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君と共に、死線の先で〜精霊使いの異世界叙事詩〜  作者: 美丹門 真徒
1.始まりの街、又は『森林都市フロン・ティグリア』
10/13

2.精霊使いの弟子

 ギルドの二階にある支部長室を後にした俺が螺旋階段を降りていくと、酒と食い物の臭いが鼻腔をくすぐった。

 そういえばここ数日、まともな食事を摂っていなかったな。

 執拗に腹が鳴るのも当然か。


「智恵理を回収して、受付のエルフお姉さんに例の件を依頼したら、酒場で飯でも食べるかな」


 俺たち二人とも無一文だけど、そこは出世払いでどうにかしよう。

 きっとグレイン支部長なら分かってくれるさ。


「おーい、智恵理ー」


 受付奥の椅子にもたれている智恵理に、手を振りながら歩み寄る。

 目をキラッキラさせて『淋しかったよぉ』とか言いながら駆け寄って来てくれるのがベストなシチュエーションだ、なんて考えていたら、彼女はまさかの無反応。

 もしかして俺、そこまで智恵理に好かれていないんじゃないだろうか。

 昨日は二人であんなに濃密な夜を…………、そうでもなかったかもしれない。


「しーっ、お静かに。彼女今眠っているんですから。暫くそっとしてあげて下さい」


 人差し指を唇に当ててそう言ってくるのは、先ほどのイヌ耳受付嬢だ。

 彼女は、空気読めないな、と言いたげな顔で俺のことを睨んでくる。

 名前は確か、シャロンだっけ?


「ぐっすりだな……」


 智恵理の姿をよく見てみれば、確かに彼女は瞼を閉じており、すやすやと寝息を立てていた。

 こんな騒がしい場所だというのに、起きる気配が全くない。

 ザ・爆睡って感じだ。

 緊張の糸が解けたおかげで、今まで溜め込んでいた疲れが一気に表に出てきたのだろう。

 本当にお疲れ様だ。


「それにしても智恵理の寝顔、可愛いな……。もう食べちゃいたいぐらい。

 って、いやいや、それは流石にダメだよな。

 でも、ちょっとだけ……、耳たぶの先っぽを囓り取るぐらいならーー」


「ホントに食すつもりかよっ!!」


 おおう、側にいたエルフお姉さんから適確なツッコミが飛んできたぞ。

 口にも出していないのによく俺の考えてることが分かったな。

 このエルフさん、俺の頭を覗いたのか?

