異世界での産声
主人公の最後の方のセリフがわけわからなくなってしまいました。
まあ、本人なりに大事なことだと思って暖かく見守ってください。
「それにしても結構この森、大きいな。」
送られたところから人里目指して数時間、俺は今だにはじまりの森(俺が指定した魔物や人間の出ない森)から抜け出せずにいた。
「何せどの方向に町や村があるか分からないからな。下手にスピード出して人のいないところに出てもやっかいだし。」
そう、確かに俺にはチート能力があるし、装備しているザ・アクセルを抜けばそれこそそこら辺の獣や魔物なんかよりずっと速く進むことができるが、いかんせん進むスピードが速すぎる。これでもし人のいないところまでそのスピードで走っていったら、また戻るのに一苦労だ。自分のやってきたことが無駄だったと思い知ることほどへこむものはない。
「くそ、神様に適度に人里から離れたとこっていう条件を付けておけばよかった。まあ、そんなところほとんど無いだろうけど。」
そう愚痴りながらも進んでいく。すると、身体強化で強化された視力が、森の木々が途切れているのを視認した。
「やった!やっと森から出られる。確かに何もでなくて楽だったけど、いい加減飽き飽きしてたんだよな。」
そういうやいなや、駆け足で森の端まで常人とは比べ物にならないスピードで駆け出した。因みに、強化された視力が視認した森の終わりはさっき俊樹がいた場所から1kmほど離れていたのだが、その距離を文字通り音速で駆け抜ける。ザ・アクセルのなせる業だ。森を出たら何があるか分からないので、いちおう抜刀して、神速を発動させたのだ。
「よっしゃ、着いた。けど、森から抜けたら今度は平原かよ…。いい加減生き物の気配が恋しいな。」
いったん森から出るのはできた。しかし、出た先には今度は果てしない平原が広がっていたのだ。これは滅入る。
「中世ヨーロッパ程度の文明だからこういうのは珍しくないんだろうけどさ…。神様、いくら俺がぼっち希望だからって、人どころか建物すらないところに飛ばさなくてもいいじゃん。」
だが、文句を言っても始まらない。森を歩いていた時よりは若干速いペースで、周囲の物(といってもほとんど何もないのだが)に鑑定をかけて、暇をつぶす。探査の発動も忘れないが、『動物・人間・魔物』で引っかかるものが何もない。作ってからずっと何も反応しないので、もはやうまく作れなかったのでは?と疑うレベルだ。
「いい加減何もないここら辺には飽き飽きしてきたな。これは多少の面倒には目をつぶって、高速移動してみるしかないかな?」
そういいながら目の前を見ていると、木でできた看板が立っていて、その後ろ側にはこれまた木でできた柵が結構な長さで組まれていた。
「なんでこんなところに看板が?それになんだ、この柵。」
看板は俊樹が進んできた方からだと裏側だったので、柵を軽く飛び越え看板を見てみる。するとそこには
警告
ここから先は進入禁止区域です。魔獣の群れが不定期に、大量に出没することがあるので引き返してください。
冒険者ギルド ポーラス支部
「まじかよ、進入禁止区域って…。道理で誰も出会わないわけだ。動物や魔物がいなかったのも、この大量発生のせいだな。きっとそいつらに食い物にされたに違いない。」
でも、ここに警告があるってことは、ここら辺にはまるっきり人間がいないってわけではなさそうだな。進入禁止区域の近くにわざわざ街を作ったりはしないと思うが、そう遠くないところに街がありそうだ。
「そうと決まれば走っていくかな。強化された体がどこまでのものか確認したいし。」
瞬間、その場から俊樹の姿は消えた。はたから見れば瞬間移動でもしたみたいに思うかもしれないが、実際は全力でスタートダッシュを決めたに過ぎない。
「うおおおおおお!速えええええええ!でも楽しいいいいいいいいい!」
現代日本だったら即通報者のレベルだったが、誰も見ていない平原であり、自らのスピードによっていた俊樹はそのことに気付かないまま、平原を音になって駆け抜ける。
そのスピードで少し進むと、常に起動させておいた探索に初めての反応があった。
「色は赤が3つと青が…10か。魔物が3匹と人間が10人だな。中規模パーティーかなんかと魔物が戦闘でもしてるのか?なんにせよ、初めての人間だ。人間の方に加勢して、助けよう。」
もし森から出るまでに俊樹が誰かしらと会っていたらもしかしたら俊樹はこの人間たちを助けなかったかもしれない。なぜなら俊樹は何でも作ることのできるチート能力があるが、この世界の物が何一つ手元にない以上何を作り出せば怪しまれずにすむのか分からないのだ。結果、今現在、俊樹は先立つものが何もない状態であり、事前に誰とも会っておらず情報不足な現状ではこの人間たちを助けて情報をもらうしかないのだ。
「ここから見えるけど同じようなやつが三匹。結構でかそうなやつな上、固そうだな。こりゃ急がないと。」
俊樹はザ・アクセルを左手に持ち、右手でザ・デストロイを持った。これで音速の速さで、絶対的な破壊を生み出すことができる。いくら固そうとはいえ、おそらくあの魔物たちはひとたまりもないだろう。
俊樹は音速ですぐさまその集団のもとに移動すると、声を張り上げて馬車の近くで魔法による後方支援を行っているローブを着た女性に声をかけた。
「加勢する。俺が言ってもわからないだろうから、あんたから前で戦っている奴らに伝えてくれ。」
