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撃墜女王と操り人形の王子  作者: 霧島まるは
操り人形の王子
9/14

カボチャの馬車とシンデレラ

「よーし、出港するか」


 アルバは、指をぽきぽきと鳴らした。


 不精髭をじょりっと撫で、操縦パネルにごつい指を走らせる。全身が、船の振動を感知していた。


 絶好調なのは、自分の鼻先に伝わる震えで分かるのだ。


「うりゃおりぃぁあああーっ!」


 イカレたテンションの奇声を発しながら、船を港からすべり出させる。


 そんな漢臭いシートに、細い指がかかった。


「あなた……」


 出港時にも関わらず、ふらふらウロつく奇行は、彼女以外にいない。


 妻のチナだ。


 テンションを上げすぎて、馬鹿になった嗅覚に、ふわりと甘い匂いがすべりこんでくる。


「あなた……おやつよ」


 皿にのせられた果物のパイが出てくる。


「おうっ、うまそうだな!」


 好物に、反射でよだれを出しながらも、アルバはパネルに両手を張りつかせたまま。


「だが、ちょーいと待ってくれよ、スィートハニー。こいつが、あんよを始めたばかりでね」


 隣の副操縦席を、顎で差す。


 座って待っててくれ、という合図だ。


「そう……なの」


 今食べてもらえないことに、少しがっかりしたような彼女は、ぺたんと席に座った。


 アルバは、ほっとする。加速を始めるところで、歩き回られたら危険だからだ。


 普通なら、ちゃんと側に座らせて出港するのだが、今回はちょっと勝手が違った。


「お客にも、そいつを出したのか?」


 妻を、ちらりと横目で見る。


 きれいにまとめ上げられた黒髪に、知的な眼鏡。黙って立っているチナを見たら、人はきっと教師か秘書とでも思うだろう。


「ええ……50個はあったわ」


 聞くだけで胸焼けしそうな数に、アルバは苦笑した。燃料の心配より、食料の心配をしていくことになりそうだ、と。



 この船には、お客を乗せていた。


 いや、船そのものも向こうの持ち物なのだから、アルバはただのお抱え操縦士というべきか。


「そんなに……食うのか?」


 ようやく、宙港の管制を離れ、船の操縦が落ち着いた頃。片手をパネルから離して、アルバはパイをひっつかんだ。うかうかしてると、自分用までなくなってしまいそうな気がした。


 一瞬、間が空いて。


「……もう、全部食べ終わってるかも」


 にこっ。


 チナは、眼鏡の向こうの目を細めた。作り甲斐があって、どうにもご機嫌のようだ。


 チナは、シェフだった。


 腕はよかったが、メンタルな部分で仕事を続けられなくなり、当時恋人だった運び屋のアルバを手伝い始めたのだ。


 そして、アルバは――メシのうまい運び屋、なる肩書きを手に入れたのである。


 そんな彼に、仕事の依頼が来た。アルバとチナの二人セットで指名が来た依頼だった。


 風変わりで、破格で――危険な依頼。


 残念ながらアルバは、その三つが大好物だった。


 妻がいるのに、危険な仕事なんて。人は、そう非難するかもしれない。


 だが、アルバの考え方は逆だった。


 死ぬなら、絶対一緒に死んでやる!


