呉越同箱
「間に合った」
居住エリアへつながるエレベータを待っていたら。
後ろから、声がした。ぎょっと振り返ると――さっきバーで捨ててきた男がいるではないか。
「なっ……」
驚きと呆れで、変な声になった。
「オレのカンも、捨てたもんじゃないね」
一人、うんうんと得意げに納得している。
「呼ばれてたんじゃないのかよ」
プライベートタイムを割ってまで制服組が探しに来たということは、仕事絡みではないのか。
「オレは休暇中なの。なんびとたりとも、その邪魔はさせないさ」
ははは、と軽やかに笑う。
「ああ、でももう……お開きだ」
その笑いを、彼女はつっぱねた。いまのジョウは、残念ながら機嫌がよくない。変人と、飲み直す気力はなかった。
「あれ、そうなんだ。誰かを殴りたそうな顔をしてたから、顔を貸しに来たんだが…エレベータ、きたな」
二つの情報を連続で投げられ、とっさにジョウは優先順位をつけられなかった。
「誰も乗ってないのはついてる……中で、存分に殴られるか」
その一瞬の隙間をつかれた。エレベータに引っ張り込まれていたのだ。
人に何も聞かず、適当に上の階のボタンを押された。見事に、居住エリアの階を押している。この宙母に、かなり詳しいようだ。
「さぁ、どうぞ」
顔が、ずいと近づいてくる。
「何が?」
混乱の中、それでも彼女は刺の声は忘れなかった。
「いや、殴りたいだろ?」
至って真面目に返される。
こいつ、マジだ。マジで――変人だ。
ジョウは、変な汗をかいた。
「殴れって言われて、はいそうですかと殴れっか。あれは、勢いがいるんだ」
すばらしい変人っぷりに、勢いは失われてしまった。
「そうか、それは残念だ…女王に殴られるのもオツだと思ったんだが」
真面目に残念がっている男を、うろんな目で眺めながら、ジョウはふと気づいた。
「どこまで……ついてくる気だ?」
このエレベータが向かっているのは、居住エリア。いわゆる、狭いがジョウの私室があるところだ。
一方、ケイという男はこの船の単なる客で。手続きをして宿泊するにせよ、一般兵士の居住エリアではないはずだ。
「……」
すると、少し考え込む顔になった。
そして、ポンっと手を打つ。
「オレ……今日、どこで寝るんだ?」
まったく、考えていなかったのか。
えんがちょな目を向けると、彼はまた軽く笑う。
「すまんすまん、昔のクセで……素で居住エリアに行こうとしてた」
慣れって怖いな。
そんな笑顔の男に、しかし、納得している部分もあった。やっぱり、昔はここを母船にしていたのか、と。友人の墓もあるし、フロアにも詳しい。
「参ったな……書記官が手配してくれてたろうに、まいてきちまった」
はっはっはっ。
しかし、軽い。全然、こたえている様子はなかった。
「昔の知り合いはいないのかよ」
多分。
この男は、制服組だろう。一番、死ににくい部署。同じ制服組の知り合いくらい、いそうなものだ。
「あ? あー……うーん……オレ、問題児でここ追い出されたからな」
ごにょっと、言葉が濁った。中佐まで出世した男が、宙母をおんだされるほどの問題児とは。
どこからどう、突っ込んでいいものか。
頭が痛くなって、ジョウは眉間を押さえた。
「女王のとこに、泊めてもらおっかな」
その眉間の真正面に、にこやかな顔が飛び出してくる。
ピキッ。
こめかみに、ひびが入った。
「喜べ……殴る!」
瞬間沸騰したジョウが、拳を振り上げたら。
「あいよ」
変人は──笑った。