国王即位前4
王宮に移ってからの毎日は大変だった。
グラスティ公爵邸からマクシミリアンとローディが選んだ使用人たちを引き連れていくのは、王宮の侍従たちと多少の軋轢を生んだが、マクシミリアンとローディの熱心な交渉により、何とか丸く収まったそうだ。
そっちはそっちで大変だったようだが、俺は俺で大変だった。
国務の間に、王位の継承式の段取りを叩き込まれ、幾度となく練習させられた。
これで帝国が大人しくしていてくれればまだマシだったのだが、国王が変わるという国の節目は何かとつけ込みやすく見えるものらしい。ちょっかいを出されて小さい衝突が何度か繰り返された挙げ句、危うく大きな会戦になってしまうところだったと、将軍たちがぼやいていた。
そして、今日。
王宮の奥、王族が住まう区域は朝から大騒ぎである。正直、暗殺者とかに入り込まれたら、お手上げなんじゃないかというくらい。
「わっぷ!」
「殿下、じっとしてください!」
「いや、口に入ったぞ?」
「口をぼーっと開けてるのが悪いんです!」
「そもそも、化粧の必要なんて……うわ、待て!やめろ!」
俺は化粧室に拘束され、何人ものメイドたちにぱたぱたぱたぱた化粧を施されていた。
男に化粧はいらない!!と、抗議したのだが、「慣例です」「男でも白い方がいいときもあるんです」というメイドたちに、文字通りあっという間に椅子に縛り付けられ(何故かロープまでしっかり用意されていた)、その後は彼女たちのオモチャよろしく今に至る。
「こんなものかしら?」
「ちょっと目元が足りないんじゃない?」
「言われてみればそうかも」
もうそろそろ良さそうな気もするが、メイドたちにはまだ不満が残っているらしく、いちいち俺の顔を覗き込んでは、あーでもないこーでもない。
いつ、この拷問は終わるのかと心配になっていると、「時間がないしこれで我慢しましょう」と誰かが言って、周りからは不満の声が漏れていた。
仕事をしているときは、時間が足りないと思っていたが、今日ばかりは時間が予定通りに過ぎてくれて助かった様な気がする。
「では、次はこちらへ」
その声で我に返ると、いつの間にか俺を縛り付けていたロープはほどかれてどこかに片付けられていた。
何故、化粧と着替えがそれぞれ別の部屋なのかよく分からないが、戴冠式にふさわしい服装に着替えるために、俺はメイドたちに先導されて隣の部屋へと移った。
衣装室の壁は全面が衣装棚になっていて、そこにぎっしりと詰め込まれた無数の服は、再びメイドたちの戦争が始まることを予感させた……のだが、戴冠式にふさわしいとされる衣装は慣例で決められていたらしく、既に用意されていたそれに、手早く着替えさせられるだけで済んだ。
「ご立派ですよ、殿下」
そう言われて、衣装室に備え付けられた巨大な姿見――要するに鏡を覗き込むと、派手さはないが、威厳は備えている……様な気がする格好で、俺が立っていた。
「やっぱり、化粧がな……」
どうしても拭えない違和感があるとすれば、結局はそこだろう。
俺がぼやくと、
「何をおっしゃいます。この衣装に合わせるため、唯一そこだけが私たちの腕の振るいどころなのです」
と、着付けさせてくれたメイドの一人が胸を張る。
なんか、違う気がするけどな。
「では、控え室へと案内いたします」
化粧など落としてしまいたかったが、そんなことをすればメイドたちに殺されそうな気がしたので、迎えにきた侍従について、俺は控え室へと向かった。
「で、そんな格好になったわけですか」
とは、控え室で俺を待っていたマクシミリアンの言葉である。
「言うな。好きこのんで化粧などした訳じゃない」
「でも、案外お似合いですよ?」
やはり俺を待っていたセシル(メイド服)がそう言ってくれるが、大した慰めにはならなかった。
だが、セシルが心にもないことを言っているとは思わない。となると、男女の感性の違いというやつだろうか?
