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ドットムートの騎士  作者: sularis
少年時代
9/30

少年時代~4

申し訳ないですが、前話が修正されたので、この話を読む前にそちらから読んでください。

 はっきり言って、それからしばらくは、何が起きたのかよく分かっていない。正確には、覚えてはいるが、意識がぼんやりしていたような気がする。


 女神に手を引かれて屋敷を出た後、俺は夢遊病者のように王城へと向かった。王城は何故か蜂の巣を突いたような騒ぎだったが、何事か訊ねる必要はなかった。俺を見つけた連中から、グランス皇国の軍が王都のすぐ側まで迫っているのが発見されたという事を聞かされたからだ。

 ああ、これが女神の言っていた敵か。

 俺の敵なんだな。

 そう、すとんと腑に落ちると、俺はすぐに自らが指揮する兵士達の下へと向かった。謁見の間がどうとか、将軍達がどうとか、そんなことを言っていた連中がいたが、そんなものはどうでもいい。

 この憎しみのままに、敵を切り刻めればそれでいい。

 部下達のところに行くと、部下達も大騒ぎをしていた。当然だ。

 敵が予想も出来なかったほど近くにいたというのだから、驚かない方がおかしい。

 となると、今の俺はおかしいのか?おかしいのかもしれない。

 ……まあ、どうでもいいことだが。

 すぐに各隊の隊長を呼びつけ、皇国軍を迎え撃つために、出撃する旨を伝える。

 部下達が出撃の準備をしている間に、伝令がやってきて、皇国軍について分かっている限りの情報を置いていった。止めにやってきたのではなかったのは、幸いだ。

 そして、出撃して、今に至る。



「どうして、あの規模の兵力をみすみすここまで通してしまったのでしょうな」

「確かに。1万もの兵力がここまで気づかれずに侵入できるとは……」

 丘の上に陣取った俺の軍は、王都へと侵攻しつつあった皇国軍の進路を塞ぐ形になっていた。

 お互い、まだ弓などの飛び道具が届く距離でも無し、じっくりと互いの兵力を値踏みしている。まあ、細かい分析は一部の部下の仕事であって、他の暇を持て余した(?)部下達は先ほどから緊張感を和らげるためにか、雑談に興じていたが。

「まさか、他にも侵入している皇国兵がいたりしないだろうな?」

「いるかもしれんなー。あれを今まで発見できなかったんだぜ?監視の連中の目はどうにかしてるのさ」

 ちょっと俺から離れたところでは、そんな会話も為されていた。

 ただ、どうでもいい会話が大半ではある。

 どうやって敵がここまで来たのかなんて問題は、参謀本部にでも任せておけばいい。俺たちが考えるべきは、敵をどう蹂躙するかだけだ。

 ここに来るまでの間に、多少の冷静さを取り戻した俺は、そう考えていた。冷静さを取り戻していなかったら、何も考えずに全軍突撃させていただろう。

 ……それもアリなのだが。

「援軍は?」

 馬に乗ったまま側に控えている参謀に問うと、

「編成にしばらく時間がかかるそうです。なにぶん、グラスティ公がまだ見つからないため、手間取っているとか……」

 王都との間に伝令を大量に行き来させて、最新の情報の把握に躍起になっている参謀は、そう答えた。その視線は、グラスティ公――つまりお父様について聞きたそうだった。

 教えてやるかどうか、しばし考え……

「我が父は暗殺者の凶刃に倒れた。既にこの世にはおられない」

 と教えてやった。あれが暗殺だったかどうかは怪しいが、似たようなものだろう。

 ただ、お父様のことを話したことで、怒りと憎しみがまたうごめき始めている。

「な……」

 絶句している参謀が余計なことを言う前に、

「父がいないと援軍が編成できないというなら、援軍無しで戦うことになるんだな?」

「あ、は、はい。そうなりますが、それでは必ずしも勝てるとは……」

 さすがに目の前の戦闘のことを持ち出されると、サッと思考が切り替えられるあたり、それなりに優秀だ。

「敵軍はおよそ1万。それに対して我が軍は半分程度の6千。数の上では圧倒的に不利です。ただし、相手はここまでの進軍でそれなりの疲労をためていると思われますので、数の差はそこまで大きく考慮せずとも良いでしょう。

