開かされる黒歴史
皆々様方は今の生活に満足しておりますでしょうか。
俺こと宗方晶は非常に満足しています。退屈な毎日? 結構じゃないですか。
刺激を求めたい? あなたの仰る刺激とはどういう類の刺激であろうか。果たして、実際にその立場に立ったら皆々様方は喜ぶのだろうか?
私的感想を述べさせていただけるならば、答えは否、と声を大きくして言いたい。
異世界に行って勇者としてちやほやされたい?
夢を持つことは結構なことだが、勇者なんかになったって決していい事ではないぞ。
たとえ尋常ならざる力が得られたとしても、思うが侭に事が進む事なんて絶対にないのだ。むしろ何だ。異世界に行ったからってハーレムとか富や名声が簡単に得られるなんて本当に思っているのか、と俺は強く問いたいね。いやマジで本当に。
――まぁ、結局のところ何が言いたいかと言うと。
「ようこそいらっしゃいました。勇者達よ。あなた方の来訪を深く感謝いたします」
ウェディングドレスに似た真紅のドレス姿の女性が満面の笑みを浮かべて告げる。
余りの即視感に頭が痛くなるほどだ。
なに? 勇者を歓迎する時って若い女性が迎えるのがテンプレなわけ?
……まぁ、むさ苦しい男が「ようこそ、勇者よ」って歓迎されても印象を悪くするだけだろうしな。やはり、こう言う場合は女性が適しているもんな。
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「……よく会話の内容まで覚えていたのね、あなた」
仕事に行き詰まった青年が「どうしようか」と頭を悩ましていると、後方から呆れ声が届く。
「あん? ……なんだ、お前か。ってお前! それは俺の日記帳じゃないか」
声の主が親友と知って再び仕事に戻ろうとするのだが、彼女が持っている本のせいで仕事に戻る事なんて出来なかった。
それは青年がこの世界に来てから書き続けた日記帳。自分の思いが赤裸々に綴っている日記帳をなぜ彼女が持っているのだろうか。厳重に封印してパスワードを入力しないと手に入らない場所に隠していたはずなのだが。
「最近、あなたって仕事が忙しいって誰も愛してくれないじゃない?」
「それは……。って、お前からそんな風に言われる日がこようなんて、少し感慨深いものがあるな」
昔の彼女のことを思い出して、ふと苦笑を漏らす青年。
「う、うるさいわね。こんな風になったのもあなたのせいなんだから、責任を取ってもらうのは極普通のことよ。それとも私を娶ったのは迷惑だったのかしら?」
「いや、そんな訳は……。って、そうやって直ぐに泣かないでくれよ。本当に涙もろくなったよな、お前」
「ぐすんっ。誰が泣かせていると思っているのよ、バカ。もうこうなったら、この日記帳を大声で朗読するしかないわね」
「はぁ!? どうなったらそんな事になるわけさ。てか返せよそれ。それを読まれたら本当にしゃれにならないんだよ」
席から立ち上がって彼女が手にしている日記帳を奪おうと手を伸ばすが、青年の手がそれをつかむ事はなかった。ヒラリと青年の手をかして、日記帳を己の背中に回した彼女はわが意を得たりと破顔する。
「これが欲しければそれ相応の対価を払うことね。主に愛とか愛とか、愛とか」
欲求不満だったのか、とツッコミを入れたいところであったが現状の立場を考えるといえるわけがない。故に青年が言える言葉は一つのみ。
「分かった。分かったから、それを返してくれ。本当に頼むから、な」
何度も首を縦に振って了承の意を唱える青年。その余りにもらしくない青年の慌てっぷりに彼女は手にしている日記帳の中身に興味が湧いてきたのだった。
「簡単に了解してくれるのはうれしいけど、そこまでこれが大事なわけ? 脅迫の材料にしている私が言うのもなんだけど」
「それは……。まぁ、何だ。この世界に来て色々と思う所があったもので、それを口にするのはいささか問題があるわけでな。と、とにかく返してくれないか、本当にマジで」
「……へぇ」
歯切れの悪い青年の答えに彼女は目を細めて口端を曲げる。いかにも楽しいことを見つけた、と笑みを浮かべる彼女の表情を見やり、青年は自分が自爆したことに気づいたのだった。
「も、もういいだろう。お前の好きなようにしてやるから、それを返してくれ。本当にお願いします」
頭を垂れて彼女に懇願する。
もはや形振り構っている暇は無い。いち早く日記帳を奪取出来るならいくらでも頭を下げてやる、と小さな覚悟を決めた青年は何度も彼女にお願いするしかない。
けど、青年をよく知る彼女はそんな小さな覚悟すら読み取ったのか笑顔で「いやよ」と否定したのだった。
「気が変わったわ、アキラ。これは私たちを放って置いた罰として没収いたします」
告げるだけ告げて、踵を返してその場から走り去る彼女の背中を呆然と見やる青年――宗方晶は、正気に戻ると慌てて彼女の後を追ったのだった。
「ちょっ、エリー。エリオット・ランフォード! 本当に返してくれよ!!」
何度も何度も「返してくれ」とお願いするのだが、晶のお願いが彼女ことエリーに届くことはなかった。




