表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

女王の敵

 少し、敵の話をしよう。


 ジョウ達が戦っている相手は、IVアイヴィーというあだ名で呼ばれている。


 正式名称「インヴィジブル」。その名の通り──「見えざる者」だった。


 二十年前のある日、人間の入植していた星が、ひとつあっけなく全滅した。


 当初、伝染病などが考えられ、無人探査機を送ったところ、明らかに攻撃の痕跡が全土に渡っていた。


 しかし、人間以外の存在をあらゆる索敵を駆使しても、確認することは出来なかった。


 その星を、足がかりに。


 近くの入植星が、次々と同じ結果をたどり始める。だが、どうしても痕跡を見つけられない。


 そこで、ようやく人間は気づいたのだ。


 敵は、見えない何かなのだ、と。


 人間の目は、光の反射でしか物が見えない。


 ということは、光の屈折率が、人間の常識を超える存在がいたとしたら──それは、見えないのだ。


 挙句、既存のあらゆるレーダーもセンサーも感知できない。


 この宇宙時代に、ゴーストや神の怒りだと騒がれたが、ゴーストや神が爆撃をするものか──軍人は、誰よりも現実的だった。


 科学者の尻を引っぱたき、リアリストたちは、見えざるものを見、感知するための装置の開発に着手した。


 そして。


 開発が、ようやく試用段階に入った頃。


 人間の勢力は、当初の50%に落ちていた。半数の星が、アイヴィーどもに踏みにじられていたのだ。


 その装置が出来るまで、撤退を続けていた人間は、ようやく装置の生産をラインに乗せ、反撃を開始したのである。


 戦闘員は、みな目まで覆うヘルメットをかぶり、装置を介してアイヴィーや、その攻撃を感知するのだ。



 間抜けな戦いだ。


 ジョウは、アイヴィーとの戦闘をそう思っていた。傍目から見たら、人間は何もない空間と戦っているのだ。


 これが、喜劇と言わずしてなんなのか。


 そして。


 どこまで反撃すれば、この戦争が終わるかなんて──誰にも分からなかった。相手があきらめて撤収するまで、戦うしかないのだ。


 見えないものは、音も発しない。おそらく、音の概念も違うのだろう。


 そこはまだ、装置が開発されていない。視覚の補助が、最優先だったからだ。


 交渉も、終戦も、戦後処理も。


 人間側には、現時点で何の手立てもないのだ。


 防衛ラインを押し戻し、頼むから早くあきらめてくれと祈るしかない──喜劇の戦争。


 そんな見えないものを撃墜して、ジョウは「撃墜女王」となった。


 機体が感知して、自動でカウントしているのだが、ジョウにとっては笑い話と大差なかった。見えないのに倒した、なんて。


 ただ。


 間違いなく相手は存在していて、一歩間違えれば、喜劇がいとも簡単に悲劇にとって変わることだけは確かだった。


 まあ、ありがたいのは。


 ジョウは、時々それを思う。


 撃墜したところで、一切の罪悪感など感じないところだ。


 それと。


 人間同士の争いが、なくなったこと。


 外敵が現れ、人間の種そのものが危険にさらされた時、人とはこんなにも団結できるものなのか。


 人間同士で争ってる暇がなくなった、と言った方が正しいか。その点だけは、人間はアイヴィーに感謝していいだろう。


 陸戦と空戦が出るということは、今度の任務は、アイヴィーが占領た星に降下して、奪還に向けた足がかりを作ること。


 電撃急襲のため、一番槍にもっとも適した実力者たちが選ばれている、ということか。


 その道を通って、後から大部隊が入ってくる、という流れだろう。


「おーい」


 向かいの席から呼びかけられて、ジョウはハッとした。


 行儀悪く、フォークで人の料理を指すケイ。


「冷めるぞ」


 彼の目が半開きなのは、ジョウの心がここになかったせいか。


「ああ」


 答えて、自分の料理にフォークを突き刺しながらも、彼女は胸がいっぱいになっていくのを感じた。


 ふぅ。


「なぁ」


 料理を口元まで運べないまま、彼を呼んでみる。


「この後、時間あるなら、ちょっとあたしの部屋に寄らないか? あ、ドアの前まで、な」


 変な誤解を受けないように、ジョウは最後の点をきっちり言葉にした。


 彼は──変人だし軽いが、悪いやつではない。


 そして、おそらく今日を境に、もう二度と会えない。


 そんな男に。


 自己満足だと分かっていても、何か渡したくなったのだ。


 家族以外の、誰か一人にくらい──自分の生きた証を持っていてほしかった。



 ※



「ちょっと、そこで待っててくれ」


 部屋の前。


 そう言いおくと、ジョウは自室へと入った。


 たいした持ち物はない。家族の写真が飾ってある以外は、本当に殺風景な部屋だ。


 棚を開け、何か渡すにふさわしいものがないかと、急いで探す。


 正装時用の化粧品、わずかのアクセサリー。


 その中から、ケイはネックレスを引っ張り出した。


 母親が、くれたもののひとつ。


 細い鎖なので、男の首には似合わないだろうが、邪魔になるようなものではないから、受け取ってくれそうだ。