 また、相手はこちらに援軍が来る可能性を考慮して動かねばならず、それにより戦術が制限されるはずです」

 参謀がつらつらと並べ立てた状況の分析結果を一通り聞いた後、お父様のことを話して再び怒りと憎しみに支配されつつあった俺は気になっていた2つの事を確認した。

「敵の頭を潰せば、皇国軍はどうなる?」

「まあ、当然士気はがた落ち、こちらの戦力が激減でもしていない限り、あっという間に降伏するでしょう」

「では、敵軍の将軍はどの辺にいるか分かるか?」

「……殿下、何を考えておいでで?」

 怪訝そうな顔になった参謀の質問は無視し、改めて問い直す。

「敵の将軍はどの辺にいるのかと訊いている」

「……余程自分の力に自信があるのでしょうな」

 そう言って参謀が指した先は、事もあろうに敵軍の最前列だった。

 特に目立つ目印などはないが、そこにいるというなら、確かに余程自信がない限りは無理だ。ちょっとやそっと腕が立つくらいでは、押し寄せる無数の敵兵相手に、たまたまやられてしまいかねない。

 だが、それは俺にとっては好都合だった。

 確かに敵は憎い。だが、下っ端の兵士はさすがにブルードのことなど知りもしないだろうし、関係もないだろう。そんな連中まで皆殺しにするつもりは無かった。そもそも、人一人の体力で1万もの軍を殲滅することは不可能なのだから、殺しても大して気が晴れない下っ端など放っておくに限る。

 ただ少なくとも、敵軍の頭を殺す役割を誰かに任せるつもりはなかったし、お父様達を死なせた黒幕とやらを殺すまでは、こんなところで死ぬ気もない。

 ならばどうするか。

 簡単だ。

 俺が先陣を切ってさっさと敵の頭を殺せばいい。

 敵の大将は相当腕に自信があるようだが、そんなものは聖剣の前では何の意味もなさない確信があった。

 ならばそうしよう。

「全軍に伝達。三角陣形で突撃。敵の将軍を討ち取り、一気に降伏させる。降伏しなかった場合は、そのまま敵軍の殲滅を行う」

「殿下、それは作戦でも何でもありません!ただの無謀な……!」

 反対を唱えてきた参謀の喉元に聖剣を突きつけ、黙らせる。

「問題ない。俺が敵将軍を殺せば済むことだ」

 冷ややかにそう言い放ち、剣を腰に戻す。

「そもそも、この軍はまだ寄せ集めだろう?数日前に集められたばかりの軍に、複雑な作戦などこなせるものか。

 それに万が一俺が討たれるようなことがあっても、三角陣形なら軍のほとんどが交戦に入る前に撤退も出来るはずだ。問題は無いだろう?」

「た、確かに殿下のおっしゃるとおりかも知れませんが、それでは殿下ご自身の安全が!」

 保身のためか何か知らないが、剣を突きつけてきた知り合って僅か数日の相手の安全を考えるとは、ずいぶん真面目な参謀だ。さすがに苦笑し、

「なら、俺が敵の頭を潰すまでの間、俺を守る護衛役でもつけることだな。必要ないと思うがな」

 参謀もそれ以上はこちらが譲歩しないと思ったのだろうか、その譲歩だけでもマシだと思ったのだろうか。

「本来なら、援軍がついてから動くべきなのですが……やむを得ますまい」

 剣を突きつけられた時点でこちらの本気が分かっていたというのもあるだろうが、ぶつぶつ言いながら俺の案を受け入れることにしたようだ。

 すぐさま何人かの伝令を走らせ、軍に参加している騎士団の中から腕に覚えのある騎士達をかき集め、口を酸っぱくして俺を死なせないようにと厳命する。

「じゃ、行くとするか」

 まだ、俺の決定に半信半疑な周りを黙らせるために、再び腰に下げていた聖剣をとり、今度は大きく頭上に掲げる。

 金色の刀身といい、柄頭に埋め込まれた赤い宝石といい、全体を覆う緻密に掘られた文様といい、一見装飾剣にしか見えないそれは、女神曰く正当な使い手である俺の意思を受けて、ほんのり光っている。