 一体どうやって……。


「まさかこの受付嬢、読心術の使い手……」


「思考ダダ漏れだっただけだろ!」


「なっ!?」


 やばい、超恥ずかしい。

 どうにかして言い訳しないと、今後ギルドの方々からただの変態だと思われてしまう。


「ち、違うんですよ! 本当は食べるつもりなんかなくって。それに俺、耳じゃなくて太もも派ですから!」


「お前の趣味嗜好なんざひとっ言も聞いてねぇんだがな!」


 口が滑った。

 まさか二回顔を合わせた程度の人に太ももフェチであることがバレてしまうだなんて。

 なんたる不覚。


「まあいいさ。智恵理にさえ聞かれていなければ、いつかは彼女の絶対領域アブソリュート・フィールドを垣間見ることだって可能なはずだ」


「なあシャロン、こいつだけ出禁にしねぇ?」


「支部長に言って、ヘレナ。私この人の対応したくない」


 随分と嫌われたもんだな。

 これじゃあ毎日シャロンさんの耳や尻尾をモフモフさせてもらえそうにないな。


「ちょ、ちょっとヘレナ、この男さっきから私を嫌らしい目で見てくるんだけど」


「おい、シャロンくっつくな。お前の抜け毛が服に付くんだよ」


 シャロンさんの亜麻色の髪の隙間から覗く緑色の瞳が、恐怖に潤む。

 って、俺はそんな目で見てないよ。


「勘違いしないで下さいよ。他人の女に手を出すほど強欲でも、見境がないわけでもありません。犬じゃないんだから」


「今さらっと私のことを侮辱しましたね。侮辱しましたね!」


 大事なことだからってわざわざ二回言わなくてもいいのに。

 あとこれは侮辱じゃなくて仕返しだ。

 俺にあらぬ疑いを掛けた罰だ。


「支部長から聞きましたよ。最近発情期なんですって? 彼はあなたが他の男に手を出さないかどうか心配なんだとか」


「あの男、余計なことをベラベラとッ!!」


 ええ、お二人の関係を聞いたら笑いながら色々と話してくれましたよ。

 どうやらあの支部長、恋人のプライバシーを守るつもりがないらしい。


「まあこいつが隠れビッ○なのは置いておくとしてだ」


「誰が○ッチよ!」


 元ヤンっぽいエルフお姉さんが、きゃんきゃん喚くわんこ系女子を華麗にスルーして、俺に話しかけてきた。

 金髪で切れ目は藍色、長耳(エルフ)族の最大の特徴である尖った長い耳がよく目立つ。


「お前、アニキと話し込んでたんだろ? 今後の活動方針とやらを聞かせろよ。アニキに免じて、受付嬢としてできる範囲のことはしてやっから」


「マジーーじゃなくて、本当ですか!」


「おうおう、お姉さんはどこぞの女と違って優しいからな。今度蜂蜜酒の一杯でも奢ってくれたらやってやるよ」


 イヌ耳さんの扱いが巷の犬以下でちょっと可哀想になってきた。

 まあいいか。ここは悪ノリしておこう。

 年上の女の人が表情をころころ変えてるとこを見るの面白いし。


「流石は姉貴!どこぞのイヌコス女と違って懐の深さが違いますぜ!」


「アネキ、か。悪くない気分だ。そんで、アタシは何をすりゃいいんだ?」


「取り敢えず智恵理が起きるまで、俺に精霊魔法を教えて下さい」


「おう、精霊魔法ならエルフの得意分野だ。期待してくれてもいいぜ」


「じゃあ、外で待ってるんで。準備が出来次第よろしくお願いします」


「任せときな」


 案外すんなりと事が運んだな。よかったよかった。時間短縮はいつでも大事だ。


「ちょ、ちょっとヘレナ、あなた何を依頼されたのか分かっているの?」


「あん? 魔法だろ、普通の。アタシら一族の得意分野じゃねーか」


「違うわよ。相手は人間なのよ?」


「…………にん、げん」


 二人の会話は無視だ。俺は舎弟として姉貴を待たせないようにとっとと行動しよう。

 というわけで、ギルドの扉をくぐって外に出た。

 すると、俺の後を追うようにしてヘレナさんが走ってきた。

 彼女が一歩前に踏み出すに連れて、彼女に付随する小高い双丘が弾み、跳ねる。

 ヘレナさんの纏う赤と白を基調とした中世チックなドレスは胸元が大きく開いており、目に毒だ。

 目線のやり場に困ってしまう。

 嘘です、眼福でした。ずっと谷間しか見てなかったんで、やり場に困るなんてことありませんでした。


「姉貴、もう仕事の方は大丈夫なんで?」


 わざわざ走って来てくれるだなんて、なんて舎弟思いなエルフさんなんだ。


「それどころじゃねえよ! お前ーーあの文字読めねぇから名前分かんねぇけどーーとにかくお前、魔法使いって本当か!?」


「失礼な! そんなはずないですよ! 少なくともあと十四年と半年は余裕あるって!

 あと、俺の名前は澪司なんで」


「ごめん、発言内容はよく分からなかったけど、アタシの言う魔法使いとレイジ、の思うそれはきっと別物だと思う」


 おかしいな。魔法使い、成り方、で繰々(ググ)ると三十歳まで貞操を守れって出てくるのに。

 アレは本当の魔法使いとは別物だったのか。


「もしかして姉貴が言っているのは、俺の《精霊魔法スキル》のことですか?」


「やっぱりそうなのか! お前、魔法使いなんだな!」


 ヘレナさんが興奮気味に迫って来る。

 顔が近いし、眼力が物凄いことになってるな。

 にしてもさっきから魔法使い魔法使いって、そう何度も言われると自分が三十路でも卒業できてない人みたいで悲しくなってくるじゃない。

 ここはもっと分かりやすくかっこ良く、精霊使いと名乗るべきじゃないだろうか。


「グレイン支部長曰く、とっくの昔に滅びたって話しですけど?」


「ああ。亜人種(デミ・ヒューマン)は未だに古くからの教えを守り、精霊に携わっている。そういう連中なら話は別だが、お前ら人族に精霊が力を貸すなんてのは、今の時代じゃあり得ないことだ」


