少年時代~1
そろそろ話が大きく動きます。
思っていたより一話一話が短いので、出来る限り「2話ずつ」連投します。
僕は14歳になっていた。
グランス皇国との戦争が始まってから、ではなく、再開されてから早2年。皇国による宣戦布告もないいきなりの進撃で奪われていた領土をセレメンティー王国が奪い返した後は、戦況はいつも通り硬直し、国境を挟んで一進一退のせめぎ合いが続いていた。
お父様は幾度か国境付近に将軍として赴いてはいたが、ここ数ヶ月は消耗の激しい正面からの激突をお互いが避けていることもあってか、相手の隙を突こうとして放った遊撃隊をつぶし合っているだけらしい。
僕は正式に軍に入隊していた。ただし、一兵卒からではなく、王家の一員という立場が物を言ったのか、最初から士官として入隊していた。
家の方では、2年前にうちにやってきたセシルが、あの後すっかり家族と打ち解け、しばしばフィリーと入れ替わるいたずらをしては、お母様や屋敷のみんなを困らせていた。まあ、僕は何となく見分けが付いていたので、一度も彼女たちのいたずらに引っかかったことが無く、あの二人はそれが大層不満だったみたいだけど。
「はじめっ!」
練兵場に響き渡ったその声を合図にして、僕は正面に立っている男へと突っ込んでいった。
互いに武器は剣。ただし、模擬剣だ。あくまでも訓練の一環でしかない立ち合いなのだから。
相手に対し、まずは右から大きく斬りつけ、それは正眼の構えを解いた相手にあっさりと防がれる。
力で劣る僕は剣をはじき返され、姿勢を崩した……わけではなく、これはワザと見せた隙に過ぎない。
14歳の少年では、20歳、30歳といった身体ができあがった大人相手に力で敵うはずもなく、真っ向勝負は避けて技と速さで勝負しろ、とは今でも指示しているオリバー男爵の教えである。
剣を弾かれた僕は、その勢いを利用して相手から微妙に距離をとりつつ、ぎりぎりまで身体にねじれをため込み、限界を迎えたところでくるりと一回転。
無論、僕が体勢を崩したと思って追撃してきた相手は、その回転に付いてくることが出来ずに、視界の外から襲いかかってきた模擬剣に頭部を一撃され、あっさり昏倒した。
「勝者!グラスティ殿下!」
審判が僕の勝利を告げ、立ち合いは終了を告げる。
倒れた相手に視線をやると、プロテクターのおかげで大したダメージではなかったらしく、頭を振りながら起き上がるところだった。
「隊長、大丈夫ですか?」
駆け寄ってきた兵士に抱き起こされているのは、本日付けで僕の部隊に組み込まれた小隊の隊長である。
つまり、僕の部下ということになるのだけれど、いくら上司とは言え、14歳の子供の命令にほいほい従える訳もない。まして、血筋や爵位故の地位となれば余計に、である。
一応、僕の地位は准将にあたる。
正式に任じられたのが一年前で、その時は誰もがお飾りだと思っていた。勿論、僕自身もである。
しかし、いつ終わるか分からない戦争は、いつまでもお飾りでいることを許してくれなかった。今すぐとは言わないまでも、使える人材になることを求められた。……多分、第二位の王位継承権を持っていたことも関係あるのだろうけど。
兎に角、そういうわけで国王陛下の命により、僕の下に一軍が預けられることとなった。が、さすがに王族に役に立たない部隊を預けるわけにも行かず、しかし「すぐに実戦に出ないけれど、ある程度使える部隊」などというものは、そう都合良くは転がっていないわけで。
で、軍の上層部が頭を抱えながらも、負傷者が続出してしばらく使えそうにない部隊とか、訓練中の有望な部隊とかがかき集められたのだが……
さすがに王族の一員に対し、命令無視とかはしないはずだけど、そんな経緯で集められた軍ということもあり、いまいち統制がしっかりしていない気がした。どうしたものかと、顧問として同行して貰っていたオリバー男爵に相談したところ、「侮られているのでしょうから、ぶちのめせばいいのです」。
それを聞いていた兵士達がいきり立って、まぁ、有耶無耶のうちに集められた小隊や部隊の隊長格の一人と勝負する羽目になっていた。