 一瞬、ただそれの美しさに目を囚われた騎士達は、しかしすぐにその光に気づき、ざわめき始める。

「まさか、魔剣か?」

「ただの装飾剣じゃなかったのか……」

「殿下の自信はあれだったのか」

「あれなら行けるか?」

「行けるかも知れない」

 半信半疑だった騎士達が、行けるかも知れない、から、絶対に行けると確信するまでさほど時間はかからなかった。

 魔剣はそれほどまでに貴重で、そして強力な代物なのだ。

 兎に角、周囲の騎士達や部下達の雰囲気も良くなると、そこから士気の高さが伝播し、僅かな時間で全軍がその気になってきた。

 気分の問題で聖剣を掲げただけなのに、思っても見なかった効果が得られたが、これで周りの雑魚を気にしなくて良くなったというなら、万々歳だ。

「全軍、突撃!」

 叫ぶやいなや、乗っていた馬の腹を蹴り、俺は敵陣へと駆けだした。

「殿下に続けー!!」

 後ろでもそんな声が次々と上がり、軍が動き出す轟きが鳴り響く。

 正面の丘の上でも、こちらの動きに気づいていたのか、皇国軍が動き始めていた。

 その正面中央。参謀が敵将がいると指摘した場所めがけて、馬を走らせる。

 数百メートルしか離れていなかった双方の間の距離は瞬く間に無くなっていき、俺は敵軍の中に飛び込んだ。

 さすがにいきなり敵将とは戦わせてくれない。

 敵将と思しきミスリル銀製の立派な鎧を着た相手を目に捉えたはいいが、すぐさまその左右から無数の騎馬が湧いて出て、俺の進路を塞ごうとする。

 無論、無駄でしかない。いや、俺の感情を逆撫でするだけ逆効果というヤツか。

 殺すべき相手の姿を確認しながらも、敵兵に邪魔をされ、憎悪よりも怒りが大きく膨れ上がる。

 その怒りにまかせて突き出されてくる槍を途中からぶった切り、すれ違いざまに相手の胴を薙ぐと、鎧もろとも手応えすらなく相手が真っ二つになった。

 異常なまでの切れ味に驚きながらも、満足し、次の相手を受ける盾ごと切り裂く。

 その防具が一切役に立たないこちらの攻撃に、明らかに敵の騎馬がひるんだ。

 そのひるんだ敵の間を、馬を駆って一気にすり抜ける。

 無論、ひるみながらも突き出される槍や剣は無視できない。実際、俺が乗っていた馬の首にも剣や槍が突き立てられ……その直前に馬から飛び降りていなければ、どうと倒れ伏した馬の巻き添えになっていただろう。

「殿下!!」

 後ろから聞こえてくる護衛の騎士達の声が遠い。敵に阻まれて、距離が空いてしまったのか。

 ただ、その声を聞いた敵の反応が変わった。

「殿下?」

「殿下だと!?」

 何も考えずに突撃してきた若造がやたら強く手を出しづらかったから、首を取れば大手柄!といった具合だ。

 一瞬、後退して護衛と合流するべきかとも考えたが、既にそちらの道は塞がれ、破ろうとすると他から手痛い攻撃を受けそうな状況だった。

 まあ、元々敵将の首が目当てなのだ。退く必要など無い。

 周りから突き出された剣も槍も相手の腕ごとまとめて切り落とし、俺は敵将へ向かって駆けだした。

 敵将も既に剣を構え、俺が来るのを待っている。

 持っていた盾を捨てるのはさっき見た。

 俺が盾も鎧も何もかもまとめて斬り飛ばすのを見ていたのだろう。役に立たないと判断して捨てて身軽になる方を選んだということか。

 これ以上の部下の損耗を抑えるためか、周りの兵士達に手出しをしないように命じると、こちらへ向かって突撃してきた。

 それでも、こちらの方が有利だ。

 オリバー男爵から指南されている剣術は、スピード重視のものだ。加えて俺の力では重たい防具など装備すると、動きが極端に鈍るため、俺が装備している防具はせいぜいガントレットだけと言っていい。迂闊に攻撃を食らえば、致命傷になりかねない。

 だが、それは相手も同じ事。聖剣は鎧など紙切れ同然に切り裂いてしまうから、相手もこちらの攻撃を食らえばそれで終わりだ。それどころか、相手は俺の剣を受けるわけには行かない。剣で受ければ剣ごと切れる。