「どうしてです? 人族は自然信仰じゃないから、とか?」


「当たりだ」


 属性を司る神様みたいなのを信仰する一族っていうのはRPGでは鉄板ネタだからな。

 この世界では人はそういう信仰をしていないせいで、そういう恩恵に預かれないのかもって思ったんだけど、正解だったか。

 ゲーム知識が役に立つっていいよね。

 流石はファンタジー。


「魔法使いっつっても、アタシたち自身が魔法を使えるわけじゃない。飽くまで魔法を用いるのは精霊だ。だから精霊魔法を使うやつらは、自然に深く携わり、信仰心を持っている必要がある」


「えっと、人は魔法を使えない?」


「ああ、魔法ってのは謂わば霊界又は魔界と呼ばれる、魔力の力場が存在する領域の法則を意識的に支配する行いだ。だから、魔法を使えるのは同じ領域の存在である霊体に限られる」


「空想科学的な解説をどうも。フィーリングでなんとか理解できましたよ」


 つまり肉体を持つ者に魔法は扱えない、そういう解釈でいいだろう。


「カガク? まあお前、レイジの国の言葉はよく分からねぇからいいか。

 んでだ、さっきお前が言ってた通り、アタシたち長耳族も自然を神様だと信じている。長耳族が信仰するのは、風だ」


 風、シルフィと同じ属性の精霊か。


「姉貴の精霊はどんな感じのですか?」


「興味あるか?」


「そりゃあ」


「いいぜ、丁度いいから説明も交えて見せてやんよ」


 そう言うと、ヘレナさんは魔物の皮らしきもので出来た包みを開いて、中から金属の棒を取り出した。

 鈍い光沢を放つそれの柄頭には、緑色に輝く石がはめ込まれていた。


「精霊召喚に杖を?」


 俺は使わなくても平気なんだけど、本当は必要なのか。


「あった方がいいな。杖にはめ込まれた魔導石が、オド、つまり体内魔力の流れに反応して、自身に溜め込んだ魔力を吐き出してくれんだ」


「えっと……、オドってのを使う度に魔導石の魔力が加えられるんだから……」


「つまり、召喚に要求されるオドの量が減るってこった」


「おお! 燃費がいい。実に省エネ」


 それなら俺も杖を手に入れた方が良さそうだな。

 そういえば吏人の形見であるこの魔導槍も杖の役目を果たすんだったよな。

 こいつでも代用できるのか、後で一度試してみるか。


「杖の説明はこのぐらいでいいだろ。じゃあ本題と行こうぜ」


「精霊の召喚ですね?」


「ああ。レイジも経験があるだろうが、今日はアタシのを見ているだけでいい。実践は落ち着いてからだな」


 そういえば俺たち、無一文と変わらない状態なんだよな。

 金目のものといえば、俺のこの武器ぐらいなわけで。もちろん売るつもりはないけど。

 でも、宿とかどうしよう。


「それじゃ、行くぜ」


 その声を合図に、俺は目の前のことだけに意識を集中させる。

 ヘレナさんは瞼を閉じて、艶のある唇から綺麗な音色を奏でる。

 俺はそれをただ黙って見守っていた。

 見惚れていたと言ってもいいかもしれない。


『舞い踊る羽根、野に消ゆ風。我が偶像はサンザシの輪をくぐり創造される』


 魔法の詠唱と共に、ヘレナさんが杖を振りかざす。

 先端の魔導石が新緑を思わせる輝きを放ち、辺りに柔らかい風が吹き渡る。


「こいつが精霊召喚における精霊の第一段階、創造(ソウル)態だ」


 彼女の周りを浮遊する、羽根付きの光球。俺のときと同じだ。

 今は何故か人型になるんだけど、以前はいつもこの姿だった。


「特徴としては、送還命令にしか反応しないこと、あと維持のために必要な魔力が少なくて済むこと」


「俺の意思で光球の状態を保てるんですか?」


「練習すれば魔力門(ゲート)の開き具合を調節するなんて楽勝だ。それが一般魔術師やアタシたちが最初に取り組む訓練でもある」


 ああ、なるほどね。

 俺は魔力の調節が出来てないから、精霊が人型の霊体、おそらくは精霊の第二段階になってしまうわけだ。

 そのせいで魔力消費が激しくなって、最終的にオドを使い切ってしまう、と。


「ついて来れてるか? 精霊召喚を人に教えるのはこれが初なもんでね」


「充分ですよ、姉貴。先生みたいで分かりやすいです」


「そ、そうか? 素直に褒められると照れるな」


 頬を掻きながら顔を赤くする姉貴マジリスペクトっす。

 気の強そうな人のそういう仕草はぐっと来るな。


「それじゃ次、第二段階行くぞ」


「はい」


 ヘレナさんが再び詠唱を始めたことを確認すると、俺は光球に変化が訪れる瞬間を待った。


『我が偶像はサンザシの輪をくぐり形成される』


 ヘレナさんの詠唱に対応して、光球の輝きが激しくなっていく。

 閃光の中でぼんやりと形成されていくのは、見覚えのないシルエットだった。

 人型ではないみたいだ。

 ってことは精霊の形にも幾つか種類があるのか。


「ほい、成功」


 俺の目の前に現れたのは、二足歩行の……鷲?

