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君と共に、死線の先で〜精霊使いの異世界叙事詩〜  作者: 美丹門 真徒
1.始まりの街、又は『森林都市フロン・ティグリア』
12/13

4.新しい世界で送る一日

 新鮮な空気が肺を満たす。

 深く息を吸って、吐き出してから目を開けると、そこはまだ見慣れない空間だった。

 大木の中に作られた、俺たちの住処だ。


「早起きの癖でも付いたかな……」


 早朝の見張り番役として駆り出されることが多かった俺は、いつも起床時間が早かった。

 二階の窓硝子から伺える空は、まだ白み始めたばかりだ。

 だというのに、意識ははっきりとしていた。

 昨晩は安心して眠れたからかもしれない。

 屋内で眠るだけでも、随分と警戒心が薄れるんだな。


「……藁にもすがる思いです……」


「はい?」


 俺のすぐ隣で眠っている智恵理が、突然そんなことをぼやいた。

 彼女の寝言は個性的というか、一体どんな夢を見ているんだろうか。


「昨日はまあ、色々と大変だったからな」


 昨日、疲れ果てた俺たちは、あのままの状態、つまり二人で抱き合ったままの状態で眠ってしまった。

 もちろん、先に爆睡し始めた智恵理にいかがわしい悪戯なんかはしていない。

 俺はまず、彼女とプラトニックな関係を築きたいんだ。


 遠くから金属がぶつかり合って反響している様な音が聞こえて来る。

 それに伴って、木に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。

 室内に居てもこんなに聞こえるんだから、外は物凄い音量なんだろう。


「音がする方向は街からだから、多分これが明けの鐘だよな。もう、行かないと」


 これからヘレナさんとの約束がある。

 召喚魔法スキルの鍛錬が始まるんだ。

 初日から遅刻して、破門なんかされたら大変だ。

 俺は智恵理を起こさないように注意しながら、ソファーから抜け出した。

 狭い場所でずっと同じ体勢で眠っていたせいか、身体の節々が痛い。

 これは今までに蓄積されてきた疲労とは別物だ。

 俺は伸びをしてから、身につけていた洋服を床に脱ぎ捨てて、昨日グレイン支部長から手渡されていたこの世界の衣類に袖を通した。

 現世の服ほどではないにせよ、着心地はそこまで悪くない。


「擦れるとちょっと痛いかも……。下着類も早いうちに購入しないとな。下着って概念がこの世界にあればの話だけど」


 着替えを終えた俺は、魔導槍とかいう槍と杖の機能を果たす武器を担いで外に出た。


「おっせぇな、レイジ」


 坂道を下って、まだ静かな繁華街を通り過ぎた先で、ヘレナさんが仁王立ちしていた。

 どうやら俺のことを待ち構えていたらしい。


「距離があるんですよ、姉貴」


「距離だぁ? ……まあ、いいか。約束通りの時間に来たんだ。怒りはしないさ」


 約束の時間ギリギリに来て女の人を待たせるのは、現世でもこの世界でも往々にしてあることらしい。

 ヘレナさんに精霊呼び出されてぶっ飛されなくてよかった。


「そんで、お前が背負ってるそれは?」


「一応杖です。複合武装らしいですけど」


「ふーん。にしても随分と気が早いんだな。まだ杖は使わないってのに」


「そんな!」


 苦労して持ってきた意味がないじゃないか。

 意外と重いんだぞ、金属なんだから。


「これから毎日、レイジには日が昇るまで魔力門(ゲート)の開閉の訓練を積んでもらう。そして同時に、お前の最大の問題点である魔力貯蔵量の少なさをどうにかしてもらう」


 この世界の人間の体は、体内魔力(オド)を使えば使うほど、貯蔵出来る量が増加する仕組みになっているらしい。

 経験不足な俺ではまだまだ魔力量が足りていないってことだろう。

 にしても、


「俺が魔力少ないって、どうして分かったんです?」


 この人に言った覚えはないんだけどな。

 いつの間にか話していた、とか?