よく考えたら今の状況の元凶の1つは間違いなくオリバー男爵のはずなのだが、睨み付けてもどこ吹く風と言わんばかりに涼しい顔をしている。
で、足音がしたので正面に振り返ると、さっき昏倒させた相手――確か、バンドラックとか言ったか――が側に来ていて、膝をついていた。
「殿下、参りました。力量を疑いましたこと、部下達を代表してお詫びいたします」
どうも、その言葉の裏に、気が済まないようだったら首を切ってください……みたいなのが隠れてるような気がする。
さすがにそれはイヤなので、気づかなかったことにして、
「バンドラック、立ちたまえ。
いくら准将といえど、私に実戦経験が無いことは事実だ。そのような人間の下で兵士達が安心して戦うことが出来ないことくらい分かっている。だから、気にする必要はない」
と、出来る限り威厳を取り繕って、重々しく言う。
……まあ、ごっこに見えなければいいのだけど、と思いながら、更に僕は言葉を続けた。
「むしろ、実戦経験のある隊長格の者達には、私の参謀となって貰い、いろいろと助けて貰いたいと思っている。当然、君にもだ。
いずれ私の軍も、飾りではなく実際の戦場に赴くこともあるだろう。その時、一人でも多くの国民を守り、一人でも多くの兵を生きて帰らせるために、力を貸してくれるな?」
……自分で言ってて寒くなってきた。
まあ、正面に立たせているバンドラックは、僕の演技を見抜いたのかどうか知らないが、とりあえず、これまでよりはずっと素直に「ハッ!」と敬礼をしてくれたので良しとする。
と、夕食を食べながら、昼間にあったことを話していた。
「それで、お兄様は怪我はなさらなかったのですか?」
心配そうに訊ねてくるフィリーに、
「一回も当てられてないのだから、怪我のしようがないよ」
そう言って、サラダに入っていたトマトをフォークで刺して口に放り……もとい、上品にもぐもぐ食べる。
「はっはっは。さすがはオリバー卿の愛弟子と言われるだけのことはあるな!見事だ!」
と些か下品な笑い声を上げたのは、客人だった。
今日の夕食には、お父様がいない。
軍務で皇国との国境へと出向いているからだ。しばらくはまた帰ってこないだろう。
その代わりに客人が一人いる。今日の夕方にこちらに来て、しばらくこの屋敷に滞在していくらしい。
その客人とは、お母様の弟なので……つまりは僕やフィリーの叔父に当たる人物なのだが、どうにもいけ好かない。これは僕だけではなくて、フィリーやセシルも同意見である(ちなみにセシルは家族だけの時は一緒のテーブルに着くこともあるのだけど、客がいる今日はメイド服で給仕に回っていた)。
白髪交じりの髪といい、無造作に刈られた髭といい、微妙にたるんだ皮膚といい……正直、あのお母様の弟とは思えない。
ただ、久しぶりに弟と会えて喜んでいるお母様の前では、そんなことは言うわけにもいかないし、そんな素振りも見せるわけには行かない。ので、当たり障り無く対応するしかない。
「にしても、折角こちらまで出てきたから、ティアード兄さんにも会っていきたかったのだが、軍務でいないとはな。残念だ」
そう言いながら、叔父はグラスにつがれたワインを水でも飲むかのようにごくごくと飲み干してしまう。
「そうね。あの人もブルード、貴方に会えなくて残念がると思うわ」
さすがにお母様はそんな乱暴な飲み方はせずに、喉を湿らす程度に口にしていく。
一方で、給仕をしていたメイドの一人が、新しいワインの瓶を開け、空になった叔父のグラスになみなみと注いだ。その際、叔父の手がメイドのおしりの方にのびた気がしたが……さすがに気のせいだと思いたかった。メイドは明らかに迷惑そうな顔を我慢していた気もするけど。
その後は、姉弟で募る話でもあったのだろう。
だんだん酒臭くなってきた席から僕たちが逃げ出した後も、ずいぶんと長い間、飲みながらあれこれ話していたらしい。
……当分、夕食はさっさと終わらせるようにした方が良さそうだ。逃げ出した後、フィリーの部屋でフィリー、セシルとの3人でそう決めた。