 両手両手足には鉤爪のようなものが付いているし、背中には大きな翼が一対生え揃っている。

 顔は昼行性猛禽類そのものって感じだ。肉食系アイドル並みに凛々しいな。


『戦場でないにも関わらず我を呼び出すとは何事だ、アザムガルドの娘?』


 低音ボイスが鳥人間から聞こえてきた。

 こいつも喋れるのか。それに随分とイケボじゃないか。


「私用だ、守護神様。ちょいとあんた様の華麗なお姿をこの野郎にお披露目してもらおうか」


『その程度の要件で我の眠りを覚ますか、アザムガルドの娘』


「悪いか守護神様? こちとら未だにあんた様に供物を捧げてんだから、ちっとは融通効かせろ下さいってんだ」


 敬語が敬語になってないぞ、姉貴。


『見上げた信仰心だな。貴様の先代が今の有様を見たら泣くぞ』


「アタシは巫女になれなかった。一族からも追い出された。その時点で我が一族の守護神でいらっしゃるあんた様もお払い箱ってわけだ。観念しろよ」


『困ったものだ。いかにして我が権威を取り戻そうか……』


「あの、もういいですか?」


 二人のやり取りが途切れたタイミングを見計らって、声をかける。


「ああ、悪ぃ。まだ途中だったな」


「大丈夫です。それより、その精霊は?」


「ガルーダっていう聖獣様だ。今は精霊召喚の第二段階、形成(アストラル)態だけどな」


「ガルーダ……」


 この前友達と一緒に討伐しただなんて言えない。

 もちろんゲームの話しだけど。


『小僧、貴様の気が済んだのであれば我を送還するようこの娘に言え』


「お、俺が?」


 ヘレナさんの精霊、ガルーダが、威厳に満ちた声で俺にそう言った。

 急なことだったんで、ガルーダへの対応が遅れてどもりながら答えた。

 佇まいからして怖いっていうのに、そんな声で命令されたらこっちとしては軽く脅されている気分だ。


『そうだ。困ったことに、我らは物質界(アッシャー)において自由な活動が認められていないのだ。故に、帰りたくても帰れない』


「精霊召喚における精霊の支配権は常に術者にある。術者の命令があるか、術者からの魔力供給が断たれない限りこいつらは帰れない」


「ああ、なんかシルフィが言ってたような……」


 ガルーダは長耳族の元守り神らしいけど、神様が信仰者に使役されてるってどうなの。

 立場が逆転してないかな。


「とりあえず第三段階まで見てから送還ってことでどうでしょう?」


『小僧、貴様神を前にしてふてぶてしいな』


 まあ怖いとはいえ、直接会いに行ける神様に過剰な敬意も畏怖の念もないよね。

 アイドルみたいに握手券買う必要もないわけだし。

 手軽過ぎて神々しさが霞むというか。


「ってか、元々アタシがこいつとそういう約束をしてるからな。原形界(ブリアー)に戻りたきゃ、大人しくアタシの願いを聞き入れたほうがいいぜ」


『……そういうことなら疾くせい。ここはどうにも居心地が悪い』


 不服そうな態度で、ガルーダが続きを促す。


「あんた様が口挟まなきゃもうとっくに終わってたってぇの」


 面倒臭そうな口調で言うと、ヘレナさんが杖を構えた。

 これから第三段階に移行するらしい。

 ここからは俺の知らない次元の変化が精霊に起こる。

 精霊合体、それとも近代兵器で完全武装とか。


「やっぱり俺、前世でゲームやり過ぎたな……」


 モンスター育成ゲームのネタをまんまパクったような発想しか浮かんで来ない自分自身に、頭を抱えた。

 今更だけど、なんで俺みたいな人間がこの世界に来れたのだろうか。

