王子様と魔法使いのシェフ
船を自動航行に切り替え、アルバはようやく操縦席を離れることが出来た。
非常時用の船の遠隔操作コンパネを片手に、居住デッキへ移る。
妻が一人で、あの二人の応対をしているのが、ちょっと──ではなく、かなり気になっていたからだ。
そして、彼は見た。
この世の全てを、食らい尽くすんではないかという勢いの少女を。次々に運ぶチナの料理は、またたく間に片付けられていく。
「あら、あなた……あなたも食事にする?」
微笑む妻には悪いが、アルバはうっぷと口を押さえていた。普段、人より食べる自覚のある彼から、食欲を奪うなんて、とんだモンスターだ。
「おいしい、すっごくおいしい」
だが。
顔のあちこちに食べこぼしをくっつけたまま、依頼主の妻は大満足の笑みを浮かべた。
ん?
その髪が。
出港前に見た時より、少し伸びている気がした。
ベリベリベリショートだった髪が、普通のショートに見えるのだ。
まあ、それは勘違いにしても、この二人が夫婦という事実が解せない。
男はどう見ても成人しているが、対する彼女は、多く見積もっても中等科が終わったかどうかくらいだ。
こんな見た目で、年齢を止める人間などいない。ということは、彼女は今なお、成長中なのかもしれなかった。
しかし、きっぱり夫婦と言われたしなあ。
アルバの頭は単純で、複雑な話にはついていけない。
危険な仕事をやり終え、G.B.で騒いで、酒を飲んで、チナを抱えて眠る──そのサイクルが、アルバの基本であり、脳の活動パターンでもあったのだ。
考え込んでいる内に。
お、おい。
また、髪が伸びていた。
今度ははっきりと分かった。
完全に露出していた彼女の耳に、髪がかぶさっていたからだ。
身体も、一回り大きくなった気がする。
「うふふ、いっぱい食べて大きくなってね」
おおらかな妻が、また次の料理を持ってきた。
おいおい。
冗談じゃなく、本当にその言葉通りになりそうだった。
※
食事がようやく終わる頃には、すでに髪はおかっぱほど。姿は、高等科の生徒くらいになっていた。
それでも、ようやく女性と分かるくらいだ。
「ごちそーさまっ、んー、チナの料理サイコー」
皿の上には、かけらも残らないほど綺麗に食べつくし、シェフに賛辞を贈る少女。
さすがにもう、アルバは驚かなくなって、少し離れたソファから、それを見ていた。
トランクで妻を運ぶ変人がいるかと思ったら、食べた端から成長する小娘と来たものだ。
「蓄積機関の調子が、よくないようだな…」
そんな大満足の彼女に、夫である男が小さくささやく。残念だが、アルバの耳と目は滅法いいから、きっちり聞こえていた。
「え? あ? 漏れてる? ほんとだ」
少女は、自分の頭に触って、アチャーっという顔をした。
「温存しなきゃいけないのに……いいよ、チナの料理ならいくらでも食べられるから」
えへへ。
片づけを始めたシェフに、彼女は満面の笑みを浮かべる。そんなチナが、片付けの手を止めて、少女を見返す。
「ところで…何と呼んだらいいのかしら?」
親愛のこもった目に、少女は一度男の方を見た。少し、戸惑っているように感じる。
「前にもらった名前でいいかな……結構気に入ってるんだ」
へへ、っと少女は笑いながら、奇妙な言葉を口にした。
「んー……じゃあ、私が思いついた名前はどうかしら?」
しかし、それに立ち向かうチナも、たいしたズレっぷりだった。自分が、相手に名前をつけようというのか。
「サンドリヨンにはダンスの相手が必要だから…あなたはきっと、王子様ね」
理解できない言葉の羅列に、アルバは空笑いをするしかない。時々、銀河の彼方みたいな表現をするのだ、チナは。
まあ、シンデレラとサンドリヨンが発音こそ違え、同じものだということは、古代文学好きの妻に叩き込まれていたので、何となく理解は出来る。
だがそれは、あくまで彼がチナの夫だからだ。
初対面の変人たちに、通じるはずが──
「あ、うん! それでいい! あたしはプァンス、こっちはサンドって呼んで」
なのに、少女は本当に嬉しそうに顔を輝かすではないか。
通じてんのか? それでいいのか?
変人同士の割り込めない空気に、アルバはずるっと椅子からずり落ちそうになった。




