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撃墜女王と操り人形の王子  作者: 霧島まるは
操り人形の王子
12/14

魔法使いの言葉、ネズミの言葉

 チナの朝は──忙しい。


 彼女より先に起き出しているアルバのところへ、最初にキスを届けにいくところから始めなければならない。


 操縦室だ。


「おはよう、あなた」


「おはようさん」


 憮然とした顔が返ってくるのは、昨夜のプァンスたちのことが原因だろうか。


 夫は、チナより遥かに繊細だ。そう彼女は思っている。


 いろいろなものを、気にしすぎるのだ。


 夫への挨拶が終わると、厨房にこもる。


 宇宙での調理の材料は、基本的にパウダーフーズである。あらゆるものを粉にして、それをブロック単位に固めてあるのだ。


 長期保管、備蓄、そして量や種類を豊富に用意できる点から、優秀と言われている。


 宙船のシェフは、それをいかにおいしく再構築するかが仕事だ。化結レンジを使えば、限りなくオリジナルに近い形に化学結合できる。


 ふふふ。


 チナは、化結レンジが魔法のように、分子結合していくのをドアごしに見るのが大好きだ。レンジに入れる前に、いろいろミックスするのも楽しい。


 上手にミックスできれば、すみやかに、そして美しく一品完成する。出来上がるの結合を想定して、いかにおいしく作るかがシェフの腕の見せ所だった。


 その魔法のレンジが、なんとここには四基も搭載されていた。船の規模を考えると、絶対に厨房設備だけは特注だと分かる。


 乗り込んで最初に厨房の設備と、積み込まれるパウダーフーズの量と種類を見た時、チナは思った。


 たくさん食べるのね、と。


 ただ。


 不思議なこともあった。


 これと同じ光景を、いつか見た気がするのだ。


 既視感と言えば、簡単に片付けられるようなこと。だが、それは一度だけのことではなかった。


 船に乗り込んできた男に、アルバが「妻はどこか」と聞いた時、自然にトランクに目がいったのは、偶然ではないと思っている。


 どうしてかしら。


 次々と朝食を完成させながら、チナはぼんやりと思った。


 私、プァンスを知ってるみたい。


「ごーはーんー」


 聞こえてきた大きな声に、くすっとチナは笑った。


 王子様のお目覚めのようだ。


 さっそく出来た分から、テーブルの方へと運ぶ。


「おはよう、プァンス。サンド」


 最初のお皿は、全部プァンスの前。


「おは…もごっ…んぐっ」


 挨拶も途中で、少女は食べ物を口の中に押し込み始めた。そんな彼女を、じっとサンドが見ている。


 表情は変わらないが、愛しい匂いのする横顔だ。複雑な理由があるのだろうが、信頼と愛と絶望が、チナには見えていた。


 アルバがこれを聞いたら、「ちょっと待て、最後のはなんだ!」とツッコんできそうだ。


 そう考えると、ますますおかしくなる。そんなツッコミをされても、そう感じるとしか言いようがなかった。


 ただ。


 プァンスは、王子様だ。王子様の仕事は、お姫様を絶望から救い上げて、幸せな結末へ連れて行くこと。


 だから、いま絶望のマントがひるがえっていても、チナは全然気にしていなかった。



 ※



 食事が中盤まで進んだら、サンドの分も並べていく。彼に近づくと、不思議な香りを感じて、チナはすぅっと息を吸う。


 それが何の匂いか、少し気になる。香水というより、本当に微かな微かな体臭といったほうがいいか。


 アルバの耳と目が最高なら、チナは鼻と舌が最高なのだ。


 なんだろう。


 舐めてみたいなぁ。


 人の旦那を捕まえて、チナはすごいことを考えていた。自分の本能に従うとするのなら、それは──おいしそうな匂い、に通じているのだ。


「なに? サンドがどうかしたの?」


 口の周りをいっぱい汚したプァンスが、チナを見ている。彼女に、食事をやめさせてしまったようだ。


「んー…すごいおいしそうな匂いがするの」


 なにかしらー。


 チナは、素直に言葉にした。別に、隠すことでもなかったのだ。


 それに、プァンスが「ああ」という顔をした。


「あったりまえだよ、サンドもあたしのご飯だもん」


