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女王と操り人形の噂

 翌日。


 ジョウは、休みの予定だった。なのに、昼過ぎに出頭命令が来る。


 撃墜王の報奨休暇も、どうでもいい扱いだ。


 ロクな話じゃない気配を、ビンビンに感じながら、ジョウは上官の部屋へと入った。


「ジョウ=ヒロイ、入ります」


 ぴりっとしない声と態度で、ジョウは敬礼する。


「休暇中、すまんな。君に、特殊任務の辞令が出た」


 ほらほら、来たよ。


 敵を落とせば落とすほど、より厄介な任務がくる。そして、いつかどこかで死ぬ。まさに、デス・スパイラルだ。


「各部隊の撃墜王たちも投入する、精鋭たちによる特殊任務だ」


 広げられた風呂敷に、ジョウは自分が間の悪いときに撃墜王の肩書きをもらったことに気づいた。


「君は、この宙母の代表というわけだ。活躍を期待する」


 ジョウが、この船で唯一の撃墜王になる。


 勿論、昔はいた。


 撃墜王のまま引退できる人間が、余りに少ないだけだ。大抵が、どこかで命を落としてしまう。ついに、自分の番が回ってきたのかもしれない。


「大規模な、地上戦が予想される。久々に、重力圏での飛行任務になるな」


 言葉が増える度に、ジョウの死ぬ確率が上がる気がした。


 重力圏内では、その重力さえ敵だ。宇宙空間なら、墜落死だけはないのだから。


「地上では、『パペット』が出る予定だ。君も、噂くらい聞いたことがあるだろう」


 不吉な名前が出される。


 敗北を、ひっくり返す死の人形。パペットの噂は、そんな風にジョウの耳に入っていた。


 正式な軍属ではない。傭兵、と言ったほうがいいか。


 敗色濃厚なエリアには、追加部隊を送るよりパペットを雇えと言われる。


 人間なのか、器械なのかさえ分からない。


 ただ、その身体は小さく、いつも大男と一緒に出撃するため、いつしか『パペット』と呼ばれるようになったのだ。大きな男に操られる人形のように見えたせいである。


 軍が、敗け試合でもないのに、いきなりパペットを投入するとは──相当の本気だ。


 ただ。


 パペットの前に出ると、味方でも容赦なく引きちぎられるという、黒い噂もあった。ツレの大男が、任務完了を告げるまで、ひたすら敵をちぎり続けるらしい。


 ゾッとしねぇな。


 それが、機械であることを祈りたいくらいだ。自分が、陸戦部隊でなかったことを、いま少しだけ感謝しそうになった。


 地上にパペット。


 空にエース群。


 これで負けたら、軍全体の敗北と同じだ。


 ただ。


 そんな戦局よりも、少しだけ、ジョウには思うところがある。他の「撃墜王」に会うのは、これが初めてなのだ。


 彼らは、何を考えているのだろう。孤独なのか、憂欝なのか、はたまた楽しんでいるのか。


 同じ目線の人間が、どう生きているのか気になった。


「今回の作戦で、ぜひ撃墜数を伸ばし、DAを狙って欲しいものだな」


 上は気楽なことを言う。


 DAとは、ダブルエースのことだ。


 エース=100機=撃墜王。


 その計算からいくと、ダブルエースは200機だ。


 さすがに、人間の域を超える話になってきそうだった。


 第一。


 狙う気がない。


「生きて帰ってきて、考えます」


 ジョウは、適当にはぐらかした。


 DAの心配より、新しい遺書の心配の方が先だ。


 出発を明日と言い渡され、彼女はようやく解放された。


 どっと、疲れがくる。


 このまま。


 明日まで、部屋で寝てしまうか。


 そう考えかけたジョウの前に。


「おっ…奇遇だね」


 昨日、ブン殴って置き去りにした男が現われた。


 頬には、立派なあざが残ったまま。


 まだ、いたのか。


 ジョウと違って、優雅な休暇生活は続いているようだ。


「あいてるなら、一緒に食事でもどう?」


 そして、さっぱり懲りていなかった。



 ※



 この男が、ついていたのは。


 いまのジョウがすっかり疲れていて、なおかつ、自分の命が長くないなと思っている時に再会したことか。


「いいぜ」


 戦時というのは、人の判断力を平気でひねるものだ。


「そう言わずに、ご飯くらい…って、え!?」


 まず拒否が来ると思っていたらしいケイは、先回りして答えかけた言葉を途中でひっくり返した。


 じっと、ジョウを見る。真意を一瞬探られる目になったが、すぐにふぬけた笑いに変えた。


「よし、気が変わる前に行こう」


 嬉しそうに伸ばされた手が、ひょいっとジョウの手を掴んで引っ張る。


「おい…!」


 手を引っ張られるほど、急ぐ必要などない。


 ここはまだ、軍の執務エリアで誰が見ているか──って。


 ジョウは、ふと疑問をよぎらせた。


「なんで、私服でこんなとこにいるんだ?」


「それなんだよ」


 引っ張りながら先を行くケイは、不機嫌な目を一瞬だけ後方に見せた。


「大体、休暇で墓参りに来ただけだから、他の宙母で呼び出されるなんて思ってないだろ?」


 だから、私服で十分だと思ってた──そう、ケイが続ける。


 みなまで言われなくても、ジョウは結果が分かった。軍の上の方など、規律の塊で。そんなところに、アザ顔ぶらさげて私服で行くなんて。


「長かったなぁ…本題に入るまでが」


 ほとほとうんざりという声が、想像力をかきたて、ジョウの笑いのスイッチを踏んでしまった。説教が相当長かったのだろう。


「あんた…バカだろ」


 変人は、貫くのが難しい。特に、階級という壁の前では。なのに、上官の前でさえ彼は変人を貫いたのだ。


 いっそすがすがしい。


 ジョウでさえ、日和るのだ。


 面倒な説教が増えるのが、ウザったくて。


 変人を貫く男は、それでも中佐。


 この階級社会で、この変人はどうやってそこまで上ったのか。


「バカもいいもんだな…笑ってくれたし」


 バカと呼ばれて喜ぶ上官が──どこにいる。


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