長耳(エルフ)族には、見晴らしの悪い場所でも遠くから矢で魔物を仕留められるように、魔力を認識出来る目が備わってんだよ」


 つまり魔力で敵の存在を察知できるのか。

 サーモグラフィみたいな感じで映るのかな。

 実に興味深い。


「まあアタシはざっとだけどな。酒樽の大きさと、そこに残ってる酒の量がおおよそ分かるって程度のもんだよ」


「姉貴は本当に酒が好きなんですね」


 物の例えにまで酒の話を持ち出すとか、相当だよな。


「ああ。酒のない人生なんざ糞食らえだね」


「そこまでなんだ……」


 ハハハ、と呆れて笑うことしか出来なかった。


「練習はここで行う」


 ヘレナさんに連れられて訪れたのは、街外れにある、森の中に無理やり作った牧場らしき場所だった。

 結構動物臭いけど、この牧歌的な風景は嫌いじゃない。


「ここ、他人の敷地ですよね?」


「後で許可は取っておく。牧草地帯を荒らすわけじゃねぇんだ、許してくれるさ」


 甘いなぁ、この人。

 そんな要求でもまかり通るのがこの街なんだろうけど。


「それで、訓練っていうのは?」


「とりあえず昨日アタシがレイジに見せたように、精霊を呼び出してみてくれ。杖は要らない。それと、この際召喚段階も問わない。

 召喚経験はあるんだったよな?」


「はい」


「よし。じゃあやって見せろ」


 深く頷いて、ヘレナさんから距離を取る。

 一応、被害が出たら大変だし。

 他人の前で行うのは緊張するが、きっと問題ないだろう。

 俺は呼吸を整えてから、詠唱を始めた。


「我が下に出で消えろーーシルフィ」


 ヘレナさんとは違って、俺の知る召喚に必要な詠唱呪文はとても短いものだった。

 しかしそれでも呪文は呪文だ。

 ルールに則って、精霊はしっかりと俺の目の前に現界する。

 人の形をした閃光が、空気を纏って渦を作り出す。

 そして、輝きがいっそう眩しく瞬いたところで、声が聞こえた。


「へぇ、今回は自由に動いていいんだ」


 聞こえてきたのは、風鈴のように澄んだ音色、紛れもなくシルフィそのものの声だった。

 しかし今までのように、直接脳内に語りかけて来るような音声じゃない。

 ってことはこいつ、もしかして、


現実(マテリアル)態?」


「魔力の調節が出来てねぇとそうなる。にしてもそうか、レイジの精霊は完全な人型か……」


 ヘレナさんが何やら一人でブツブツと喋り始めたので、俺はすることがなくなってしまう。

 とりあえず、召喚に成功したマテリアル態のシルフィを眺めることにした。


「うーん、やっぱり朝の空気って気持ちがいいわよね。まだ何者にも汚染されてないっていうか」


 シルフィは人間の子供、しかも相当な美少女の姿をしている。ぱっと見俺より少し幼いぐらいの女の子のようだけれど、こいつが精霊であることには変わりない。

 というか足が地面から少し浮いてるし。

 その場で軽やかに宙返りして、空中で停滞してみるし。

 さっきから人間には不可能なことばかりを見せつけられている気がする。


「ん? なによご主人(マスター)、さっきからアタシのことジロジロ見て」


「いや、別に……」


 そう言って目を逸らす。

 綺麗な緑色のツインテールが常時たなびいているのは、彼女が自分の身体の周りに空気の流れを作り出しているからだろう。

 その流れを利用しているからなのか、シルフィは身体に少し大きめの布を貼り付けているだけの格好なのだ。

 前から見れば、彼女の慎ましやかな胸は白い絹の布のようなものに覆われてしまっているが、後ろからは背中が丸見えだ。

 正直言ってかなり際どい。

 下はしっかりと全面隠されているのが唯一の救いか。


「怪しいなぁ。アタシに思うところがあるんだったらハッキリ言いなさいよね」


「え? って、うぉ!?」


 いつの間にか距離を詰められて、ほぼ触れるか触れないかというところまでシルフィの顔が近づいていた。

 俺と彼女を隔てているのは、薄い風の結果だけだ。

 突然のことにびっくりして、その場で尻もちをついてしまった。


「はぁ、情けないご主人(マスター)ね。アタシを使役するからにはもっと堂々としなさいよ。アタシは、臆病風なんて吹かしてないわよ」


「はい。なんかすみません」


 従者に叱られるって、精霊使いとしてダメダメじゃないか。

 そうだな。俺も、ヘレナさんみたいに精霊に軽口の一つでも叩けるようにならないと。


「なあ、とりあえず抱きついてみてもいいかい?」


「切り刻まれて、風穴開けられたいのかしら、このご主人(マスター)は」


「じ、冗談です」


「要求が突然なのよ。あと思考が思春期真っ盛り過ぎ」


 そこは否定できないな。

 けど、契約によって主従関係を結んだ女の子を好き放題に出来る権利があるんだとしたら、一度は言ってみたい要求の一つだろう。

 否、なんて言わせない。


「それで、どんな理由でアタシを呼び出したわけ? 困ってることがあるようには見えないけど」


「魔力を高めるための鍛錬らしいよ。今は放置されちゃってるけど」


「それじゃアタシはずっと手持ち無沙汰ってことじゃない。つまんないわ」


「そう言われてもな……」


 助けを求めるようにしてヘレナさんのことをじっと見つめる。

 独り言を言ってないで早く気がついて欲しい。


「なんだよ、さっきから」


「なんだよじゃないですよ姉貴。俺は一体どうしたらいいんですか?」


「あれ、言ってなかったか?」


 言ってないわ。

 そんな風にキョトンとした顔をされたって、許さないからな。


「レイジの鍛錬はそれだ」


「それって?」


「その状態だっつの。ただ自分の全魔力を使って、精霊召喚を維持し続けていればいい」


「それだけ!?」


 そんなので何か成果が得られるのか?

