ネズミの御者は真夜中に惑う
一日、4食。
毎回10人前は食べる。
だが、髪が伸びたり成長したり、というのは、最初以来見ていなかった。
食べてしばらくすると、うとうとし始める。そうなると、サンドの旦那が、彼女を抱いて寝室へと連れて行く。
夫婦っつうより──子守?
それが、アルバの印象だ。
「備蓄、大丈夫か?」
二人が寝室に消えて、アルバは妻に聞いてみた。食料の減り方が、ハンパないはずだ。そっち方面の手配は、専門家の妻に任せているので、彼は知らなかった。
「大丈夫よ……軍の人が、たーくさん積んでくれたから」
妻は、にこにこと大きく手を広げてみせる。たーくさんをアピールしたかったのだろうが、出所が問題だ。
「軍ねぇ」
百歩譲って、あの男が軍関係者だとしても、チビ嫁であるプァンスが軍人とは思えなかった。
別の意味では、異様な存在なのだが。
「何も心配いらないわ……あなたは、上手に彼らを運んで降ろしてあげて」
微笑みながら、チナは猛烈な食事の跡を片付け始める。
「そこまで優遇されるんなら、なんで軍の船で送ってもらわねぇんだろうな」
あの星の掃除に行く、なんて──深読みすれば物騒な内容なのに、民間の操縦士を使うっていうのが解せない。
軍なら、余裕で彼女の食事もまかなえるだろうに。
「ふふふっ、私達はカボチャの馬車なのよ…ちゃんと舞踏会に送ってあげないと」
チナは鼻歌を歌いながら、厨房へと消えていった。
チビがプァンス(王子)で、旦那がサンドリヨン(シンデレラ)ねぇ。
妻の説明に、逆じゃないかと突っ込んでみたことがあったが、キョトンとした顔が返されただけ。
ちくしょう、可愛い。
知的な表情が、あどけなくなる瞬間だ。チナのやらかす頓狂なことも、結局アルバのハートを打ち抜くだけだった。
それ以前に。
これまで、彼女がこの船でやらかしたことが、裏目に出たことはまったくない。どんな悪党を相手にしても、上手に食べ物で手なずけるのだ。
プァンスも、すっかりチナの料理にメロメロなのは、見ていて分かる。アルバには近づいてこないが、チナにはべったりだった。
ついさっきの、食事の時だって。
「雷のお菓子が食べたい」
と、名指しでデザートの注文をしていた。
雷のお菓子ってなんだと思ってみていたら、チナがにこやかに、山盛りのエクレアを抱えてきた。
なんで、雷でそれが出てくんだよ、そんで当たってるのかよ!
変人同士の独特の世界に入れず、アルバは唸ったのだ。
ただ。
「あなたに、きっと力を与えてくれるわ」
妻が、よく分からないことを言ったら。
エクレアに伸ばしかけた手を、プァンスが一瞬止めた。
あの食欲魔人が、食べるのを止めるなんてと、アルバが驚いた瞬間だった。
ただ。
「えへへ」
何故だろう。
アルバには、その時のプァンスが少し泣きそうに見えた。
※
操縦士は一人。
しかし、アルバだって睡眠を取らなければならない。到着まで、あと10日は間違いなくかかるし、ここはまだセーフティエリアだ。
遠隔コンパネを手元に置いておけば、一応睡眠を取ることは可能である。
「いまのうちに休んどくか」
標準時では、もう真夜中だ。チナも既に、夢の中だろう。
寝室に向かおうと、アルバは操縦室から居住エリアへと向かった。最小の薄暗い照明の中、奥の寝室へと歩いていた時。
彼は──聞いてはならないものを、聞いた。とてもとても小さいが、声が漏れてくるのだ。
アルバが、自分の耳のよさを、恨む瞬間でもあった。それは、女の、いわゆる、そういう声に、聞こえたのだ。
うぉい!
彼らのドアに向かって、叫びたい気持ちを、アルバは必死で抑えた。ピアノをフォルテッシモで殴り弾いたとしても、音は外には漏れない。それほどの、防音力のある壁のはずだ。
なのに、なぜ漏れる!
詳しく考えたくなかった。中で、あの嬢ちゃんが、猛獣のように雄たけびをあげている──それが答えだからだ。
もしかして、虐待とかの方じゃないだろうな。
さすがに信じがたく、アルバは彼らのドアの前で立ち尽くす。
すぅっと、後方のドアが開いた。びくっと振り返ると、寝室から起き出してきたチナと目が合う。
メガネのない目を、少し眠そうにこすっている。
「あっ、いや、これは…」
決して、盗み聴きとか覗きとかではなく。
アルバが、妻に言い訳をしようとしたら。
その身体を、妻がぎゅーっと抱きしめてきた。
寝起きのチナは、何故かバニラの匂いがする。それが、ふわっと鼻先をくすぐった。
「大丈夫よ、あなた……心配いらないわ……寝ましょう」
そして、寝室に引っ張り込まれた。
うーん。
妻は、あの二人のことを理解してしまったようだ。だが、それを言葉に変換する能力は備わっていなくて、聞いてもかみ合わない答えが返ってくるだけ。
だが。
チナが心配ないというのなら。
大丈夫なのだろう。
多分。




