王子様とシンデレラのキス
アルバは、すっかり二人を警戒してしまったが、チナは上機嫌だった。
なぁんだ、と。
プァンスとサンドと、彼らは顔見知りだったのだ。だから、こんなにいろいろ、手に取るように分かるのかと。
「ねえ、チナ」
厨房にいる彼女のところに、プァンスが顔を出した。珍しいことだ。食事を終えたら、いつも眠る彼女が起きている。
「なぁに? おやつ?」
チナは、次の食事の下ごしらえの手を止めた。
「おやつも欲しい~……でも、その前に聞いていい?」
見えるのは、プァンスだけ。でも、すぐ物陰にサンドがいるのも分かる。
あの香りがするのだ。
「なぁに?」
おやつかぁ、何を用意しようかなあ。チナの頭は、半分だけおやつのメニューを考えていた。
「アルバ、私がパペットってこと、気づいたでしょ?」
おやつ、おやつ、うーん。
って、ん~?
チナは、思考の半分を元の脳みそにくっつけた。
「パペット? ああ。そういえば、そんなことを言ってたかしら」
答えた後、また半分をおやつに戻す。
「果物のタルトとかどう?」
ぽんと。
やっといい案が浮かんで、チナは手をたたいた。振り返ると、少し機嫌を損ねたようなプァンスの顔。
「タルトは好きじゃないのね……じゃあねぇ」
脳内をふわりと飛び回る、パズルピース。どこにはまればいいか、探しているかのようなその破片。
「違うって……タルトでいいの! そっちじゃなくて」
チナのパズルピースを叩き落とすように、プァンスが割って入る。
「タルトね……じゃあ乗せる果物は…桃ね? そうでしょ?」
瞬間。
プァンスが、横を見た。彼女の夫がいる方だ。
「どうしよう」──それは、心配そうな横顔だった。
※
プァンスの肩を抱くように、陰からサンドが現れた。
少し、怖い目をしている。大きな彼が、チナを恐れている気がした。
「何にも怖がることなんてないのに……だって、私達、前にも会ってるでしょう?」
るるるん。
タルトを作るための、パウダーコードを押す。
ボウルを準備して、パウダーを入れる。
砂糖に小麦粉にバター。
順番にパウダーを用意しながら、チナは二人の方を振り返った。
「だ、だめだよ、チナ……」
プァンスが、不安そうな声を出す。いつも、ご飯ご飯と元気のいい声の彼女が、震えている声を出すなんて。
何故、そんなにチナを恐れるのだろう。彼女は、本当に調理くらいしか取り得のない女なのに。
「だめだよ……サンド……絶対だめだからね」
その震えを、プァンスは自分の夫にも向けた。
ああ。
恐れているのは、チナの記憶なのか。彼らに会ったことがある、という記憶。
「心配しないで、プァンス、サンド」
チナは、タルトを作りながら、にこっと微笑んだ。
「私達は、カボチャの馬車よ…魔法がとけたら、ただのカボチャとネズミに戻るだけ…ちゃんと分かっているわ」
ピースがまたひとつ、チナの頭の中ではめこまれる。
「あ……あ……ああ……」
プァンスは、後ろ手にサンドの服をぎゅうっと掴んでいる。いまにも、泣き出しそうだ。
涙より先に。
プァンスの髪が、しゅるしゅると伸び始める。
身体も、しなやかに伸び始める。
「……!」
異変に気づいたサンドが、そんな彼女を強く抱き寄せ──口付けた。
深く深く。
人目があるからとか、恥ずかしいとか、そういう感覚はまったくない。そうしなけれならないのだと、チナに伝わってくる口づけ。
プァンスは言った。
サンドも、彼女の食べ物だと。
成長が──止まった。
※
ハァハァ、と。
プァンスが、涙を流しながら全身で呼吸を繰り返す。
チナは、慌ててタオルを取り出した。駆け寄って、差し出す。
サンドは──拒まずに受け取った。
それで顔を拭いてやるのではなく、プァンスの手に握らせる。赤ん坊のように、彼女はそれをぎゅうっと両手で握り締めた。
みな。
心配しすぎなのだ。
アルバは、二人をパペットだと慌てているし、この二人はチナを怖がるし。
けれども。
チナの頭の中のパズルが、この二人にとって邪魔だと言うのなら。
「プァンスが困るなら、綺麗に忘れるわ……きっと私なら出来るから」
パズルなど、またバラバラに混ぜてしまえばいいのだ。
はっと。
タオルを握り締めるプァンスが、顔を上げてこっちを見た。
「やだ! やっぱやだ……チ…ナ…忘れないで……私を忘れないで!」
泣きながら、半端に成長してしまったプァンスが、チナに訴える。
「何度でも、プァンスって名前を私につけて! 王子様って呼んで!」
パズルが、パチパチとはめこまれていく。
忘れていた記憶──いや、忘れさせられていた記憶が、もう一度チナの中に組み上がっていくのだ。
前回もこうして、彼らを危ない星まで運んだ記憶。
彼女らは、人に素性を知られてはならない。だから、前回の仕事が終わった後に、サンドは彼らに記憶処置を施したのである。
パペットを運んだことなど、何も覚えていないように。
民間の船を、最低限のクルーで使うのは、極力プァンスを人目にさらさないため。軍にも、彼女の詳細を知られたくないのだ。
そして、自由に船内を歩き回らせ、おいしいものを食べさせるため。
でも。
そんな、難しい理屈なんか、チナにはどうでもよかった。
「私の料理を、忘れないでいてくれてありがとう」
チナは、彼の腕の中のプァンスを、覗き込むように微笑んだ。
だからまた、アルバに仕事を頼みにきてくれたのだ。
雷のお菓子と桃が大好きな、可愛い王子様。
「うわ…うわーん、うわーん!」
もう成長こそしなかったが、あんまり大きな声でプァンスが泣き始めるものだから。
「何事だ! って、またなんか育ってねぇか? つか、うるせぇえええ!」
操縦室から飛び出したアルバが、いろいろ忙しそうだった。




