国王即位前3
宰相との話し合いは思ったよりすんなり進んだ。
どうやら、俺が思っていたよりも国王陛下の状態は芳しくないらしい。既に女神が余計なことをしているのではないかという疑念に駆られるが、放っておけばもっと事態が悪化する可能性もあった。さすがに、数少ない血縁者だけに、見過ごすのも後味が悪い。
結局のところ、俺にはまだ国務の全てをこなすことは出来ないだろう。しかし、今の陛下でもそれは同じである。ならば、今後さらに容態が悪化しそうな陛下には今のうちに退位していただくのもやむを得ないと宰相は考えていた。
まあ、今の状態の陛下の方が好き勝手出来るとほくそ笑んでいる貴族連中は問題だが……最悪、何とか出来る心当たりもある。毒には何とやらだ。
そして、宰相との話し合いの翌日には、陛下から俺への王位の継承をいつ行うかが正式に発表された。早いほうがいいのは確かだが、儀式にはそれなりの準備が必要ということもあり、二週間後と相成った。
とりあえず、これで女神が陛下に余計な手を出す心配は大きく減った。本当ならば、女神が余計なことをしないように釘を刺しておきたいが、こちらからは連絡もつけられないし、何もしないと信じるほかあるまい。
「と言うわけで、明日からは王宮に移る。こちらに顔を見せることはあっても、住むことはなくなるだろうな」
大広間に屋敷の使用人たちを集め、一通りの説明を終えた俺は、そう締めくくった。
とはいえ、長年住み慣れた屋敷だ。基本的に使用人を解雇するつもりもないし、今のところは屋敷を誰かに譲るつもりもない。……いずれは信用のおける誰かに譲らないといけないが。
とりあえず、明日から首になるわけではないと聞き、安心する使用人たちを眺めながら、その信用のおける誰かを頭の中でリストアップしていく。と言っても、候補なんてほとんどいない。
ある程度身分がないと、こんな屋敷は維持できない。一方で、ある程度身分があると既に自前の屋敷を持っているケースがほとんどだ。加えて、この屋敷を大事にしてくれそうだという条件をつけると……
正直、使用人の中にもそこそこの爵位を持ってる人間が何人かいるので、彼らに任せるくらいしか思いつかない。
などと考えていると、
「セシルはどうするおつもりですか?」
筆頭候補のマクシミリアンが、俺と俺の横に立っているセシルに交互に目をやりながら、そんなことを聞いてきた。
セシルのことも確かに頭が痛い問題だ。
事情が事情だけに、王妃としても側室としても迎えることが出来ない。おまけに、国王になる俺の寵愛を受けようと群がってくる貴族令嬢たちに何をされるか分からない。
危険から遠ざける意味では、この屋敷に残しておいた方がいいのだが、たぶん本人は嫌がるだろう。というか、既に不安そうな顔で俺を見ているし。
「正直に言えば、王宮に連れて行くと他の貴族どもに何をされるか分からないし、ここに残っていてくれた方が安心できるんだが」
その言葉で、マクシミリアンをはじめとする、セシルと親しい使用人たちが難しい顔になる。特に爵位持ちの連中は眉間に皺まで寄っている。
「確かに、それは難しいですね……」
「ああ」
マクシミリアンの言葉に俺は頷いた。
なんせ、毒やナイフでの暗殺沙汰すら起きることがあるという。それほどまでに国王の寵愛というものは、見栄や権力欲にまみれた貴族たちには魅力的なものなのだ。
その点、セシルをこの屋敷に残していけば、それだけでも貴族どものセシルへの関心が削がれる。使用人たちが皆、長年仕えてくれている者たちばかりで、比較的信用がおけるというのもありがたい。
一方で、そうなるとセシルに会うのは難しくなる。時々は屋敷に顔を見せることも出来るだろうが、仕事も生活も全て王宮になってしまう以上、ほとんど戻ってこれなくなるだろう。
おまけに、時間が空いたからと言って屋敷にしょっちゅう戻ってくるようでは、貴族たちに屋敷に何かありますよと注目させるようなもので……
まあ、セシルの安全を考えるなら、距離を取るしかないのだが……
「セシルはどうしたい?」
考えあぐねて、当の本人の意見を訊いてみる。
「それは……出来れば一緒に王宮に行きたいと……」
親からはぐれた子鹿のように、保護者心をくすぐるようにもじもじとするセシル。
いや、まあ、それは兎に角、セシルの意見は多分そうだろうと分かっていた。素直に距離をとれるなら、そもそも誰も悩んでいないわけだ。
「護衛の類をつけようにも、名目がないしな」
「いっそのこと、養子にされてしまってはどうですか?」
誰かがそんなことを言ってくるが、
「国王の養子となると、継承権が絡んでくる。余計に危険な目に遭いかねない」
とマクシミリアンが一蹴した。
「いっそのこと、俺の両親が養子にしていたとしてしまうのが早い気もするが……」
「ああ、それは名案かも知れませんね!」
しかし、俺の視線は、セシルのお腹へと注がれた。それだけで、何人かは今の案はダメだと悟る。
「既に殿下の子を身籠もっている。父親不明のままというわけにもいかないだろうし、厳しいな」
マクシミリアンはそう、首を横に振った。
「いっそのこと、メイドとして同行するというのはどうでしょう?」
変なことを言い出したのはローディだった。
「なんか、突拍子もない案のようで、聞きたくないんだが……」
しかし俺は、苦虫をかみつぶしたような顔になったマクシミリアンを止め、
「続けてくれ」
と先を促した。
「身の回りのお世話をするメイドなら、ずっと一緒にいられます。もちろん、セシルだけがついていったら、怪しまれますから、私たちも何人かついていきます。理由は、殿下の身の回りの世話は私たちの方が慣れているし、殿下もその方が気楽だから、とでもすればいいでしょう」
思っていたより、かなりいい案が出てきて、俺はちょっと驚いた。マクシミリアンも驚きを隠せて……いるか。驚いていないとは思いたくない。
「もちろん、セシルのお腹がふくれてきたら、父親が誰かということで騒ぎになりますから、その前にセシルには屋敷に戻ってもらわないといけませんが……」
ローディにつられてセシルを見ると、ローディの案をまじめに検討しているのか、かなり真剣な顔をして、空中を見つめていた。
とりあえず、セシルがどう考えるか。
待つことしばし。
「ローディさんの方法でも構いません」
とのこと。
「ほんとはずっと一緒にいたいんですけど……この子まで巻き込むわけにはいきませんし」
そう言って、自らのお腹を撫でるセシルの様子に、俺の胸は確かに痛んだ。
「俺としても、それなら言うことはない」
胸の痛みに気づかなかった振りをして俺は頷くと、
「マクシミリアン、ローディ。セシルと一緒に王宮にあがるメンバーの選択は任せる。あと、メイドだけじゃなくて、セシルたちをサポートできるのも何人か決めてくれ」
「はっ」
「分かりました」
ローディの案で不満はなかったらしいマクシミリアンと、当のローディに後のことを任せ、俺は自室に戻ろうとして、
「ああ、セシルも二人と一緒に話しなさい」
と、一緒についてこようとしていたセシルにそう言った。
これから王宮でセシルをサポートするメンバーを選ぶのに、当人がいなければ話にならない。
「それが終わったら、何人かこっちに来てくれ。明日以降、王宮に運んでもらう荷物をまとめないといけないからな」
そう言って、俺はその場を離れた。