「待たせ……」


 ドアを出て廊下に戻ると、ケイが男と話をしていた。


 知り合いだろうか。


「あ、では、失礼します」


 男は、ケイとジョウにスチャっと敬礼すると、去っていった。明らかなる、上官に対する態度だ。


 だが、男の二人を見る目は「ジョウにとって、かゆくなるようなもの」を含んでいた気がした。


 それを、首を震わせて振り払う。


「知り合いか?」


 ジョウと同じ、パイロット所属の男だった。しかし、向こうはごく最近配属されたようなペーペーに近いはずだ。そんなほぼ新人と知り合い、というのも奇妙に思えた。


「……」


 ケイは、言葉では答えず、苦笑で返した。


「あ、そうだ…これ」


 右手に握ったものを、ジョウは突き出す。そこまできて、何という理由をつけるかを、忘れている自分に気づいた。男にネックレスを渡す、自然な理由が思いつかない。


「なんだ?」


 大きな手を出すケイに、しまったなと思いながらも、握っているものを落とした。


 シャリ。


 落ちる、鎖。


 それを目で追ったケイは、次に顔を上げて彼女を見る。


「あ、いや、別にたいした意味はないぜ……結構いいものみたいだから、気に入った女にでもやってくれよ」


 準備の悪い自分の頭に悪態をつきながら、ジョウは笑ってごまかそうとした。


 瞬間。


 ジョウの右手は、掴まれていた。


 え?


 と思うまもなく、右手を軸に振り回されるように、ケイは反転していて。


 目の前に、自室のドアがある状態だ。


 そのまま。


 握られた自分の右手が、操られるようにキーパッドに押し付けられる。


 え!?


 指紋を感知したパッドが、彼女の鼻先で、再びドアを開けた。


 こんな不自然な、ドアの開け方をしたのは──生まれて初めてだ。


 ※



「おい!」


 と、抗議しかけたジョウは、後ろから簡単に部屋の中に押し込まれた。まだ掴まれたままの右手が、今度は逆の向きの軸になった時。


 ドアは──閉じた。


 自分と、もう一人を飲み込んだまま。


 狭く閉鎖された、しかし自分の部屋。


 なのに。


 たった一人、他人がいるだけで、何もかもが違うものに見えた。


 当たり前みたいにあった物たちは、みんな息をひそめ、ぴりぴりした緊張感でジョウの頬を撫でる。


「な……に……してんだ」


 上ずりそうになる声を、彼女はおさえようとした。


「オレね」


 手を離しながらも、ケイの目は自分を射抜いている。


 そこから、一歩も動かないように。


 変人でヘラヘラした男が、大きな波の直前のように、ざぁっと引いたのが分かる。


「オレはね……遺品はもらわないよ」


 瞳が、降りてくる。


 優しさの引ききった瞳が。


「……っ!」


 気づいたら。


 唇を──貪られていた。


 そうとしか、表現のしようがない。唇もその内側も、ケイは遠慮も容赦もなく貪り尽くす。


 一体何が起きているのか。


 その突然の豹変に、ジョウは動けずにいた。


 だが、少なくとも彼女の行動が、この男の許されない何かを踏んだのは分かった。


 嵐の間、ジョウはただ風雨に打たれるばかり。


 だが。


 ゆっくりと少しずつ。


 ケイが冷静さを取り戻していくのが分かるほど、本当にゆっくりと、唇が優しいものに変わっていく。


 それはそれで、ジョウを打ちのめした。


 撫でるような、愛しむ口づけになってしまったからだ。


 やめてくれ。


 目頭が、熱くなる。


 やめてくれ。優しくされたいわけじゃないんだ。


 突き飛ばしたはずの手には──力が入っていなかった。逆に自分が、後方によろめいてしまう。


 結果的には彼から離れられたが、ジョウは壁に背中を預けることとなった。


「それは……いらない」


 震える首を、横に振って拒絶する。


「バカな女王だ……死神の方ばかり向いて」


 なのに。


 ケイは、目を細めて彼女を見ていた。


 一歩。


 近づいてくる。


 もう、ジョウには壁しかないというのに。


 そこに。


 すぐそこに──立った。


 自分以外の影が、自分を覆う。


「死神より……自分を見ろ。自分自身の命を」


 大きな手が、ジョウの左胸に押し当てられる。


 瞬間に、大きく跳ねた。自分の心臓が。


「まだ、死神が持っていくには……イキがいいぞ」


 手のひらの鼓動を感じるように、ケイは目を伏せる。


 そのまつげを見上げたら。


 なお、ジョウの胸は足を速めた。


「大丈夫だ」


 まぶたが、上がる。


「お前さんは…死なないよ」


 薄く微笑みながら、彼は胸に置いた手を離した。


 確かにあったぬくもりが、ジョウの命から離れていく。


 あっと。


 その温度の消失に、身体が震えそうになった。


 ほんのわずかな、末端の温度に過ぎないそれは、ジョウに大きな喪失感を与えたのだ。


 けれど。


 手は、遠くまで行ってはしまわなかった。


 彼女の頬に、場所を変えたのだ。


 今度は──最初から優しい唇だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