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ドットムートの騎士  作者: sularis
少年時代
8/30

少年時代~3

「いよいよあれらが来るぞ」

 石で出来た牢獄のような薄暗い部屋の中で、灰色のローブをまとった男が告げた。ローブのフードを深く被っていて、その顔は見えない。

 部屋の中央にあるやはり石で出来た台の周囲に立っている屈強な体格の二人の男は、何も言わず、身動き一つせずにその言葉を聞いている。

「いやぁ!やめて!何で私が!!」

 叫びながら一人の女が引きずられるように部屋に連れてこられた。破れた紫のドレスと髪留めが外れ大きく乱れた黒い髪……グラスティ公爵夫人カルデラだった。

 カルデラを連れてきた若い女は、台の上にカルデラを乗せた。台には人を象った窪みがあり、手首と足首に当たる場所には革のベルトが備え付けられている。窪みの中には幾つもの白い線が走っていた。

 カルデラは台の窪みに入れられると、両手両足を革のベルトで縛り付けられ、台に固定された。

「いよいよあれらが来るぞ」

 カルデラの様子など目に入らぬかのように、再び灰色のローブの男が告げる。

「いやっ!あなた!あなたぁぁ!!」

 部屋の入り口に夫であるグラスティ公ティアードが立っているのを見つけたカルデラが叫ぶ。

 しかし、催眠術で操られ、心を失った状態のティアードは、死んだ魚のような目に狂乱する妻の姿を写すだけで、何の反応も見せなかった。

「いよいよあれらが来るぞ」

 三度、ローブの男は告げ、いつの間にか手にしていた、赤い宝石が柄に埋め込まれた金色の短剣を大きく振りかざす。

 それが振り下ろされる先を知ったカルデラがよりいっそう暴れ出すが、両腕の付け根を台の横に立っていた男達に押さえつけられ、身動きできなくなっていた。

「いよいよあれらが来る。その前に儀式を!力を!」

 灰色のローブの男はそう叫ぶと、カルデラの心臓へと短剣を振り下ろした。




 両親の姿を求めて走り回っていた僕とフィリーが柱の中の階段を駆け上り、その牢獄のような石の部屋に辿り着いたのは、まさしくその瞬間だった。

 狂乱するお母様が台に固定されており、その心臓へとローブの男が短剣を振り下ろした。

 その瞬間、ローブのフードがめくれ、お母様の顔が、僕とフィリーの顔が恐怖ではなく驚愕に引きつった。ローブの男は彼女の弟である、叔父ブルードだった。

 その時すぐには気づかなかったが、僕たちが入ってきた部屋の入り口には一人の男が立っていた。死んだ魚のような目にその様子を写しているだけのその男は……お父様だった。しかしお父様は人形のごとく立っているだけで、その凶行を止めようともしていなかったのだ。


「ははっ……はっはっはっはっ!」

 短剣を振り下ろしたブルードが大きく笑い出した。

「あれらが来る!しかし、対する力は今ここに!」

 その視線の先、お母様が横たえられていたはずの石の台の上には、いつの間にか心臓を短剣で貫かれたお母様の姿はなく、一振りの金色の剣が現れていた。その柄には赤い宝石が燦然と輝いていた。

 お母様はどこに!?

 必死にお母様の姿を探す僕とフィリーの目にはしかし、

「これぞ力!ワシが求めし力じゃ!」

 その剣を瞳に写し、狂ったように笑うブルードしか写らなかった。

「素晴らしい!素晴らしいぞ!!」

 叫びながら、ブルードはその手に剣をとった。

「おお、おお!なんと美しい剣なのだ!まさに聖剣!!」

 そうして、数度、素振りをして空を切り裂く。その度に、剣の軌跡に光の筋が残ったように見えた。

「くくくくく……!」

 あまりにもおぞましい笑い声をたてた後、ブルードは僕たちの隣に立っていたお父様を見ると、

「こっちへ来い」

 そう命じた。

 あまりに無礼なその命令に、しかしお父様は何も言わず従った。

 そして、そのお父様の身体を、光が薙いだ。

「くくくくくく……はははははははは!!!!」

 ブルードの狂笑に一瞬遅れ、お父様の上半身がずり落ちた。

 あまりのことに、僕の理解が追いつかない。隣にいたはずのフィリーは叫ぶ間もなく、目の前で繰り広げられた狂った惨劇に衝撃を受け、既に気を失ってしまっていた。

 噴き出した血を一心に浴び、ますます狂笑し続けるブルード。

 しかし、その狂笑が止んだ。

「しかし、足りん。あれらに対するにはまだ足りん……」

 狂笑を止めたブルードは、今気づいたかのように視線を僕たちへと向けてきた。

「ドットムートの血を引く者が要る。我が聖剣の力を増すために……!」

 その言葉を合図として、台の左右に控えていた男達(彼らには見覚えがあった。叔父の従者として来ていた者達だ)が僕たちを捉えようと迫る。

 そして僕はやっと理解した。叔父が、ブルードが、お母様とお父様を殺したということを!

 それと同時に、僕自身が燃え尽きてしまうかのような憎悪が心の中に溢れ出し、僕の理性を押し流してしまいそうになる。

 だが、ダメだ。流されてはダメだ。

 憎悪に身を焦がしながらも、僕は必死に考えていた。このままでは行けない。彼らに捕まれば、僕もフィリーも間違いなく殺される。それだけはダメだ。認められない。

 しかし、剣一つ帯びていない僕には戦うという選択肢はなかった。ただでさえ、人数で負けているのに、武器すらないのでは勝ち目など無い。

 やむを得ず部屋から逃げ出そうとするも、いつの間にか僕たちの後ろにはやはり叔父の従者であった若い女が立っていて、逃げ道は塞がれていた。

 もうダメだ……!