 瞑想してるだけで強くなるような人種じゃないぞ、俺は。


「本当は創造(ソウル)態を一日中維持している方が楽なんだがな。最初のうちはしゃーねーから、そうしてろ」


「でも、暇ですよ」


「魔力貯蔵器絶賛拡大中のお前が何したって意味ねえよ。素人が現実態なんて召喚してたらすぐにーー」


「あ、姉貴、もうちょっと大きな声で喋ってくれません?」


 ヘレナさんの話しを聞いていたら、何故だか力が抜けて、意識が遠くなってきた。

 それはここ数日で何度か経験している、魔力切れの感覚と同じだ。

 なんか、ここ最近気を失ってばかりな気がするな。

 気絶系ヒロインとか、誰得だよって話だ。

 ……そもそも俺は女じゃない。


「ーーしろ! 聞こえてんのか、レイジ! ちゃっちゃと精霊を送還しろ!!」


「……ああ、送還、送還ね」


 身体から生きる意識が漏れ出しているような、そんな感覚が続く中で、俺はどうにかして声を発した。

 雪山で寝たら大変なのと同じように、ここで力尽きたらもう戻って来れないような気がしたのだ。


「隕鉄の、如く……煌めけッ!」


「はぁ? アタシ、結局何もせずに返されちゃうわけ? だったら最初から喚ばないでよメンドーだなぁ」


 そう言い残すと、シルフィは爆風を伴って空の彼方へと消えてしまった。

 どこにも被害を出さない辺り、よく出来た精霊だと思う。


「はぁ……はぁ……っ、死ぬ!」


「魔力門を閉めるか全開にするかしか出来ない今のお前じゃ、そうなるのは当たり前だ」


「先に、言って下さいよ……」


「こりゃあ普通の鍛錬に入るまでに相当な時間がかかるな。早いとこ魔術師程度にまで魔力量を増やしてくんねぇかなー」


「無茶言うな」


 初日の鍛錬は、とても短い時間で終わってしまった。


 ✳︎


「何で、シャロンさんまで?」


「あら、私がついて来ては何か不都合でも?」


「そんなことはないですけど」


「だったらいいでしょう? ねぇ、チエリ?」


「そうですよねぇ?」


 鍛錬が終わって、昼下がり。俺と智恵理とシャロンさんの三人は、生い茂る樹木の下に栄える繁華街に訪れていた。

 目的は、生活用品と冒険者になってから使うことになる道具の購入だ。


「銀貨三十枚もくれるなんて、支部長さんも太っ腹だよね。銅貨三千枚ってことでしょ?」


 あ、そうなんだ。知らなかった。

 どうやら俺がヘレナさんに付き添ってもらって身体を休めている間に、智恵理はギルドでこの世界の基本的な知識を学んでいたらしい。

 貨幣のレートは銅貨と銀貨で百対一ってところか。ややこしくなくて助かった。


「いえ、そのぐらいのお金がないと、とても武器や防具まで取り揃えることは出来ません。手元に残るのはおそらく、銅貨四、五十枚程度でしょう」


「じゃあ少しでも節約しないとな」


「それはいけません」


「何でですか?」


 智恵理が不思議そうな顔でシャロンさんにそう尋ねる。

 俺の抱いている疑問の大半は、この好奇心旺盛そうな瞳の彼女が代弁してくれるだろうから、黙って見ていればいいか。


「生活必需品は兎も角として、装備品はなるべく良質なものを取り揃えるべきです。自分の命を守るためのものなのですから、そこでケチな考えを働かせてはいけませんよ」


「そっか、妥協して死んじゃったら、元も子もないもんね」


「特に初心者のうちは慎重になるべきです。ほらそんなことを話しているうちに、着きましたよ」


 シャロンさんがさっき言っていた言葉とは矛盾しているような光景がそこにはあった。

 俺たちの目の前にあるのは、傷ついた盾や鎧が並べられた出店だった。

 とても高級そうな印象は受けない。

 本当にここで大丈夫かな?

 不審感の篭った眼差しに気がついたのか、シャロンさんは俺のことを一瞥だけして、また出店へと視線を戻した。

 真剣な眼差しだ。受付嬢のときとも違う、物の良し悪しを見定めている目だ。


「安心しなさい、レイジ。知っての通り、私は冒険者ギルド《クラウン・キャロル》の受付嬢です。多くの冒険者を目にしていれば、自ずと彼らが身につけている装備品の良し悪しも分かるようになって来るのですよ」


 言葉遣いが丁寧な分、ヘレナさん以上に説得力があった。

 そこまで言うなら、ここはシャロンさんに任せるとしよう。


「らっしゃい。おお、シャロン嬢、今日は新人さんのお守りかい?」


「そんなところです」


 気さくそうな感じの店主が、シャロンさんに笑いかける。中古品だけを取り揃えているからといって、店自体から怪しげな様子は見当たらない。


「この男にはそこのなめし革のコートとブーツ、銅製の籠手、それから肘当て膝当てを。彼の後ろで隠れている娘には、傷の少ないバトルドレス、それから大きめの胸当てをお願いします」


