少年時代~2
その日の天気は、あまり芳しくなかった。
お父様が帰ってきた翌日のことだった。
まだ、叔父のブルードは屋敷に滞在していて、昨日は遅くまでお父様と飲み交わしていたようだった。
そんな日の翌日。
かろうじて雨は降っていなかったが、遠くの方では雷鳴が鳴り響き、時折地面に落ちる稲妻が見えていた。
「お兄様……」
珍しく軍務も今日は昼まで。午後からは久しぶりに屋敷の自室で読書を嗜んでいた僕の所に、フィリーがやってきた。
「どうかしたの?」
何か不安げなフィリーの様子が気になって、そう声をかける。
「お父様とお母様、どこにいらっしゃるか知りませんか?」
……僕の手を取って見上げてくるフィリーの愛らしさは相当なものだ。こんな風にお願いされたら、絶対に勝てない気がする。
ではなく。
「どこにもいないの?」
「はい。用事があったので探しているのですが、見つからないんです。使用人達にも探して貰ってますが、どこにも」
……それを聞いて僕もイヤな感じがした。
お父様とお母様はこの家の主人だ(僕たちもだけど)。それを使用人達が見失うなんて事はあってはならない。
「マクシミリアンとローディも知らないの?」
「ええ、ご存じないと」
おかしい。マクシミリアンとローディはそれぞれこの家の執事とメイド長だ。下っ端使用人なら兎に角、あの二人がお父様達を見失うなんてあり得ない。
「分かった。一緒に探そう」
そう言って僕は本を閉じた。
「ここにもいないね」
「ええ」
本当にお父様もお母様も見つからない。
人をやって門番に確認したところ、二人とも外出はしていないみたいだ。庭にも何人かの使用人達が出て探しているけど、やはりいないらしい。
さっきからずっと、フィリーは僕の手を握りしめたままだ。
僕もフィリーの手を握り返しながら、つまりは手を繋いだまま、屋敷の中を探し回ってる。
お父様の書斎、寝室、図書室、食堂、厨房、地下の倉庫、使用人達の寝室、使われていない部屋……
既に使用人達が見て回った部屋ばかりだったけど、僕たちももう一度見て回った。
どこにもいない。
「あと調べてないのは、客室だけ?」
僕の言葉に、手を繋いだまま付いてきていたフィリーが無言で頷く。
僕もすごくイヤな予感がしていて、不安で仕方ないけど、大丈夫だという顔を保っている。フィリーに心配させないために。
そうして僕たちが客室の前まで行くと、今唯一使われている客室の前にマクシミリアンと他何人かの使用人達が集まっていた。その中にはセシルの姿もあった。
「リスステル様、フィリー様……」
僕たちの姿を見つけ、軽くお辞儀をするみんなに、僕たちも目だけで挨拶をする。
「あと調べてないのはここだけ?」
「はい。ただ、ノックしても返事がないのです。それで合い鍵で入ろうかと悩んでいたのですが……」
主人の親戚に当たる人物に対し、無礼に当たるかも知れないということか。
でも、今はそんなことを言ってる場合じゃない気がした僕は、即座に決断を下す。
「開けてくれ。無礼は詫びればいい」
「かしこまりました」
既に合い鍵は持ってきていたようで、マクシミリアンは僕の指示に従い、すぐさま客室の鍵を開け、扉を開け放つ。
「誰もいない……?」
そんなはずはない。
彼らが屋敷から出て行ったとは聞いてないし、庭でも屋敷の中でも見かけてないのだから、この部屋にいるはずだった。
「…………」
しばしどうするべきか考える。
使用人達はそんな僕の次の指示を待っていた。
「……改めて門番に確認。それから門を封鎖して、庭から順番に虱潰しにしろ。いいな?」
「「はい!」」
僕の指示を実行するため、みんな一斉に部屋から飛び出していく。ただセシルだけが残っていたので、
「セシルも誰かと一緒にお父様達を探しに行ってくれ。……ただ、一人じゃない方がいいと思うから、絶対に誰かと一緒にいろよ?」
さすがに何かあったときに、フィリーとセシルの二人は同時に守れない。そんなことをちょっと思いながら出した指示に、
「はい。お二人も気をつけてください」
そう言い残して、セシルも部屋を出て行った。
そして残されたのは僕とフィリーだけ。
無論、この部屋に留まる理由なんてない。明らかに誰もいないのだから。
ただ、部屋を出ようと歩き始めたとき……
「……?」
冷たい風が一瞬頬を撫でた、気がした。
気のせいかと思ってフィリーを見ると、フィリーも今のを感じたらしい。不思議そうな顔をしていた。
しかしそうなると気のせいじゃなかったってことになる。
風が当たった気がするところを何度か往復していると、確かに風の流れが感じられた。
それを辿っていくと……
「…………?」
客室の石で組まれた柱に注意しなければ分からないような細い隙間が走っている。
「ちょっと手を放して。代わりに服の裾を掴んでて」
フィリーに服の裾を握らせ、僕は柱を調べ始めた。
どうやらこの隙間をなぞっていくと……ちょうど人が二人ほど通れそうな大きさがあるらしい。
「お兄様……」
不安そうな表情でぎゅっと裾を引っ張ってくるフィリーに、
「大丈夫だから。もうちょっと我慢して」
そう頭を撫で、再び柱を調べ始める……どうやらここ、開きそうだ。
隙間の途中に見つけた窪みに指を入れ、ぐいっと引っ張ると案の定、人が二人並んで通れそうな入り口が開いた。
「隠し扉……ですか?」
「たぶん」
こんなものが自分たちの屋敷にあったと知らなかった僕たちは、かなり驚いていた。
しかし、すぐにその驚きは別の驚きに取って代わられた。
「今の悲鳴は!?」
「……お母様!?」
微かだったけれど、聞き間違いようのないお母様の声の悲鳴!
僕とフィリーは急いで柱に入り、そこに隠されていた階段を駆け上っていった。