 だから、二人セットの仕事なら、どんな危険な仕事でも、逆に本望だったのだ。


 ダメなエゴイストなのは、百も承知。だが、誰よりも幸せなつもりだった。


「……ありゃ、ヤバそうだな」


 そんな、エゴ男のアルバは、お客について感想を口にした。


 彼らが出港した港は、軍用だったのだ。軍港を使用できる民間人など、聞いたこともない。


 しかも、最優先扱いだ。


 物資の搬入も、出港も、どれもVIP待遇と言っていい。


 そんな船に、乗り込んできたのは、一人。


 いや、一人──だった。


 ※



 初対面の時──男は、二つの大きなトランクをさげていた。


「私と妻を、あるところへ運んでほしい」


 それが、依頼内容。


 アルバは男を見た。


 この世界、外見の年齢はアテにならない。ある程度の若さで、成長を止める手術をする人間が多いからだ。


 アルバやチナも、羽振りのいい時にその手術を終えていた。


 灰をかぶったような、黒と灰のまだらの髪。そして同じような、まだらの目。


 女なら、差し詰めあだなは、『シンデレラ(灰っかぶり姫)』か。


 だが、そのどんな重力にも負けないような、しっかりした首を、アルバは見ていた。そこまでゴツイ印象のない、涼しげな顔だが、首だけがいろいろなものを裏切っている。


 依頼内容はこうだ。


 三日後。


 この星の港から、指定する船で彼ら夫婦を運び、仕事が終わるまで待機、そして再びこの星へ連れて戻る。その間、良質の食事を保障してほしい。


 話だけ聞くと、食堂船に毛の生えたようなもの。


 しかし、行き先が問題だった。ついこの間、アイヴィー野郎どもに、ぶっつぶされたばかりの星だったのだ。


 ニュースの全てが、ヒステリックに伝えた、突然の襲撃。


 これが最前線の星ならば、何も珍しくはない。だが、そこは防衛線のはるか内側の星だったのだ。


 G.B.の盛んな、人気のある星だった。


 G.B.とは学生の間で特に盛んな低重力下でのスポーツである。あっという間に人気が広がり、宇宙中で多くのファンを獲得した。プレイヤーが女性だけ、というのがまた、男たちに別の興味を持たせ、女たちに憧れを抱かせた。来期からプロリーグも開幕する予定だった。


 アルバだって、暇なときは食い入るようにG.B.を見ていた。少女たちが、鞠のように空間を跳ね回って戦うのを見るのは爽快で痛快だった。


「何しに、いくんだ?」


 詮索は百も承知で、男に聞いてみた。


 だが、それは行きたくないという意味の質問ではない。彼だって、あの襲撃事件は、ハラワタが煮えくり返る思いをしたのだ。


 ただ、そこへ行くということは、まっとうな仕事とは思えなかった。


「……掃除だ」


 答えは、たった一言。


 聞いた瞬間、アルバは大笑いしていた。ジョークでもとんでもないし、本当ならもっととんでもないからだ。


「掃除、ね……そいつはおもしろそうだ」


 おかげで、アルバも冗談半分で、引き受ける気になった。


 交渉成立、の瞬間だ。アルバは、ニヤっと笑って手を差し出した。しかし、男は両手にトランクを持っていて、応えられないことに気づく。


 苦笑しながら、アルバは手を引っ込めた。


 そして。


 聞いた。



「で、奥さんはどこにいるんだ?」



 ※



「で、奥さんはどこにいるんだ?」


 出港間際、船に乗り込んできた男に、アルバはもう一度、妻の居場所を聞いた。契約では、二人を移送するという話だったのに、彼が一人で乗り込んできたからだ。


 横のチナが、アルバのシャツを引っ張った。


「あなた……奥さん、あの中にいるんじゃないかしら」


 最初に会った時もさげていたトランクを、妻が指差す。


「ハハハッ、お前なぁ…どこの世界に、妻をトランクにいれる人間が……」


 ナイスジョークだと、アルバは笑いながら妻の意見に、うっちゃりをかました。


 なのに。


 男は、黙ってトランクをテーブルに乗せる。


 カチャガチャ。


 そして、複雑な操作で、それを開けるのだ。


「お、おい…」


 中から、バラバラ死体でも出てくるんじゃないかと、アルバは反射的に身を引く。


 しっかり、チナも連れて下がったが。


 開かれたトランクの蓋。


 中では──少女(?)が眠っていた。


 短い短い金の髪。


 性別も分からないような細い身体。


 少女、と解釈をしたのは、彼が「妻」という言葉を使ったからだ。そうでなければ、アルバはきっと少年だと思っただろう。


 その身体が膝を抱えた形で、クッション剤に囲まれて綺麗にトランクにおさまっていたわけだ。


 アルバの頭に、『屈葬』という単語がよぎったが、忘れることにした。


「もうすぐ起きる…何か食べ物を頼む」


 トランクの中から、彼女をそっと抱き上げて出す。男と比べれば、本当にその少女は小さく感じた。


「こんなに可愛らしいなら、きっと甘いものが大好きね」


 うふふ。


 チナは微笑んだ。


 彼女はすぐに、備え付けの厨房設備へ向かおうとした。


「ああ……それから」


 男が、何かを付け足そうとした時。


 チナが、くるっと振り返った。


「たーくさん用意するわね」


 妻は──時々、人の心を読める気がする。


 そう、アルバは思った。


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