 男達が僕の腕を取った瞬間だった。

 金色の光が、男達を吹き飛ばした。

「何事じゃ!」

 ブルードが叫んだ。

 その光の中で僕は見た。

 ブルードの手にあったはずの剣が、僕の目の前に浮いているのを。

 そして、その瞬間、何者かが僕の頭の中で叫んだ。

 聖剣を手に取れと!

 その声に従って、僕はゆっくりと目の前の剣に右手を伸ばし、その柄をしっかりと掴んだ。

 それを見たブルードはやっと自分の手から剣が無くなっていることに気がついた。

「!!?」

 そんなブルードの様子が視界の端に写ってはいたけど、大して気にはならなかった。

 それよりも、僕の手の中に収まった金色の剣の方が気になった。

 手に持っているそれは、本来は僕の手に余る重さがあるはずの大きさがありながら、そんな重さは感じさせない。それどころか、僕の手の中にあることが当然であるかのように、こう、しっくりと馴染んでいた。

「何故じゃ!何故お前が持っている!?それはワシの剣じゃ!!」

 狂乱したブルードが剣を奪い取るべく僕に襲いかかろうとしたとき、石台の頭に近いところで、光が走った。

 今度は剣ではない。

「ひっ……!」

 男達が吹き飛ばされた先ほどの光景を見ていたためか、ブルードは怯えたように大きく後ずさった。

 しかし、ブルードが吹き飛ばされることはなかった。

 代わりに光が現れた場所には、緩やかな布のような衣装をまとった、美しいブロンドの女性が現れていた。ただ、その纏う空気は冬の嵐よりも冷たく、その纏う威厳は王をも凌ぐ。

 見れば分かる。人ではない。

 誰にでも分かる。本能が教える。

 それは、女神だと。


 女神は、ブルードに冷たく告げた。

「お前の役目は終わったのです」

 と。

 それを聞いたブルードは女神に言い返した。

「まだじゃ!ドットムートの騎士であるワシの役目は終わっておらん!聖剣に比類無き力を与え!」

 しかしその言葉は女神によって遮られた。

「お前の役目はドットムートの剣に新たな力を与えること。それは既に果たされました」

 女神は冷ややかな視線で、ブルードを射貫く。その視線で射貫かれた人間がどうなるかは考えたくもなかったけど、

「あkjうぇrwんqj!」

 既に意味のある言葉を発することが出来なくなっていたブルードの姿が、その答えを押しつけてきていた。

 そして、自分の行為の結果に構うことなく、女神は続ける。

「心弱く歪みし者よ。あなたの裏切りを私が知らなかったとでも?

 あなたはあれら、我が敵と戦わねばならなかったのに、我が敵の脅威に怯え、我が敵が見せる爵位への誘惑に負け、内通者と成り果てました。

 その聖剣をも我が敵に差し出し、あまつさえ次なる騎士を害しようとしました」

 1つ1つ挙げられていく己の罪状など、狂乱するブルードには最早理解も出来ていないだろう。

「故にこそ、ドットムートの騎士の役目は新たな者に。

 そして、役目を終えたあなたはここまでです」

 静かに告げた女神は、僕の方へとゆっくり振り返った。

 僕の頭の中で人間としての生存本能が警報を鳴らしまくったが、それは空振りに終わった。

「さあ、新たな騎士よ。私の敵にして貴方の敵であるこの者を討つのです」

 そう僕に命じた女神は、ブルードを見ていたときと違い、柔らかな笑顔で僕を見ていた。

 その言葉を聞き、僕を支配していた恐怖が一気に薄れていったとき、代わりに僕を支配したのは……憎悪だった。

 女神の言ったとおり、ブルードは僕の敵だった。

 お母様を殺し、お父様を殺し、僕とフィリーまでをも殺そうとした。

 僕はフィリーと繋いでいた左手をゆっくりと放すと、改めて剣を持ち直す。そして、ゆっくりと、狂乱するブルードの下へと歩を進めた。

 そして、剣の間合いにブルードを捉え……

 憎しみのままに剣を一閃させた。

 ブルードがお父様を斬ったときと同じように、剣の軌跡には金色の光が微かに残る。

 そして、その光が消えたとき、ブルードの身体は縦に二つに裂かれ、左右へ分かたれ、崩れ落ちた。

「見事です、私の騎士よ」

 不思議と返り血を浴びなかった僕が声の方を向くと、やはり女神が微笑んでいた。

「しかし、まだ終わりではないのです。私と貴方の敵はそれだけではありません」

 どういう事だ?

 叔父を一人斬り殺したくらいでは消えない怒りが、憎悪が、女神の言葉に反応した。

「その者をけしかけた者がいます。それもまた、私達の敵。そして今、その者に味方する者達がこの国に攻めてこようとしています」

 悲しげな表情で語る女神。しかし、僕の目にはその表情は写っていなかった。

 敵が来る。お父様とお母様を死に追いやったヤツの仲間が!

 再び黒く、不自然なほどに激しく燃え上がる憎悪。

「さあ、私と共に来るのです。そして、愚かな私達の敵を討ち滅ぼしましょう」

 そう手を差し出した女神は、その手を取った俺を部屋から連れ出した。

9/8 この後の話に合わせて、後半の内容を大幅修正。

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