「え?あなた一体…」
「いいから早くしろ!このまま全滅したいのか!」
俊樹は短慮だとは思いつつも、目の前で人間が命の危機にさらされている現状を見て声を張り上げた。
「わ、分かったわ。 皆、聞いて!加勢に一人来てくれたわよ!」
そのセリフを彼女が言い終わるのを待たず、俊樹は文字通り跳び出した。
その場で片足で踏み切り、前方で魔物たちと戦っている男三人の横までたどり着くと、右端の男を弾き飛ばそうとしていたミミズ型の魔物の尻尾での攻撃を右手に持ったザ・デストロイで真っ向から弾く。本来なら俊樹はその体格差と重量の差からそのままつぶされるところだが、身体強化と奈落の軽鎧の衝撃無効、打撃無効の効果によって踏みとどまる。それどころか、ザ・デストロイの絶対破壊属性の効果により、ミミズ型の魔物の尻尾が逆にはじけ飛んだ。
「ぎしゃああああああああああああああ!」
ミミズ型の魔物が自らの尾を完全に破壊された激痛で、悲鳴を上げる。
「ウソだろ、サンドワームの尾を吹き飛ばしやがった…」
「い、一体何者なんだ…」
「なんにせよ、頼りになりそうだ!お前ら、気い抜くな!まだ全部生きてやがるんだぞ!」
前の三人はあっけにとられていたが、リーダーらしき人物に激を飛ばされ、はっとしてすぐに臨戦態勢を取る。そうだ、いくら一匹の尾を吹き飛ばしたとはいえ、まだこの窮地を脱出していないのだ。まだまだ気は抜けない、と全員が思ったが、
「なんだ、この程度か。こりゃちょっと小突けばすぐ終わるな。」
は?と俊樹以外の全員が思った。サンドワームはギルドのランク付けで言えばAランクの魔物であり、その岩のように固い皮膚のせいで剣戟がまるで通じず、打撃武器でやっと少しダメージを与えられる魔物であり、本来なら複数の魔法使いが遠距離から魔法による砲撃で集中砲火で倒さなければならないほどの化け物なのだ。それを『この程度』呼ばわりしたのだ。この少年は。しかし当の本人は余裕の態度で、
「サンドワームって言うのか、お前ら。まあ、急いでいるわけじゃないけどあの人たちに聞きたいことがあるからちょっと死んでくれ。」
とのたまった。そこからは全員が目を疑った。なにせ瞬きする暇もなくサンドワーム達が頭を破裂させ、倒れていったからだ。
俊樹本人からすれば、ただ音速でサンドワームに接近し、そのままザ・デストロイを頭と思われるところに振り下ろしただけなのだが、端から見ればサンドワームの頭が一瞬で破裂したようにしか見えない。
「さて、邪魔はなくなったな。周囲にほかの魔物の反応はないし、もう大丈夫だろう。」
そういって俊樹は剣をしまい、さっきほかの男二人に激を飛ばしていたリーダーらしき人のところに向かった。
「災難でしたね。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。助太刀、感謝する。それにしてもあんた強いな。見たところ10代ってところだが、ランクはどれくらいなんだ?」
「ランク?すいませんけどちょっと事情があってここのことが全然わからなくて、ランクというのもまったくわからないんです。」
そうしたらリーダーらしき人物だけでなく、ほかの二人も驚いたようだった。表情が疑問と驚愕で埋め尽くされている。
「とにかく、あっちの馬車と合流しませんか?あの女性もあなたたちの仲間でしょう?」
「お、おお。そうだな。とりあえずやることもたくさんあるし、馬車と合流してこれからの事を話し合おう。」
ところかわって馬車にて。
「俺はガルク。このパーティーのリーダーだ。よろしく頼む。」
「自分はギルっていうっす。さっきはどうもあざっした。」
「僕はルークといいます。重ね重ね先ほどはどうもありがとうございました。」
「私はシエラよ。このパーティーの紅一点よ。よろしく。」
さっき一緒に戦闘をした(実際は俊樹が一人で倒したが)パーティーの面々が自己紹介と礼の言葉を告げてくる。
ガルクは大柄な大剣使いで、いかにも筋骨隆々としている。戦闘ではギルと一緒に前衛をするそうだ。ギルはガルクほどではないがしっかりとした体つきをしていて、スピード重視の軽剣士タイプで、ガルクと一緒に前衛を担当している。
ルークは男たちの中で一番整った顔立ちをしていて、さっきは短剣で戦闘をしていたが弓で後方から攻撃するが基本だそうだ。さっきはサンドワームが固すぎるため弓は役に立たなかったため、前衛に加わったとのこと。
シエラは飛び切りの美人といほどではないが、その親しみやすい感じから、少し仲良くなれば惚れる男が出てくると思う。担当は魔法による後方支援で、さっきは魔力切れで回復をはらはらしながら待っていたらしい。
「次は俺だな。俺の名前は…」
ここで思った。もう俺はあの世界に、日本にもう戻れない。ここでまったく違う人間として新しい人生を送らなければならないのではないか?過去と決別、というほど立派ではないが日本にいたころの周りに流されながら無気力にただ毎日を過ごすことはもう嫌だし、それが許されないような世界に自分から選んで来てしまった。ならばけじめとして自分の行動の理由を持ち、新しい人生を始めなければならないように思う。
木村俊樹はあの世界の人間で、もう死んだ。俺はもう『木村俊樹』でいてはいけない。新しい世界での、新しい自分の名前は…
「俺の名前は…シキだ。まあ、どうでもいいけどな。」
俺、シキはこの瞬間、この世界での産声をあげた。