「意外と軽装なんですね?」


 もっと重い鎧に、大きな盾とかをイメージしていたんだけど。


「機動性を確保することも、身を守ることに繋がります。特にレイジ、間合いを詰め過ぎない戦闘を必要とする貴方は無闇に鉄鎧で固める必要はないのです」


「敵が襲って来たら?」


「避けなさい」


 アクションRPG的に言うなら、俺は俊敏性重視の物理非物理両用アタッカーか。

 回避マジックランサーここに誕生だな。


「大丈夫だよ、澪司くん。わたしが守って上げるからね」


「俺を盾にするような体勢で今そんなこと言われてもなぁ……」


「むぅ、仕方ないじゃん」


「分かってる。冗談だよ」


 智恵理の頬を膨らましたときの声が可愛いから、ついついからかいたくなってしまった。

 もちろん、彼女の結界魔術の堅牢さは充分理解している。


「それにしても、どうして智恵理はバトルドレスなんてものを買う必要があるんだ?」


 智恵理は言うなれば後方支援特化型魔術師だ。僧侶、もしくはヒーラーの完全上位互換と言ってもいい。

 ゲームでなら、紙装甲機動性重視なバトルドレスではなく、非物理攻撃に耐性のある法衣なんかを纏うところなんだけど。


「実はわたし、殴れるようになりましてーー」


「え?」


 乾いた笑いと共に、智恵理が話しを切り出してきた。

 彼女の言った内容を纏めてみると、


「ーーつまりこういうことか。ギルドで酔った拍子に智恵理にちょっかいを出してきた男に向かって、君がアッパーカットをかましたら……」


「び、びっくりしただけだよ。だけど、その男の人を追い払ったら、突然頭の中で、女の人の声が聞こえたの。スマホによくある、喋ってくれる女の人みたいな感じの」


『天上の女神様』からの祝福の言葉。そう呼ばれるこの世界特有の現象が、智恵理にも起こったらしい。

 おそらくは俺のときと同じだろう。

 他者を拳で戦闘不能にしたことが原因で、智恵理は、拳術スキルに目覚めてしまったんだ。


「つまり聖女様は拳法を覚えた結果、モンクになったのか。それでバトルドレスね」


「うん。どうしよう、乱暴者みたいで嫌だよ」


「まあ、いざとなったら自衛出来た方がいいだろうし、いいんじゃないの? 俺は智恵理がどんな戦い方をしようと気にしないよ」


「本当?」


「もちろん」


 というかバトルドレスとかいうもはやコスプレみたいな装備に身を包んで戦ってくれるとか、ありがとうございます。

 安堵の息をつく智恵理に向かって、心の中でお礼を言っておいた。


「兄ちゃん、いい武器持ってんな。弍弌、いや、弍弍(にじゅうに)式か。実物を見るのは初めてだ」


「弍弍式?」


 店主の感心がシャロンさんから俺の持っている魔導槍に移ったらしい。

 俺は素で分からないアピールを駆使して、この武器の謎を解明しにかかる。


帝国軍特殊兵装弍弍式シルバー・ソーン。最近マグヌスの連中が好んで使う複合武装(マージ・ウェポン)だ。戦争大好きなマグヌスの軍が正式採用している武器というだけあって、その性能は折り紙つき」


「随分と物騒なものみたいですね」


「帝国からの流出品となりゃその相場だって物凄いことになってる。売る気があるなら仲介役になるぜ。金貨十枚以上で売ってみせる。手数料は頂くけどな」