 だからだろう、相手はあと少しという距離で大きく右に逸れた。

 俺も立ち止まり、敵将に背中を見せないようにその場で向きを変え、敵将の背を追いかけようとして……思いとどまった。

 周囲は全て敵兵だ。特定の敵を追い回すなど、背中から攻撃してくれと言うようなものだ。案の定、怪しい動きをしていた騎士も一人や二人じゃない。

 逃がすつもりはないが、自分が死んでは元も子もない。

 俺に逃げられて困るのは相手も同じだろうから、どこへ行っても追いかけてくるだろう。

 ならばと、敵将と反対側へ駆けだし、その辺にいた雑魚を問答無用で切り払う。様子見とまでは行かないものの、まさかこっちに来るとは思っていなかった敵兵は軽い混乱状態に陥った。

「貴様ぁぁ!!」

 怒号を上げて後ろから襲いかかってくる敵将。

 まともに相手をするには、まだ周囲に敵が多すぎる……などと言っていると、終わらないか。どうせ、次から次へと敵兵は湧いて出るのだ。

 とりあえず、横にいた騎士の両手を切り飛ばし、その後ろに隠れてみる。

「くっ……!」

 部下には甘いのか、まだ絶命していない騎士を盾にした俺を前に敵将は足踏みした。

 だからといって、手加減する気はない。

 そもそも、呑気にしていたらいつ後ろから槍で突き刺されるか分かったものではない。

 盾にしていた騎士を、敵将の方へと思い切り蹴り飛ばし、その背に隠れて一気に距離を縮める。

 そして、騎士の身体ごと敵将を貫こうとして……手応えがない。

「がふあっ……!」

 叫んだ騎士の身体から剣を抜くのももどかしく、そのまま横へと振って敵将の剣を斬ろうとして、

「!?」

 剣の腹を叩かれ、軌道を逸らされてしまった。自信を持っているだけあって、相当な剣の腕前だ。

 確かにそれなら剣を斬られることはないな、と感心しながら、即座に後方へ飛び退く。

 すぐ目の前に突き出されてきた剣を見ながら、弾かれていた剣を引き寄せ、敵将の剣を斬ろうとする。が、すぐに引き戻され、間に合わなかった。

 どうやら、小手先の技は効かないと考えた方が良さそうだ。

 かといって、こちらが追いかけたら、さっさと逃げるため、どうにも攻撃しづらい。今この場においても、戦場全体でも数の上ではあちらが有利なだけに、敵将としては俺を引きつけておくだけでいいのだから、まともに打ち合う気がないらしい。

 ならば、早めに仕留めに来ざるを得ないようにするしかない。

 前に出ると見せかけて、後ろに退く。

 そして、再び周囲を囲んでいた騎士や兵士を切り捨てる。

「くそっ!」

 案の定、慌てて襲いかかってくる敵将。しかし、俺が向き直るとその場に止まった。いや、止まらざるを得ないか。

 あっちから仕掛けてきても、その剣を切り落とされたらアウトである。正面から向かい合った場合、敵将に出来るのは、俺の攻撃をいなしつつ逃げ回ることだけ。

 ただ、実際にじり貧なのは俺の方だ。

 相手は時間さえ稼げば、数の差でどうにでもなるのだから。

 仕方なく、今度は本気で前に出て斬りつけてみる。ただし、剣の腹を叩かれることを前提に、大きく剣を振ることはしない。

 敵将も迂闊に剣を弾こうとはせず、今度は素直に下がる。後ろ向きに。

 それを見て俺は、前に出る速さを上げた。

 後ろ向きに進むよりは、前に進む方が速い。なら、距離を詰めることが出来るかも知れない。

 まぁ、甘かった。

 上官のピンチと見て取った周りの騎士や兵士が、動きを見せようとして……

「殿下!ご無事ですか!?」

 俺の軍が乱入してきた。

 元々、すぐそこまで来ていたのを敵兵に阻まれていただけなのだ。

 これによって、状況は一気に変わった。

 周りの兵を気にしなくて良くなった俺は、剣の腹を叩きに来ることを前提の突きや小振りな斬撃を放ちながら、一気に敵将との距離を詰める。

 さすがに躱しきれなくなった敵将が、思わず俺の剣をはじきに来た瞬間。

 剣をくるりと回して、敵将の剣を半ばから切り落とした。

 敵将の目に、後悔と恐怖の色が浮かび、次の瞬間、その首は宙に舞っていた。

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