女王の道
ベルの音に飛び起きたら──朝だった。
「いたた」
ぐちゃぐちゃの毛布やシーツに、ひっからまりながら起き上がろうとすると、身体のあちこちが痛い。
とにかく起床時間を告げる、ベッド内部に仕込まれているベルを止める。
あー。
自分の首をひっかくようにしながら、そしてジョウはいろいろ思い出した。
そうか。
もう行っちまったか、と。
寝具が見事にとっちらかしているのも、自分がすっ裸なのも、身体が痛いのも──そして、いま一人なのも。
全部、綺麗に思い出した。
首にかけていた自分の指が、何かに当たった。
引っ張ってみると。
「あ……」
あの男にやろうとしたネックレスが、自分の首にぶら下がっているではないか。
なんだか。
おかしくなった。
「気に入った女にやれって言ったのに、な」
その意趣返しなのか、はたまた本当にいらなかったのか。どっちにせよ、結果的には突っ返されたワケだ。
困ったな。
ジョウは、笑うしかない。バカなほど単純な自分に、だ。
死にたくなくなってしまったのだ。
ほんの短い時間。
もう、会うこともない男と過ごした時間だけで、自分の命の往生際の悪さに気づくなんて。
「やって……みっか」
あーあ、とため息をつく。
物凄く積極的な気持ち、というわけではない。だが、新しい遺書を書く気がなくなったのだけは──確かだった。
軍服を身につけ、新しい階級章をつける。出港ぎりぎりセーフで、中尉に昇進したのだ。
その受け取りで、他の人間より搭乗が遅くなってしまった。
まずは、短距離ワープできる戦艦で、新しい宙母に向かう。そこがしばらく、ジョウのベースになるのだ。
他の撃墜王たちとも、その宙母で会えるだろう。
乗り込んだ戦艦内を、案内される方へ移動していると。
「……!」
目玉が飛び出す、というのは──きっと、いまみたいなことを言うのだ。
一瞬前。
クリアな壁の向こうに、何か見えた。
こういう外部から見える部屋は、大抵がブリーフィングルームなどの集合設備だ。
「こちらです」
最悪なことに、ジョウはその部屋へ案内された。
三回、彼女は見間違いを祈った。
親が信仰している、自分にとってはどうでもいい神様の名前を三回つぶやいて、天井を一度見つめて心を落ち着ける。
見、間、違、い、だっ!
そして、ついに意を決して、ジョウは室内をしっかり見た。
軍服。
階級章。
そして、みっつ並ぶ──「A」。
「ようこそ当艦へ…ヒロイ少尉…ではなく、もう中尉か」
しらじらしい、笑顔。
あああああああ。
ブン殴らせろ! 今すぐ! 今すぐ!!
いけしゃあしゃあと、挨拶の手を差し出すその男の顔に、伝説の三十連発パンチを決める──妄想の中で。
なんでそこにいるとか、どうして制服ではなく軍服なのかとか、問いただすのもイヤになる。
その肩のAで、もう腹いっぱいだ。
「TAに、生きてお目にかかれるとは……は、じ、め、ま、し、て、中、佐」
引きつりながら、ジョウは握手の手を渾身の力で握りつぶそうとした。
トリプル・エース。
それが一体何なのかもう、頭の中で反芻もしたくなかった。
道理で、執務エリアで会うわけだ。彼もあの時に、緊急に辞令を受けていたに違いない。
そして、ついでに一緒にここから出港、ということになったのだ。
あの廊下のペーペーパイロットも。きっと、彼をTAだと知っていたに違いない。
道理で、ジョウを見る目と区別しなかったワケだ。
ペーペーならまだ、撃墜王なる連中を、化け物というより憧れに思っていてもおかしくないからだ。
一方的な、ジョウの渾身の握手を受けても、変人男は微笑んでいる。
その手を、忌々しく突き放す時。
彼は、細めた目を開けて、こう言った。
「軍服は、襟までしっかり詰まっていて、つまらないと思わないか?」
はぁ?
話の流れのグダグダさ加減に、ジョウは睨み上げるのをこらえた。
TAと女王という異色の組み合わせに、周囲の人間が微妙に距離を取っているの。ジョウの態度の悪さも関係しているだろうが。
それくらい、全身からトゲのオーラが出ているのが、自分でも分かった。
「中尉が、いま首にさげているものが、まったく見えないだろう?」
にこり。
3。
2。
1。
──ネックレスのことかぁぁぁ!!
理解した瞬間、ジョウは精神に深い傷を負った。
まさにその通りだったからだ。
「お守りにでもすっか」などと、そのままブラ下げてきてしまった。
こんな、大罠が待ち受けているとも知らず。
ショック状態の彼女に。
「あ…ホントにさげてるのか」
ジョウは聞いた。
聞いてしまった。
最後に小さく、「ラッキー」と言った男の声を。
「ええと、コウサカ中佐…ブリーフィングを始めてもよろしいでしょうか」
固まったままのジョウと、にこやかで上機嫌なケイの間が、おそるおそる割られる。
「了解……手短に頼むよ……また後でな」
彼の手が、ジョウの肩をぽんぽんと叩く。そして彼は、席へと戻っていった。
「また」は、ねぇよ!
ジョウは、その背中が睨める一番遠い席に座りながら、脳内マシンガンを乱射し続けたのだった。
『終』