国王即位前2
セシルから妊娠を告げられたその夜。
俺の寝室にはセラスティアがやってきていた。無論、その目的など言うまでもない。
出来ることなら、その胸にドットムートを突き立てたいと何度思ったか分からない。が、まだ準備が整っていない以上、血を吐くような思いで我慢するしかなかった。
しかし、こいつは本当に女神なんだろうか?
最近、よくそう思う。
俺の上で悶えている様子など、人間の女と何ら変わらない。
人間の心を読めるのかも知れないと思っていたこともあるが、どうもその手の力はないのか、俺が内心で滾らせている憎しみに気づく様子も全くない。
というか、未だにフィリーとセシルの入れ替えにすら気づいてないようでは、かなり疑問ではあるのだが……
「これで、あなたとあなたの子供たちがこの国の主になるわけですね」
ひとしきり満足した後、うつ伏せになって白い背中をさらしたまま、セラスティアはそんなことを言ってきた。
「ああ、セシルが妊娠したことか」
セラスティアが人間の女と違うかも知れない点を挙げるなら、嫉妬の類と無縁ということだろうか。
あるいは嫉妬も普通にするのかも知れない。だが、本人曰く、「女神である私は人間であるあなたの子を産むことだけは出来ない」が、「あなたが死んだ後もあなたの子供たちと一緒にいたい」のだそうで、そのためには「人間の女に俺の子供を産んでもらわないと困る」のだとか。
なので、俺が他の女を抱いていることを知っても、何も言わないどころか、むしろ早く子供を作るようにせっつかれた覚えすらある。相手がセシルというのは、さすがに意表を突かれたようだったが。
にしても、どこでセシルが妊娠したことを聞きつけたのか……。そう思って訊いてみると、
「ローディと言いましたか?彼女とセシルが話しているのを耳にしたのですよ」
とのこと。
こいつは普通の人間に認識されずに動き回ることが出来るようなので、それで屋敷の中をうろつき回って、あれこれ小耳に挟んできているということらしい。
……迂闊なことはしないようにしないと、思いもかけないところからこいつに警戒されるかも知れないな。などと、ふと思う。
「そう言えば……」
ふと、別の疑問もぶつけてみることにした。
事の後のこいつは、かなり口が軽い。今なら嬉々として洗いざらい話してくれるかも知れない。
「アンソニーが死んだことに、絡んでいるのか?」
あの日、カリオス公国から帰ってきた俺が謁見の間で見たこいつの表情が、どうにも気になっていた。良からぬ事をしたんじゃないかという疑いがどうしても消えなかった。
そしてその答えは、
「そうですね、否定はしません」
あっさりと得られた。
「やっぱり、あなたこそがこの国の王にふさわしいのです。ならば、そうなるようにするまでのこと」
無邪気なその笑みは、しかしあまりにも不快だった。
たったそれだけのことのために、自らの民を平気で死に追いやるというのか?この女神は。
「それに、私の望みを叶えるためには、ドットムートの騎士であるあなたが王である必要があるのです」
「……望み?」
「はい」
不快感を必死に隠しながら、俺は尋ねる。
「それは、何なんだ?」
しかし、
「それは……まだ教えられません。でも、近いうちに教えることになりますよ」
どうせ聞くのも不快な碌でもないことなのだろう。だが、その望みとやらは是非とも潰してやりたいし、教えてもらえるその時とやらを楽しみに待つことにする。
そして、翌朝。
いつものように、俺が起きる前に姿を消したセラスティアを捜す真似もせず、俺は手早く朝の支度を済ませ、王宮へと向かった。
宰相と話をしておいた方がいい。
王位の譲渡が遅れるようだと、あの女神がまた余計なことをする、そんな気がしていた。




