女王の憂鬱
頭、おかしいんじゃないのか?
ジョウは笑い伏す男を、うろんな目で見下ろした。同じ年くらいに感じるが、本当はいくつかさっぱり分からない。
飄々としているかと思えば、笑い上戸だし。
焦茶の髪に、焦茶の目。黙っていれば、落ち着いたそれなりにいい男だ。
しかし、明らかな変人。
「妙なとこだけ歪んでるな……」
笑いの口を、手のひらで撫でて消しながら、彼は表情を少し苦いものに変えた。
「生憎、女扱いされたのは、一番最初だけでね」
寄ってきたのは、くだらない男ばかり。何回か相手してみては、幻滅を味わわされるだけだった。ジョウの心の隙間を埋めるどころか、なおさら虚しくなるばかり。
そうしている内に、彼女に余計な勲章が増えていき、比例して男どもは近づかなくなった。
この船の人間ではなく、ジョウのことも知らず変人だったから、一緒に飲むのも気楽かと思ったのに。
「鉄の女と寝たって、自慢にもならねぇぞ」
自分のあだ名くらい、知っている。
撃墜女王という肩書きがついたのは、今日だ。女の撃墜王なんて珍しいから、こうして構われていることくらい彼女だって分かっている。
分かって飲んでるんだから、あんたも空気読めよ。
ジョウが、悪態をつこうとしたら。
「この船の男どもは、使えないな……見る目もない」
ぽんぽん。
あ……たまを撫でやがった!
余りの出来事に、口がぱくぱくと空回りする。完全な、子供扱いだ。
「も……もしあんたが、60過ぎてたら許す…でなきゃ」
頭に血が昇っていくのを感じながら、ジョウはわななく唇を引き結んだ。彼女の怒りを見て、ケイはぽりぽりと頬をかいた。
「残念…その半分だ」
「歯ぁ食いしばれ!」
既に固めていた拳を、振り上げようとした時。
「中佐!」
駆け込んできた人間に、邪魔された。
制服組の女だった。軍服の違う、後衛職の軍人のことだ。
「中佐、いきなり消えられては困ります!」
女は、ケイに向かって砲門を開いた。
中佐、ねぇ。
自分よりえらく上の階級に、ジョウは顔を歪めながら拳を解いた。
上官だから、殴るのをやめたわけではない。
空気を察したからだ。
どうやら、お開きだと。
どんなにムカつく男でも、この船の人間でないなら、すぐにいなくなるのだ。そしてもう、会うことはない。
「よく、ここが分かったな」
「撃墜女王の話を聞いていなくなれば、誰でも分かります」
ため息をつきながら、彼女はジョウを見た。
「すみません、お騒がせして……少尉、撃墜女王おめでとうございます」
白くきれいな手を、差し出される。
ペン以外、握ったことはないんじゃないかと思える細さだ。柔らかい応対に、ジョウは戸惑った。
とても握り返す気には、なれそうにない。
「めでたくは……ねぇよ」
その手から、目をそらす。
「そんなことありませんよ……あなたはこの船の英雄です」
にっこりと言われた言葉に――絶句する。
英雄?
ただ、死ななかっただけだ。
いや。
死に損なっただけなのに。
「本当の英雄は……」
ジョウは、立ち上がった。ここにいると、彼女を殴ってしまいそうだ。悪気がないと分かっていても。
「本当の英雄は……死んだ奴だけだ」
ああ。
胸クソ悪ぃ。