子供時代~2
この世界には神様がいる。
昔々、神様は今よりもっと沢山いて、みんな人間と仲良く暮らしていた。
でも、あるとき神様同士がケンカを始めてしまった。
ほとんどの神様はいつまで経っても終わらないケンカに、辟易して、ケンカのない平和な世界を求めて、この世界から離れていってしまった。
残った神様達は、そのうちケンカの原因も忘れてしまった。
それでもケンカは終わらない。
いつまでも続くケンカはどこまでも悪化していって、いつの間にか仲良くしていた人間達を巻き込み、利用し、相手を倒すための道具にしてしまっていた。
人間達は神様を中心にした国を作り、争い続けた。
疲れ切った神様達がケンカを休んでいる間もずっとずっと。
だから、この世界の国々はずっと戦争ばかりしてる。
神様と同じで時々休んだりもするけれど、いつまでも。終わらない。
それがこの国で育った、いや、世界中の人間が子供の時に教えられる神話だ。
ほんとかどうかは知らない。
でも、戦争がずーっと続いているのは誰でも知っていた。
ただ、僕たちが生まれ育った時期が、たまたま戦争が止んでいたというだけだった。
「厄介なことになった」
ある日の夕食の席で、お父様がそうおっしゃった。それだけで、お母様は何のことか分かったらしい。
何のことか分からなかった僕とフィリーだったけど、次のお父様の言葉は誤解の仕様がなかった。
「戦争だ。グランス皇国が攻めてきた」
それでもまだ、僕たちには実感がなかった。戦争なんて、話の中でしか聞いたことがなかったんだから、仕方ない。
「すぐに貴方も出征されますの?」
お父様が戦いに行かれることが確定しているかのような、お母様の言葉に、
「いや。私はしばらくこちらにとどまり、軍の編成を急ぐことになる。……十年以上も戦っていなかった分、また長引くだろうな」
そして、お父様は僕を見て、
「明日からお前もついてきなさい。いずれ一軍を預かる者として、軍の雰囲気を肌身で感じておいた方が良いだろう」
「わかりました。よろしくお願いします」
僕はナイフとフォークを置いて、お父様に頭を下げた。
お父様について、軍の編成や訓練に立ち会うようになってから一週間ほど経ったときのこと。
いつものように、練兵場で兵隊さん達の訓練を眺めていると、お父様の部下の一人がやってきた。その横にはフードで顔を隠した子供を連れている。
「リバース、どうしたんだ?」
恭しく頭を垂れた部下に、お父様が声をかけると、
「実は内密のお話がございます。出来れば人目に付きづらい部屋に……」
その言葉に、お父様はちらりとフードの子供に目をやると、
「わかった。ついてこい」
そう言って、リバースと呼ばれた部下とその子供を連れて、建物へと向かった。
僕も後から付いていこうとしたけど、
「リスステル、お前は兵達を見ていてくれ」
そう言われては、付いていくわけには行かない。
「分かりました」
そう答えて、訓練を続けている兵隊さん達を眺め続けることにした。
あの子供のことで何か話をするんだろうけど、何の話なのかちょっと気になる。見たところ、フィリーと同じくらいの背格好だったし、同年代の友達が増えるのかも知れない。そう思うと、ちょっとワクワクした。
やがて、リバースが僕を呼びに来た。
「リスステル様、お父様がお呼びです」
そう言って僕を案内してくれるリバースの横には、さっきの子供はいなかった。
「さっきの子は?」
気になっていたので訊いてみると、
「それはお父様の方からお話しされると思います。私の方からお話しするわけには参りません」
とのこと。
「何でフードを被っていたの?」
「それも私の方からはお話しできません」
「男の子?女の子?」
「それは……それくらいなら構いませんか。女の子でございます」 大抵の質問ははぐらかされたけど、女の子だということだけは教えて貰えた。
屋敷で一緒に遊んでいた使用人の子供達はほとんど男の子だったので、女の子が増えるのはちょっと嬉しい。
「うちに来るのかな?」
「それはグラスティ公がお決めになることでございます」
これも答えて貰えなかった。
すぐに答えは分かるのだろうけど、焦らされてるみたいだった。
やがて、練兵場にある建物の1つに入ると、2階のある部屋の前でリバースは立ち止まった。
「ここでお父様がお待ちです。どうぞお入りください」
「リバースは入らないの?」
「リスステル様のみ入れるようにと命じられております」
ということらしい。
ドアをノックすると、すぐに中から、「リスステルか?なら入れ」とお父様の声が答えた。
ドアの横に立っていたリバースはというと、僕の視線に軽く頷いただけだった。
「リスステル、入ります」
そう言いながら、ゆっくりとドアを開け、室内へと入る。
部屋の中は貴族を迎えることも出来るように、質素ながらも居心地の良い空間になっていた。壁こそ漆喰がむき出しになってはいたが、汚れ一つ無く、簡素ながらも座り心地に疑いのないソファと縁に心ばかりの飾りが彫りつけられたテーブル。花瓶の類はなかった物の、部屋の隅には小さな食器棚があり、その中にはティーカップが並んでいた。
難しい顔をしたお父様はソファの1つに腰を下ろしていて、その正面のソファにフードの子供が何故か座っていた。
どう見ても、貴族……それも公爵と一緒に座ることを許される身分を持っていそうにはなかったけど、実はそうだったりするんだろうか。
いやいや、それより僕はどこに座ればいいのだろうと思っていると、
「こっちに座れ」
とお父様が自分の隣を手で示してくれた。
言われたとおりに僕が座っても、お父様はしばらく動かなかった。
「どう説明したものか……」
小声でそんなのが聞こえてきた気がするので、お父様の方を見ても、全く気づいてないみたいだ。
視線を移して、正面に座っているフードの(リバースの言葉を信じれば)女の子を見る。
勿論、顔はフードで隠れていて全く見えない。体つきも分かりづらいけど、さっき練兵場で見た感じだと、妹のフィリーに似てると思う。
ただ、服装はきれいどころか、汚いの一言に尽きる。
ローブ(フードはこれについていた)だけは、リバースが用意したのか模様のない地味なものながらも、汚れのないきれいなものだったけど、彼女が固まった拳をその膝に載せているズボンは、黒づんだ汚れがあちこちに付いている上に、何カ所も解れて破れてる。
やっぱり、貴族とか身分のある家の子供には見えない。
なんで、リバースはこの子を連れてきたんだろう?
そして、お父様も何で一緒に座ることを許してるんだろう?屋敷では使用人に、例え低い爵位を持っていても、そんなことは一切許してないのに。
首をかしげていると、お父様がやっと口を開いた。
「やはり、先に見せてしまった方が話が楽だな」
そう独りごちると、僕の方を見て、
「リスステル、今からそこの子供にフードをとらせる。だが、絶対に驚いてはならんぞ。いいな?」
何に驚くのかよく分からないけど、とりあえず頷いておく。
「……まあ、よいか」
とりあえず頷いただけってことは、あっさりばれたみたいだ。でも、お父様はあまり気にしてない……というより、諦めてるみたいだ。
もっとも、その理由を詮索する機会は来なかった。
「セシル、フードをとりなさい」
お父様に言われ、フードを脱いだその子の顔は……
「フィリー!?!?」
屋敷にいるはずの妹そっくりだったのだ。