マクシミリアンに視線をやると、俺と視線があったマクシミリアンは慌てて視線をそらし、なにやら我慢しているような……
「……笑ったりしてないか?」
「まさか。そんなわけはありません」
問い詰めてみたが、素知らぬ顔をされてしまった。だが、やはり口元のあたりがぴくぴく痙攣してる気がする。
そんなマクシミリアンを無視することにすると、
「それより、式の手順の方は大丈夫ですか?」
セシルがそう確認してきた。
「まあ、大したことはないしな。陛下の前に跪いて、王冠を戴くだけだ。後は、即位名を宣言して終了だな」
「国民向けの演説は?」
「一応覚えている。まあ、長々と話す必要もないし、あれくらいはな」
とはいえ、最初に宰相が持ってきた原稿は、声を出して読み上げると一時間近くかかりそうな代物だった。長ったらしい演説が嫌いというのもあるが、そもそも覚える自信がなかったので、即座に書き直させ、最終的には5分もかからない短い演説に直させた。
「じゃあ、後は待つだけですね」
「そうだな」
セシルの言葉に頷くと、
「しかし、まさか国王になることになるなんてな」
と、思わずため息が出そうになった。
「元々、上位の継承権はあったのです。あらかじめ覚悟なさっておくべきだったかと」
「さすがに覚悟は出来ているさ。ただ、子供の頃には想像もしてなかったな」
時々、両親には諭されていたが、俺が国王になるという事は、王子であるアンソニーに何かがあった時だけだと考えられていたこともあって、周りも俺もそのことは意図的に考えないようにしていた節はある。
それきり、控え室での会話は途切れてしまった。
やがて、俺の出番だと侍従が迎えに来る。
「では、行ってらっしゃいませ。殿下」
「ああ、行ってくる」
セシルとマクシミリアンに挨拶を告げ、俺は侍従に連れられ、会場へと踏み込んだ。
会場は王宮の聖堂だ。
これは、守護神である女神セラスティアの眼前で、その民をまとめる王は戴冠するべきだという慣例による。ちなみに、既に守護神が失われて久しいカリオス公国では、大広間で戴冠式をやってしまうらしい。
聖堂の入り口から入った俺は、神像の前へと続く通路の両脇に並んだ無数の貴族たちの視線を受け、背筋を伸ばし、堂々と赤いマントを翻らせながら前へと進む。
ちなみに、聖剣は持ってきていない。あれは国王の証でも何でもないし、何より無闇に人目に晒さない方がいい気がした。
俺の入場に時に貴族たちはどよめくこともない。
ただ、俺は静寂に包まれた聖堂の中を、神像の前に立つ陛下の元へと歩き続け、そこで片膝を床につけた。
今日も、陛下は生気がない。
ただ、継承式の日取りが発表されてからは、特に容態が悪化した感じもない。やはり、女神が何かしていたのかも知れないと疑うと同時に、継承式の日取りをはっきりさせておいた甲斐はあったのだと安心もした。
「我、第72代国王フォルトマ7世より、汝、リスステル・ドラット・グラスティ公爵に問う」
厳かな空気の中、淡々と陛下があらかじめ決められた文言を口にする。
「汝、我らが始祖が造りしこの国を、そして全ての国民を預かる覚悟はあるや否や?」
「あります」
俺もまた、決められたとおりに返事をする。
「汝、我らが神に命を捧げる覚悟はあるや否や?」
「あります」
一瞬、答えを遅らせたくなったが、意味のないことだと即答する。
「では、汝に命じる。新たなる国王となることを」
陛下は短くそう言うと、自分の頭から冠を降ろし、その前に跪いていた俺の頭にゆっくりとその冠を載せた。
さすがに居並ぶ貴族たちの間から、どよめきが聞こえてくる。
俺は頭に乗せられた重みを感じながら、ゆっくりと立ち上がり、振り返ると、聖堂を埋め尽くす貴族たちを見回した。
徐々に小さくなるどよめき。
その中で、俺は自身の王としての名前を宣言する。
「我が第73代国王、レイザルス3世だ」
そして、聖堂のどよめきは一気にピークに達した。
第4章終了です。
即位前と言いつつ、即位しました。
後は伏線なども特に張っていないので、一気に……あと2章くらいかかるかも。
とりあえず、次の投稿はしばらく空きます。