 あっけらかーんと、彼女がそれを説明してくれる。


「なるほど~…それでおいしそうなのねぇ」


 謎が解けて、チナは手を打ちながら厨房へと戻ったのだった。


 すっきりしたわー。



 ※



「待て、チナ」


 操縦席に座ったままのアルバにご飯を届けにきたら、引き止められた。


「なぁに、あなた?」


 食べているところを、眺めててもいいのかしら。うふふっと微笑みながら、チナは副操縦席に座った。


「いま、なんつった?」


 肉にフォークを突き立てながらも、夫の目は彼女に釘付けだ。


「いま? って…ええと」


 何か、気軽な雑談をしていた気がするが、気軽過ぎてすぐに思い出せない。


「いま、『私、あの人たちと会ったことあるかも』って、言ったよな」


 夫に復唱されて、ようやくつながった。そうそう、そういう雑談をしていたのだ。


「ええ、そんな気がするわ……だって、いろいろ知ってる気がするもの」


 彼らを感じたり、話を聞くごとに、チナの隙間のパズルが埋まっていく気がするのだ。


 レンジ4基の厨房、トランクの少女、サンドリヨン、雷のお菓子。


 難しい顔をしているアルバは、どうもそれを歓迎していない気がした。


「でも…会ったのは夢の中かもしれないわよ」


 うふふっと、チナは笑った。


 子供の頃から、チナは不思議な感覚といっぱい出会ってきたので、もしそうだったとしても、まったく問題はない。


 それに、どんな不可解なことがあっても、アルバは絶対にチナを離したりしないと知っている。その感覚は、彼女をどれほど幸せにしたことだろう。


「いま、軍のラインから、ちょいちょい情報を抜いてるんだが…」


 アルバは、計器に目をやった。


 そういえば。


 この船が軍港から出るとき、ラインを一本、軍とつないでおくとかなんとか、サンドとアルバが話していたような。


 まだ、彼らの正体(?)に、アルバは興味があるのだろうか。道理で、今日はここにずっと閉じこもっているはずだ。


 探偵ごっこを、しているのだろう。


 彼らの正体なら、プァンスとサンドリヨンと、ちゃんと教えてあげたのにと、チナは首を傾げながら考えていた。


「オレの推理が確かなら…」


 肉をかみちぎる、ワイルドな歯。うっとりと、チナがその食べっぷりにみとれようとした時。


「多分…あいつらは…『パペット』だ」


 食べ物を口に入れながら、夫はそう言った。


 パペット。


 チナは、頭の中でその言葉を繰り返してみた。


 しっくりこない。


「変な名前ね……でも、プァンスとサンドでいいんじゃない? 気に入ってくれてるみたいだし」


 チナは、首を傾げながら意見を言ってみた。


「そうっ……じゃねぇぇぇ!」


 肉を噛みながら、髪をかきむしるアルバ。


 食事中に、髪を触るのはちょっと。


 そう言いかけたが、聞いてくれる状態ではないようだ。


 うーん。


 チナは、困ってしまった。


 彼らがパペットであるという事実が、どうにもアルバをいじめている。


「あのプァンスが、あのパペットなんだぞ!」


 そう言われた瞬間。


 あ。


 チナの頭の中に、パズルがまたひとつはめこまれた。


 これと、まったく同じやりとりを、したことがあったのだ。


 しかも。


 アルバと。


 チナは嬉しくなった。


 この、既視感は自分一人のものでも、夢のものでもないと分かったからだ。


「あなた、あなた!」


 チナは嬉しくなって、夫に抱きついた。


 ガシャンガシャンと、彼の持つ皿の上でフォークが踊って激しい音を立てたが、上手に落とさないでいてくれる。さすがは、彼女の夫である。


「わっ、たっ! なんだ、チナ!」


 突然の感激の抱擁に、アルバはびっくりしている。


「あなたもよ、アルバ。あなたも、プァンスとサンドを知ってるのよ!」


 チナが、彼らに会ったことがあるのではない。


 二人で会ったのだ。


「だから、パペットだって言ってんだろ」


 しかし。


 アルバは、まったく見当はずれなことを、最後まで言い続けたのだった。



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