 永遠の謎だ。


「さあ、これで最終段階だ」


 俺にそう言うと、ヘレナさんが再び詠唱を紡ぐ。


『我、アザムガルドの丘に住まう風巫女の末裔なりーー』


 彼女がそうした途端に、第二段階(アストラル)状態のガルーダの身体が輝き始めた。


『ーー彼の岩の玉座に君臨せし、彼の空を統べる王。我が崇高なる風の偶像はサンザシの樹の頂より王国(アッシャー)へと至り、その神々しき御身を今ここに顕現せよ』


 輝きは空へと昇り、金色に煌めく翼が一度羽ばたくごとに、ダウンバーストが巻き起こる。

 土煙りが舞い、空気の奔流が俺の身体に押し寄せた。

 堪らず仰け反った俺の身体はそのままひっくり返って地面に仰向けに倒れ込む。

 そして、不明瞭な視界の中に映るその姿を目の当たりにして、俺はただ笑った。


「なんだよ、あれ。普通じゃ考えられない、あり得ないよ!」


 ここは俺の知らない異世界だ。真新しいことに一々驚いてちゃキリがない。

 そんなことは分かってる。

 けどそれでも、あれを見て驚かないわけがない。


「これが精霊魔法の最終段階、現実(マテリアル)態だ。限りなく実体に近い霊体。驚いただろ?」


 霊体が本物になった。

 突然、俺の目の前にガルーダそのものが現れたんだ。

 羽毛も脚の爪も、精巧に作られた虚像(CG)なんかじゃない。

 その雄々しさや美しさは、霊体のときの比じゃない。

 何もかもが本物だ。

 ファンタジーな世界で言うことじゃないかもしれないけど、今、ファンタジーな世界に突然放り込まれたみたいな気持ちだ。


「凄ぇ! マジで凄ぇ! なんて言えばいいのか分かんないけど、とにかくもの凄いよ異世界!!」


 皆に見せて上げたかった。

 智恵理に今すぐ見せて、教えて上げたい。

 この世界は人に苦しみを与える為の地獄なんかじゃない。紛れもなく、俺たちの知らない別世界なんだってことを。

 俺の精霊召喚も、智恵理の魔術もそうだ。この世界の至るところに、こんなあり得ないことが転がってる。

 退屈のない世界が広がっている。

 そのことを。


 澄み切った大空を舞うガルーダの姿を眺めながら、俺はひとしきり笑った。

 そのときだけは、今までのこともこれからのことも全部忘れた。

 忘れても、許されるような気がした。


「姉貴、俺もこんな風に出来るかな?」


「決まってんだろ。現フロン・ティグリア冒険者ギルドの受付嬢にして、元アザムガルド高原の風巫女候補のアタシ、ヘレナ・ドゥーマ・アザムガルド様が付いてんだ」


 半分何言ってんのか分からないけど、とりあえず経歴と肩書きは相当なものだと考えていいんだよな。

 だったら、それなりに強くはなれるかな。

 仲間一人、守れるぐらいには。


「一年だ。一年で、アタシがレイジを世に出ても恥ずかしくねぇぐらいの精霊使いにしてやんよ。契約金は、そうさな…………。フロン・ティグリア産蜂蜜酒樽三つ、後払いでどうよ?」


「その条件、俺の飲み込みが良すぎたからって後で変えたりしないで下さいよ?」


「誰にもの言ってやがんだ。たとえ世の長耳族が嘘を付いても、アニキの弟子が嘘を付くことはあり得ねぇっての」


 こうして俺は、精霊使いの弟子になった。

 無一文な現状は変わらないけど、精霊使いの冒険者として生きるという目標だけは見えてきた。

 そんな感じの、異世界転生十日目の昼下がりである。

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