国王時代1
即位した俺は、いきなり動く事はしなかった。曲がりなりにも公爵だった事もあって、別段、貴族達とのつきあい方が変わるわけでもない。
しかし、やはり即位という大きな出来事の前後には、それだけ回りも神経質になる。迂闊に動けば、その辺中に隠れている蛇をつついて噛まれる事にもなりかねない。
なので、今まで手が届かなかった情報を入手・整理し、その時のために備える事に余念がない日々が続いていた。だが、それも今日まで。
「軍の編成の見直し、ですか」
宰相の言葉に俺は鷹揚に頷いた。
「我が軍の国土防衛力には些か以上の不安がある。何年か前にあった侵攻の後も、大した改革もしていないではないか」
そう言って、王の執務室の巨大な机の上に、手に持っていた書類を放り投げた。
「それは確かに。しかし、どのようにされるおつもりですか?」
「各部隊にもっと専門性を持たせる。後は、部隊間の横の連絡も多少は改善した方が良いだろうな」
俺がそう言うと、宰相は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「部隊間の連絡を取りやすくすると、上からの抑えが効きにくくなりますが?」
「その代わりに、ある部隊が何か情報を掴んでも、それを生かせる部隊に情報が伝わらないのだろう?いざという時の即応性が無いではないか……まあ、おまえの懸念も分からないでもないがな」
そこで一度言葉を切り、宰相の目を見つめ、
「部隊間の連絡を担当する専門の部隊を新設する。勿論、俺直属でな」
宰相は驚いたように目を見開いていたが、すぐに考え込むような顔つきになった。もっとも、大した時間もかからずに、口を開いたのだが。
「確かにそれならば、部隊間での余計な繋がりは生まれますまい。むしろ、軍の統制の面ではプラス……になる可能性も否定できません。部隊に専門性を持たせる件と併せて、部下に検討させましょう」
そして、宰相の部下達による具体的な軍の再編案が俺のところに上げられてきたのは、数日後の事だった。
軍の各部隊は原則として、攻撃・防衛・諜報・補給のいずれかに特化する事になり、それに併せてそこそこの規模の再編が行われた。
近衛兵団も再編対象から免れる事はなかった。
近衛兵団とは敵に攻め込まれたとき、城と王を守る最後の要である。しかし、実際に攻め込まれた事など何十年もなかったため、貴族達の名誉職のような有様に堕ちていた。
その状態は、王との近くにまで皇国軍の侵入を許す事態を経験して尚、改善されていなかった。そこで、近衛兵団とは別に王宮防衛隊を新たに編成し、近衛に相応しくない連中をまとめてそちらに放り込んだ。そして、足りなくなった近衛の兵力は、軍から精鋭を引き抜くことで補った。
「流石に、各方面の抵抗が大きいですな」
軍の再編を進めている最中のある日、将軍を一人連れてやってきた宰相は、開口一番そう言った。
「各方面というと厄介なように聞こえるが、全体としては一部だろう?」
俺がそう言うと、宰相は苦笑して頷いた。
「お見通しですか。いや、その通りなのですがね。まあ、詳しくは将軍からお聞き下さい」
宰相にそう促され、一歩下がった位置に控えていた将軍が前に出てきた。
明るい茶色の髪は短く切りそろえられ、深い青の瞳は俺をしっかりと見つめている。確か、宰相のお気に入りで、名前はホルステッドとか言ったか。
「では、陛下。私、ホルステッドからご説明させて頂きます」
そう言って軽く頭を下げた将軍は、再編の進行状況と、兵士達の反応の報告を始めた。
それによると、大半の兵にとって今回の再編は悪くないものらしい。今までは、あらゆる状況を想定した訓練を行っていたが、そのせいで訓練が厳しい割には成果が上がっていなかったのだとか。
そのような事は報告書には書かれていなかったが……まあ、兵士達の反応がよいのであれば、再編自体に大きな問題はないだろう。
ただ、一部の抵抗している連中というのが貴族だったりするので、人数の割に邪魔になっているのだとか。
「命令違反で処分する、訳にもいかないか」
俺がそう呟くと、宰相が慌てたように、
「そんな事をすれば、他の貴族達が黙っておりません!最悪、軍が機能しなくなります」
「なら、昇進ついでに害のない部署に回すか」
「それでは、事実上の左遷ではありませんか……彼らがそんな事を受け入れるとでも?」
「……面倒な連中だな。そもそも、そいつらは何で抵抗してるんだ?」
俺がそう訊くと、
「ホルステッド」
「はっ」
宰相に名指しされ、再び俺に説明を始める将軍。
「結局のところ、彼らが名誉と考えている職から外されるのを抵抗しているという事です。しかし、彼らの望むような役職に見合うだけの能力を、彼らは持っておりません」
「……どうにもならん連中だな」
俺が呟くと、宰相と将軍は「如何にもその通りです」と頷いた。
「まあ、攻撃・諜報部隊でないのなら、しばらくは静観しても構わないが……」
「いえ、彼らの大半は攻撃を担当する事になった部隊を預かっております」
「…………」
将軍の言葉に、俺は頭を抱えたくなった。
そもそも、部隊の専門家は俺の目的のために言い出した事だ。グランス皇国に一気に攻め込み、皇都にある王城を攻め落とすための部隊を作り上げるためだ。
なので、その要となる部隊を預かる者たちが無能では、非常に困った事になる。
しばし頭を悩ませた俺は、
「部隊長クラスの人間の能力テストを行うようにしろ。そのテストに合格できなかった者は、降格か研修かのいずれかを選ばせろ。例外は認めない」
そう命じた。
「それでも抵抗されると思いますが……」
そう渋る宰相に、
「成績次第では、昇格もあり得ると伝えろ。それで、テストくらいは受けるだろう。そうすれば自ずと無能の証拠は手に入る。無能だと証明できれば、どう処分しようが他の貴族達への言い訳は立つ」
「なるほど……では、そのように計らいます」
宰相はそう言い残すと、将軍を連れて執務室を出て行った。




