、ゴブリンリーダーの危険度は、さっきまで倒し続けていたゴブリンたちの四倍に相当する。

 戦ったときの強さはそれ以上の倍率だろう。

 ゴブリンリーダーは本来、こちらからゴブリンたちの巣穴に侵入でもしない限り、人間の前に出てくることはない。

 リーダーというのは群れの中でどの個体よりも狡猾で、臆病者らしいのだ。

 だが、群れの個体がやられ過ぎた場合はまた別らしい。

 これ以上の損害は群れの存続に関わる、と判断したときだけ、リーダーはその重い腰を上げるのだとか。


 以前ウルフリーダーの相手をしたときは、やつが疲弊し尚且つ油断しきったタイミングを見計らってなんとか一撃で倒すことができた。

 けど、今は違う。

 負担軽減のために精霊は送還してしまっているし、俺が一方的に体力を消耗してしまっている。

 もう一度精霊を召喚出来るほどの隙はない。


「智恵理、身の安全を最優先で。ついでに周囲を警戒していてくれ。群れと合流されるのが一番辛い」


「本当に一人で大丈夫なの!?」


 彼女の言葉には答えない。

 痺れを切らしたゴブリンリーダーの振るう、曲剣の連撃をかわすので精一杯だ。


「そこはまあ、精神論でゴリ押すーーらぁっ!!」


 眼前の鬼に、全意識を集中させる。

 剣閃と剣閃の狭間で刺突を繰り出す。

 タイミングが重なり、得物と得物がかち合い、弾かれる。

 互いに距離を取って睨み合う。


 一瞬たりとも気の抜けない、本当の戦い。

 ただ一方的に蹂躙しているだけでは込み上げてくることのない、命を懸けることへの恐怖。

 それを無理矢理押さえつけて、必殺の機会を伺う。


 リーチはこちらに分がある。

 速度的には互角。

 しかし剣の間合いまで詰められてしまえば、俺は一気に畳み掛けられてしまうだろう。

 ならば、と俺は戦法を切り替えた。


 突進攻撃に見せかけた切り払い。

 ゴブリンリーダーが回避しやすいように、突き入れる鉾先の向きを敢えてずらす。

 誘導された方向へ避けたところに向かって槍を薙ぐ。


 これで行ける。


 理由もなくそう確信した俺は、作戦を実行に移した。

 地面を蹴り、低い姿勢のままゴブリンリーダーへ突進する。

 すると、ゴブリンリーダーはその場から俺の意図した方向へと回避行動をとった。

 ここまで全て狙い通り。

 俺の考えた作戦が、面白いように決まる。

 リーダーといえど所詮はゴブリンってことか。

 俺は口元が緩みそうになるのを堪えながら、槍を薙いだ。


 しかし、そこで間違いに気がついた。

 目の前のゴブリンリーダーが、嗤う俺の顔を見て嗤っていたのだ。

 窮地に立たされているにも関わらず、やつの動きからは一切の余裕が消えていない。


 マズイ。

 こいつ、俺の狙いに気づいていながらわざと誘導されやがった。


 ここまで作戦を進めておいて、俺はそこでようやく思い出した。

 この魔物が、俺なんかとは比べものにならないほど優れている点だ。

 さっき自分で言ったじゃないか。

 ゴブリン族の長は、どの個体よりも狡猾だって。


 直後、ゴブリンリーダーの身体が目で追えない程の速さでーー沈んだ。

 やつの体躯は槍下にある。

 一度慣性の法則に従ってしまった槍を、無理矢理別の方向へ持っていけるほどの筋力を俺は持ち合わせていない。

 殆ど這うような体勢で接近するゴブリンリーダーの攻撃に抵抗する手立ては、ない。


「くそっ!」


 罵声も虚しく、俺の両脚に曲剣が迫る。

 想像を絶するであろう痛みに備えて、目を瞑り歯を食いしばる。

 これぐらいしか、やれることがなかったのだ。

 俺は、自分の両脚が切断されるのを覚悟した。


 だが、次の瞬間、視界の隅から人影が現れた。


「はあーーっ!」


 そこで俺は、信じられない現象を目の当たりにした。

 まだ何も起きていないはずのゴブリンリーダーの身体が突然くの字の曲がり、明後日の方角へとぶっ飛んだのだ。


