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プロローグ



「やっと着いたわね」

 彼女の立っている場所は、人里離れた周囲が山に囲まれているだけの大きな建物の屋上だった。

 薄く吹いた風が女の髪を撫で、隠れていた顔が露わになる。

 現れた色は蒼。

 微かな光源によって浮かび出されたその色は、彼女の綺麗な顔を彩るパーツの一つであった。

 その二つの蒼を、彼女はヘリの方へと向ける。

 彼女を送ってきたばかりのヘリは轟音を上げて飛び立ち、彼女を一人残してアメリカへと戻っていった。

「……」

 彼女の周囲には人の気配もなく、時の流れさえ遅れてしまうのではないかという静けさ。

 だが、その静寂を破るような物が彼女に迫ってきていたのだ……。

「……っ!」

 彼女はそれに気がつくとその場から後ろへと跳躍し、音も立てずに着地した。

 膝をつく形で自分の居た場所に目を向ける。

 先程まで彼女が居た場所の地面には、数本のナイフが刺さっていた。

 そして、彼女が誰の仕業かと考える間もなく、それは襲い掛かってきた。

 誰もいなかったはずの場所に突如現れた小さな影。

その影が、彼女に向けて下から拳を繰り出した。

 驚異的な速度で近づいてきたその影は、常人ならば知覚できる速さではない。

そう常人ならば……。


雲で隠れていた月が顔を出す。

 月光に照らされ、小さな影の正体が露わとなった。

 見た目は中学生くらいの少女の姿。

 だが、その少女の顔を見ても彼女の動きに澱みはない。

 女は顔面を目掛けて放たれた拳をいとも簡単に避けると、通り過ぎた少女に背後から両手を組んで、叩き付ける様に振るう。

 すると、少女が一瞬で振り向き、頭上に腕を交差し受け止めた。

 肉と肉がぶつかり合う大きな音が周囲に響く。

 その威力が如何ほどのものかを、象徴するかのように少女の足元のコンクリートはヒビが入り、砕けていた。

 だが、少女は躊躇する事なくその手を掴み取ると投げ飛ばした。

 その小さな体のどこにそんな力があるのかと疑いたくなるが、現実に目の前にあるのだから信じざるを得ない。

 女は空中で半回転し、体勢を立て直して着地するとすぐさま少女へ向けて飛び掛った。

 正面から突っ込んでくる女を、少女は迎え撃つために自らも武器にして突進していく。

 大きさの違う影がぶつかる瞬間――

 少女は拳を避けるとそのまま女の腕に飛びついていた。

「やるわね」

 女は呟きながら、腕を抱えるようにしてぶら下がる少女をもう片方の手で叩き落とそうとする。

 しかし、少女は彼女の腕を抱え込んだまま下方に向けて体を落とした。

 その急な力の移動でバランスを崩した女は手をつくと、

「甘いわよ」

 片手だけを使い逆立ちの要領で体を支えると、その格好のまま腕にしがみ付いていた少女に膝を繰り出す。

 少女は口に笑みを宿すと、一瞬で弾けるように腕を放して地面を蹴った。

「そう簡単にはいきませんよー」

 女は避けられる事を分かっていたのか、表情を一切変えずに体勢を立て直そうと足を地面につける。

 だが、あの一瞬の間に五メートルは離れていた少女はそうはさせないとばかりに、どこからか取りだしたナイフを彼女目掛けて放った。

 微かな光に反射した銀光が煌めき、彼女に迫る。

 それでも女は自分の急所に迫るそのナイフを、なんでもない事のように簡単に指で挟んで止めた。

 それによって少女の笑みは更に濃くなる。

 女がナイフを地面に捨てると金属が跳ねる音が周囲に響き、それを合図にしたかのように少女が再び地面を大きく蹴った。

 この間、およそ数十秒程の出来事。

 地を這うようにして迫る少女を視界に認めると、女も迎え撃つ為に構えなおした。

 そして、二人が交錯する瞬間――

少女の攻撃を跳躍して避け、そのまま背後に回って蹴りを叩き込む。

 攻撃を仕掛けていた小さな影は、避けられた反動で隙だらけ。

 これは避けようがない攻撃だった。

 それほどに致命的な隙。

 しかし、間違いなく少女の首筋に収まるはずだった彼女の足が、なぜか空を切っていた。

 少女はある『力』を使い避けていたのだ……。


 そのあまりにも異常な光景は、誰が見ても裸足で逃げ出すほどに逸脱している。

 なぜなら地面から少女の顔だけが覗いていたのだ。

「……さすがね」

 そんな光景を見ても表情を変えることなく彼女はそう呟くと、ゆっくりと体から力を抜いた。

 首だけで振り返りニコリを笑うと、少女は地面から飛び出す。

 体の調子を確かめるかのように腕を振り、少女は彼女の顔を見た。

「久しぶりですねー。元気ですかー?」

 少女は、先程までの行動が嘘のように友好的に話しかけると近づいていった。

「随分な挨拶だったわね。ああいうのはやめて欲しいわ」

 女はそう言うと、服の乱れを直しながら歩き始めていた。

「えへへー」

 笑いながら、少女も後に続く。

 屋上を出る為のドアはすでに目の前。

 辿り着く頃には、少女の表情からは笑みが消えていた。

「……いよいよですねー」

 少女が俯きながら呟く。

「……えぇ、そうね」

 その様子を肌で感じながら女は答えていた。


 そして……。


ゆっくりと……。


屋上のドアが閉じた……。






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