「そんな価値のあるものなら遠慮しときますよ」


 こんなオーバーテクノロジー地味たものをわざわざ売りに出すほどの馬鹿はいないだろう。

 それに、これは友人の形見だから。そう簡単には売れないんだ。


「ちぇっ」


 店主の残念そうな顔を横目に、俺たちは出店を後にした。


 ✳︎


「じゃーん! 似合ってます?」


 無事買い物を終え、ギルドに戻った俺たちは、備え付けの簡素な更衣室を利用してプチファッションショーを始めていた。

 俺は着回せる程度の量しか買ってないので、期待の超新星JCモデル櫻井智恵理ちゃんのコーディネートを鑑賞するだけの会になってしまっているけど。


「ぴったりね。やはり、私の目に狂いはなかったようです」


 犬耳をピクピクさせながらドヤ顔をするシャロンさんの向こうには、綺麗な色合いの衣装を身に纏った智恵理が立っていた。

 今彼女が着ているのは、さっきの店で買ったバトルドレスだ。

 見た目は現世でいうところのチャイナドレス、いや、アオザイかな。

 違いはあんまり分からないけど。


「世界感とマッチしてないように見えるけど、大丈夫かな?」


 いや、心配するところそこ?

 もっと生地に穴が空いてないかとか確認するところあるでしょ。


「その装備は、東の文化圏から伝わってきたものを西風にアレンジしたものでしょう。大陸の中心部に位置するこの国では、よくあることです。違和感はありませんよ」


「よく似合ってるよ、智恵理。俺と違って演劇部っぽくないし」


「澪司くんのそれは、本当に御伽噺の冒険家みたいだもんね」


 さっき購入した衣服の上から濃紺のレザーコートやブーツを身につけてみたけど、これを着た俺は、コスプレ画像を自撮りしてネット上に晒してそうな感じがする。

 現世にはない中二な雰囲気、嫌いじゃない。


「今日は楽しかったぁ。わたし、ずっと前から友達とお買い物行ってみたかったの」


 装備品を買ったあとも、俺たちはずっと繁華街を巡り歩いていたので、ギルドに着いた頃にはもう夕方になってしまっていた。

 俺も、女の子の買い物に付き合わされて大量の荷物を抱えるなんて経験は始めてだった。


「お腹空いたな」


「それじゃあ、これ片付けたらご飯にしよ?」


 どさり、と塔のように積み上げられた分厚い本が、俺の目の前に置かれる。


「あの、これは?」


 嫌な予感しかしなかった。

 片付ける、っていうのはきっと、肉体労働的な意味ではないだろう。

 もっと頭を使った、つまり俺が一番嫌いなことーー。


「ヒト族文字の一覧表。羊皮紙に一語四十回書きね」


「勉強は、嫌いなんだ……」


「だーめ。覚えなきゃ大変なんだからね」


「こういうのはフィーリングで……ダメだ、理解不能」


 こんな感じで、俺と智恵理のフロン・ティグリアにおける一年が幕を開けた。

※内容には一切触れない次回予告を一つ


次回で少々時間が飛びますが、あまりにも急な展開は避けているはずなのでご安心ください。

以上です。


次回もよろしくお願いします。

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