子供時代 3
セシルと呼ばれた女の子は、ほんとにフィリーそっくりだった。顔だけじゃなくて、髪の色も瞳の色も何もかも。
「あ、あの、初めまして……セシルといい……ます」
声はさすがにちょっと違ったけれど、それが分かったのはフィリーの家族だからかもしれない。そう思うくらいには結構似てた。
でも、どこの子だろう?フィリーが生まれたとき、だっこさせて貰った記憶もあるけど、絶対双子じゃなかった。
そんな僕の疑問を見抜いた訳じゃないと思うけど、お父様が説明してくれた。
「皇国が攻めてきたのは知っているな?その時に国境近くの村が一度占領された。もう奪還したわけだが。
そこに視察に行ったさっきのリバースが、セシルを見つけてな。あまりにフィリーに似ているので、驚いて連れて帰ってきたのだ。……両親は皇国の兵にな」
最後の言葉は、僕にだけ聞こえるように小さな声だった。
でもとりあえず、事情は分かった。皇国の兵に両親を殺され、孤児になっていたところをリバースに拾われ、連れてこられたわけだ。
そして、皇国に対する怒りがふつふつとわき上がってきた。今までは話に聞いているだけだったから、実感としてはよく分からなかったけど、こうして戦争の被害にあった同年代の子を見ていると、戦争を仕掛けてきた皇国が憎くなってくる。
「リスステル」
お父様に名前を呼ばれて気がつくと、正面でセシルが怯えるように縮こまっていた。
ひょっとしなくても、かなり怖い顔をしてしまっていたみたいだった。
慌ててセシルに笑いかけてみたけど……ちょっと引きつったかも知れない。
「それで彼女の処遇だが……」
何をしてるんだと言わんばかりにため息をついたお父様が再び口を開いた。
聞き逃さないように、背筋をピンと伸ばして(元々伸びていたけど気分の問題だ)、耳を澄ます。
正面のセシルは自分のことだけに、僕なんかより遙かに緊張している。
「うちで引き取ろうと思う」
えーと?
すぐには理解できなかった。
「うちで、引き取る?」
少し遅れてお父様の言葉を繰り返すと、お父様は「そうだ」と頷いた。
うちで引き取る。つまり、セシルがうちに来る、ということになる。
何とか理解した僕が、正面でがちがちに固まっているセシルをちらりと見て、
「それは、使用人としてですか?それとも、養子としてですか?」
普通、平民の子供を公爵家が養子に迎えることなどあり得ない。でも、セシルはあまりにフィリーにそっくりだった。だから、そんなことを訊いてしまった。
もっとも、訊くだけ無駄だったかも知れない。
いくらフィリーに似ていると言っても、平民は平民。貴族は貴族。その一線を越えることをお父様はそう簡単に許したりはしない。
案の定、
「使用人としてだ」
とお父様は言った。
「何にせよ、これだけフィリーに似ているのだ。我が家で引き取る以外にはあるまい」
確かに、公爵家令嬢にここまで似ているとなると、悪事に利用しようと考える輩が現れてもおかしくない。それくらいなら手が届く場所に置いておく方がいいということみたいだ。
「分かりました。……やはりフィリーの側に?」
頷いた後、ふと気になったことがあるので訊いてみる。
「そうだな。折角だし、フィリーと親しくさせるのも良かろう」
お父様は、身分の違いさえちゃんとわきまえていれば、相手が誰であろうと、子供達が親しくつきあうのは別に気にしないだけあって、そう返事を返してくれた。
その後、兵隊さん達の訓練が終わるまで、セシルにはさっきの部屋で待っていて貰うことになった。
さすがに一人で置いておくわけにもいかないので、お父様の命令でリバースが一緒に付いていることになった。
そして、屋敷へ帰る馬車の中。
「うーむ……」
お父様はずっと唸っていた。
どうしてなのかリバースに訊いてみたところ、こっそり小声で、
「奥方様に浮気を疑われるのを恐れてらっしゃるのでしょう」
と返ってきた。
なるほど。あれだけフィリーによく似ているセシルだ。赤の他人と言われるより、フィリーの姉妹だと言われた方がしっくりくる。
あれ?ってことは、
「リスステル様。セシル嬢はお父様とは何の関係もございませんぞ」
僕は考えをしっかりリバースに見抜かれ、苦笑いするしかなかった。
まあ、でも、お父様がずっと唸ってる理由はよーく分かった。一応証人としてリバースに一緒に来て貰っているけれど、お母様が納得するかどうか……簡単にはいかない気がする。
当のセシルはというと、今度はどこに連れて行かれるのかと、僕の隣でまだがちがちに緊張していた。
考えてみると、さっき初めて会ったときも、兵隊さん達の訓練があったので、結局一言も口をきいてない。
「セシル?」
試しに声をかけてみると、哀れなほどにビクッとして、ぶるぶる震え出す有様だった。
「えっと、大丈夫だよ?ここには君を傷つける人間なんていないから」
優しく、それこそフィリーを慰めるときと同じくらい気を遣った猫なで声を出す。
それでも緊張が解けないセシルを見て、すぐに返事をして貰えるのは諦め、とりあえず、自己紹介をしてみる。
「僕はリスステル。リスステル・ドラット・グラスティ。12歳。君は何歳なの?」
勿論、返事はすぐにはない。いっその事無いならないで、いろいろ話しかけてみるつもりだった。けど、
「は、8歳……です」
かろうじて返事を貰えた。
でも8歳。やっぱり歳までフィリーと一緒だ。
なんだか、フィリーと話してる気になってきた僕は、思わずセシルの頭を撫でてしまった。
「あ……」
何をされるのかという緊張でセシルが一瞬ビクッとなって、僕は「しまった!」と思ったけど、やっちゃったものは仕方ないし、構わずセシルの頭を撫で続けた。
むぅ。
フィリーとは違う撫で心地。気持ちよさがある。
ついつい調子に乗って、なでなでと続けていると、いつの間にかセシルの身体のこわばりもずいぶん解けてきたみたいだった。
だからだろうか、
「あ、あの、私、あんまりきれいじゃありませんから……手が汚れてしまいます……」
そんなことはないと思うし、いつもはもっと汚れることが多いから、僕は気にはならない。んだけど、さすがにいつまでも撫で続けるわけにも行かないし、渋々セシルの頭から手を放した。
ただ、頭を撫でまくった甲斐はあったみたいだ。
目に見えてセシルの緊張が解けた感じがした。
それでも、自分から口を開くほどには打ち解けてはくれなかったし、完全にリラックスしてくれることはなかった。屋敷に着いてからどうなるのか、その不安まではなかなか消えなかったんだと思う。