 遠心力に身体が持っていかれそうになるのを堪えて、槍の勢いを殺す。

 それから、その怪奇現象が起きた方向を見た。


「智恵理、どうして!?」


 片方の拳を突き出した状態のままの智恵理が、そこにいた。


「どうしてじゃないよ! 危なっかしくて警戒なんかしてらんない!!」


「うっ……それは……」


 自分の軽率な行動を省みて、彼女から目を逸らす。

 ゴブリンリーダーは精神論云々でどうこう出来るほど甘くはなかった。

 実際あそこで智恵理の援護がなかったら、最悪の場合死んでいただろう。


「ごめん」


「もう、心配だからわたしも戦う!」


「だけどーー」


「さっきの見てたでしょ? わたしだって、戦えるんだよ!」


 そう言って俺の目の前でシャドウボクシングを始めた智恵理から少し離れたところで、風切り音が聞こえた。


「どういう、こと?」


 目の前で起きた現象に顔をしかめる。

 智恵理の攻撃判定場所がおかしい。

 世界のバグ?

 空間超越拳法?

 よく分からないけど、とにかくおかしい。


「手の延長線上に、障壁を貼ったの」


「障壁魔術を? そうだとしても、何でそれが智恵理の攻撃に連動するんだ?」


「一口に障壁魔術といっても幾つかの種類があって、今使っているのは操作型なの。他にも普段多用している設置型や、対象の全範囲を包み込める結界型なんかがあるんだ」


「……何、そのチート」


「だから範囲が狭い代わりに、腕の動きに合わせて自由に移動できる操作型障壁を使って、手を痛めずに殴ったってわけです。ぶっつけ本番だったんだけどね」


 なんでだろう。俺より智恵理の戦い方のがよっぽど強い気がするんだけど。

 しかも、かっこいい。


「じゃあ今から君のその攻撃方法を『不可視の拳インビジブル・フィスト』、と名付けよう」


「えぇ!? い、いいよ。そんな仰々しい名前。それにちょっとダサいし」


「ダサい……!?」


 このハイセンスなネーミングを理解出来ないだなんて、さては貴様機関の人間だな!?


 という、茶番はこの程度にしておこう。


「ゴブリンが立ち上がったよ。澪司くん、今のうちに精霊召喚をお願いします。わたしが詠唱時間を稼ぐから」


「智恵理を戦場に立たせたくはないんだけど、仕方ない。反省は後回しだ」


 脇腹を押さえながらも、ゴブリンリーダーはしっかりとした足取りでこちらに接近してくる。

 流石はランク3、防御力もそれなりか。

 さっきは所詮ゴブリンなんて言ったけれど、これは考えを改める必要がありそうだ。


「構えて、智恵理。設置型障壁を置いてる暇はなさそうだ」


「うん。じゃあ行くよ」


「ああ、首尾よく行こう」


 俺に微笑んでから、駆け出していく智恵理。

 自然と、引き止めたいという気持ちから手が伸びたが、彼女はもうそこにはいない。

 己の不甲斐なさに唇を噛みながら、俺は詠唱を開始した。


「命じる。吹き荒れる暴風の申し子は我が下に出で来たりて掻き消えよ! ーーシルフィ!!」


 感覚として存在する、自分の魔力門(ゲート)を全開にして、ありったけのオドを流し込む。

 いつにも増して勢いの強い風をその身に纏ったツインテール少女が、この世界に顕現した。


完全召喚(マテリアライズ)完了。シルフィ、ひと暴れ頼むよ」


「オイシイところは堅物ババアじゃなくてアタシに残しておいてくれるだなんて、ご主人(マスター)分かってるぅ!」


「そんじゃ、目一杯サービスしてくれよ!」


「了解ご主人(マスター)!」


 目の前のゴブリンリーダーに狙いを定め、槍の柄を握る手に力を込める。

 次は必ず殺す、と決意を改め、精霊を引き連れて舞台へと戻っていく。


 それじゃあ、試合再開といこうか、くそったれ。

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